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漢詩での感想文(オーケストラ編)

先日、大人になって初めてオーケストラのコンサートに行った。
演目はベートーベンの第九。
4楽章もの長編オーケストラの有名なフレーズしか知らず、どうなるか不安だったが、歴史ある名曲の感動の天使は無為な私にも舞い降りた。
演奏者への敬意と招待者への感謝の気持ちを書こうかと思ったが、
心昂ぶるままに書くと、冗長になったり気持ちが先行してしまい、
まとまりのない文章になってしまうので、漢詩で感想を書いてみた。

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2023年12月3日。初めての池袋東京芸術劇場で、初めてのオーケストラ。
ベートーヴェンの第九も有名なフレーズしか知らないのにこの会場にいるのは、初めての旅先の街で、今夜の飲み場も決めていなくて、身の置き場がない感じ。

未知交響
不知第九
初見旅街
不決献勝

席は前から3列目の右側のしも手。ステージ上も良く見え、名器とおもわれる楽器が咲き並ぶ。奏者の指の繊細さや表情も伝わり、とても良い席をご用意いただいた。招待くださった合唱の紹介者は左側のかみ手で、演奏者の隊列に隠れて雄姿が見えない。せめて、声だけでも聴き分けられればと、群れの中で声を探すペンギンになったつもりで耳を澄ます。

前三列席
視界良好
名器咲並
奏指也繊
奏面映想

演奏が始まり、一糸乱れぬ演奏で、まるですべての楽器が一つの楽器になったよう。オーケストラはバイオリンのような小さな楽器からチェロのような大きな楽器があるが、一つの楽器の音量はほぼ決まっているので、その体制は音量のバランスが取れる最適な台数になっているような気がした。その統制された音のバランスは、野山で野鳥などのさえずりを聴いているようで、交響とは自然に近いものなのかもしれない。

一糸否乱
百器成一
小器大器
非多非少
野山鳥鳴
交響自然

楽器から音が出る前には必ず指揮者の指揮がある。音は指揮者の想いが調べに乗ったもの。奏者は指揮者に導かれて楽器を奏でる。観客も指揮者に導かれていく。

音前有指揮者
音也指揮者想
指揮者導奏者
指揮者導観客

第九は荘厳である。闇光、楽園、理想が含まれ、歓喜で締めくくる。歓喜は合唱ですべてを昇華させる。心が動き、勇氣が湧いてくる。

荘厳第九
闇光楽園
理想歓喜
合唱昇華
動心湧氣

初めて交響楽を聴き、素晴らしい感動を得ることができた。人生での大きな感動の一つになったと思う。初めての旅先で、こんな素晴らしい経験をするとは思っていなかった。あらためて、紹介者に感謝申し上げたい。

初触交響
得晴感動
初見旅街
至上献勝

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以上。
オーケストラ鑑賞を重ねるほど、感想のレベルも上がってくるだろう。
恥ずかしい内容だが、初々しい気持ちは今しか残せない。

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