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変化を許せた日と手放した夢

開始早々に壮大なタイトルをつけてしまいましたが、そんなに大層なものではありません。
ただ、長年の夢をやっと手放せたじぶんに、お疲れ様と伝えたいのです。


今回は少し、パティシエとして働いてきたわたしの5年間をお話しさせてください。

物心ついたころからケーキ屋さんになることが夢だったわたしは、家族や周りの応援のおかげですんなりと夢を叶えました。
甘いものに囲まれ常に触れていられる喜びはわたしの心をじんわりとあたためて、このために生まれてきたのだと恥ずかしげもなく本気で言えるくらい、しあわせだったように思います。
仕事はとても多く、休憩時間以外は走り回って頭はフル回転。
それもまた慣れてくると、まるでゲームでミッションをどんどんこなしていくような面白い感覚がありました。
楽しかったパティシエの仕事。やりがいで溢れた日々。

その中でただひとつ、どうしても引っかかることがありました。


わたしはよく上司に、職人らしくないと言われてきました。
『職人』を辞書で調べると、手先の技術で物を作る職業の人、と書いています。
わたしも間違ってはいないようでしたが、上司が言いたかったのはそういうことではありませんでした。

わたしは、個人店に就職しました。同期は0人。
5年先に勤めている先輩に教わる日々。
はじめはついていくのに必死で、何をするにしても時間を要したので
申し訳ない気持ちで精いっぱい働きました。
少しずつ慣れていく中で、上司や先輩方の体を酷使した働き方に不安を覚えました。
当時の労働時間は毎日18時間。先輩は窓のない厨房で世間への批判を日々垂れ流していました。

何度か、働き方について先輩に相談し、このままではみんな体を壊してしまうと伝えました。ですが、先輩には

大丈夫、そのうち体が慣れるよ

と返されるだけ。
わたしは、まだじぶんが働き始めてすぐだから体ができていないのだと思い、先輩ほどの期間働いたらじぶんも平気になるのだろうと、先輩のことばを信じてみることにしました。

職人になりたかったからです。
パティシエになって、1年目の秋でした。


わたしは怪我や閉店を経験し、アルバイトも含めるといくつかお店をかわりました。
一番長いところでも3年。パティシエとして活躍されている方からすると、わたしは本当に未熟者です。
ですが最後に働いたお店で、お店のお菓子のほとんどに携わらせていただき、任せていただいたことは代えがたい自信になりました。

お店がかわっても働き方はあまり変わりませんでした。


わたしは少しずつ、じぶんが限界を突破しないように調節しながら働くようになります。そして、働き方について勉強し始めるようになりました。
体を大切に、効率的に働きながらも、お客様が喜ぶサービスを提供し続けられるように。

学生時代は勉強から逃げていましたが、改めて学ぶことはとても楽しく、ここからもっとより良くできるという期待に心が躍りました。

わたしは働き方についての資料を作り、改善点とその方法、その先にどのような利益があるかをまとめました。資料を作るために、実際に働き方について発信されているオーナーパティシエの方のお店に伺ったり、貴重なお時間をいただいてお話しさせていただきました。


かなりの時間をかけて作った資料が完成しました。
より良い働き方にしたいと思っています。お時間のある時に一度お目通しいただけますか?と上司に手渡したところ、読む前に上司が言いました。

「君は職人らしくないね。数字を見たり、計算高い。働き方ばかり気にして、君に必要なのは商売っ気をつけることじゃなくお菓子の技術だ。今のきみはパティシエじゃないよ」


わたしは上司とよくぶつかりました。
後輩ができてからはより、このままじゃだめだと思うようになりました。
仕事の時間はめちゃくちゃになっていました。

勉強量を増やし、様々な本を読みました。
後輩には体を第一に考え、些細な疑問も不満もいつでも言ってほしいと伝えました。
上司とも話し合いの時間をもらっては、分かり合えない苦しさにお互いに堪えました。

わたしははじめに、そのうち慣れるよとおっしゃった先輩のことをよく思い出すようになりました。
そのときはいつくるだろうと思いながら過ごす日々でした。
大切なパティシエとしての仕事を、わたしは続けられないかもしれない。
もうすぐ、パティシエになって丸5年が経つころでした。


技術を貪欲に求めていたころと違う、じぶんの変化にたくさん苦しみました。
上司の言う通り、最近は新作ケーキの相談ではなく働き方ばかり考え、そちらの勉強ばかりしていました。
じぶんは上司の求める『お菓子の技術だけを磨く職人』になれないと知り、それがとても恥ずかしく、応援してくれた人に申し訳なく、すごく自分を責めました。
叶えたはずの夢が偽物に見えました。

5年と3ケ月
わたしはじぶんのために、パティシエとして働くことを辞めました。
お菓子に携わるしあわせが、ほかの複雑な要素に食いつぶされてしまう前に。
やわらかい心でまたお菓子と向き合えるよう、叶えなければとがちがちに固まった夢をそっと手放しました。たくさん悩みましたが、離れられたことへの安堵が大きかったです。あの日、上司からのことばでついた傷を、何度も広げていたのはじぶんだったのかもしれません。

社会人になって初めて時間ができ、久しぶりに家族や友達とゆっくり過ごしました。驚いたのは、パティシエを辞めたことを誰も責めなかったことです。
むしろ、表情が明るくなったと言ってもらえたり、これからはたくさん会えるねと喜んでくれるのです。こころの奥のやわらかいところがじんわりとあたたかくなりました。

わたしはこれから、仕事でお菓子をつくることはきっとありません。
大切なひとの日常を飾るささやかなお菓子を、たまにぽっと作っては
それを囲って共に過ごすしあわせを何より大事にしたいのです。

パティシエとして働きまくった、こころに鎧をつけていたわたし。

お疲れ様。よくがんばったね。




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