ここ4年ほど、毎日リュックに入っているもの、複音ハーモニカ 3本(C, C#, Aがそれぞれ一本ずつ)。 もともと旅のアイテムとして、大学に入学してすぐくらいのときに買った。公園などで練習するため、リュックに入れ放しのころが多かったところ、いつの間にか財布, IPadと並んで、欠かさずリュックに入れるお守りのようなものになった。(吹かなくても、リュックの中に無いと何だかソワソワして、落ち着かない) 普段は公園や、河原で。 登戸でシェアハウスをしていたころは、登戸駅下り
自分史上、最も体力を使った(肉体と精神両面で)バングラデシュの旅がついに終わりを迎えた。マレーシアで二日ほど過ごした後、現実に帰る。 フライトは朝4時。前日の20:00 に空港へ到着してから8時間。空港の椅子をベットにして寝る予定だったが、周囲への警戒モードが解けない。結局、赤瀬川原平の路上観察学入門を読みながら、6時間ほどを過ごした。 クアラルンプール行きのエアアジア機の待合所は、緑色と白色のキャップで埋め尽くされていた。街の商店でたむろしているようなバングラデシ
近年、周りの夜景がだんだん白くなってきている。 先日、大学の周りを彩っていたオレンジの灯火たちが、ついに居なくなってしまった。 ある日、大学に登校する際に、上の光景を見た。「さては」と思い、写真を撮った。消えるかもしれないと。 そしたら、予想通り。一週間後に、この写真の風景は過去帳入りしてしまった。 オレンジの光は大学と自宅の二拠点生活をしている僕にとって、大学に「帰る」際に、「おかえり」と言ってくれるような存在だった。 特に寒い日に自転車のハンドルを握
年賀状仕舞いという言葉が、流行し始めてから久しい。 自分には関係がないと思っていたが、年々、声の数が大きくなってくると少しは考えてしまうが、色々考えた末に今年も続けることにした。 年賀状を書くことは、年を越すためのイベントとして長年自分のなかに根を張ってきたもので、年賀状仕舞いで返信が少なくなったから、と言ってやめられるものではない。現状は。 年賀状を出すことは、これまで過ごした一年を一旦整理して、仕舞うタイミングなんだと思う。自分にとって。 特に、年賀状に書く、
行きつけの銭湯で、湯上がりの牛乳を楽しんでいたら、目の前の机にあった本。 絵本は小さい頃によく読んでいて、じっくり読んだのは10年ぶりくらい。 柔らかいタッチの絵で、二度温まる。 キャプションは書かれていなくて、全20ページ、ただ銭湯の内外の情景が描かれている。 普段はストーリーに合わせて絵を見るけど、 文字がないと、ただぼやーっと絵の世界観と柔らかさに触れられて、いい。 いつまでも湯上がり気分に浸れそう。
道端で、明るく照らされた「あたた〜い」というポップが、目立つようになった。冬の訪れを、もっとも街中で、自分に近い距離の中で、知らせてくれる存在。そして冬を感じるための、自分の中の切り替えスイッチ。 今年、自分の行動半径で初めて存在が確認できたのは、11月9日。深夜、大学に向かって漕いでいる途中で見えた、オレンジ色のポップ。 すぐに自転車を止めて、課金。鈍い音と共に出てくるアツアツの缶を、ぎゅっと握りしめる。この夜の空気は、これまでで一番の冷え込みだった。今年も冬が
鉄道の旅が持つ意味合いは、その時々によって異なる。 小5から、中学の3年間は、車窓は一つのショーケースであった。親の保護の手から独立するも、動く手段と金銭が特に限られる中高生時代。まだ見ぬどこか遠くへ行きたい衝動を、唯一託すことができたのが鉄道。特段、鉄道に興味があったわけでもなかったが、夢と共に乗り込んだ過去から、今でも旅の出発駅のホームで待っている時にはワクワクする。 当時見ていた車窓は、水族館の大水槽くらいの大きさだった。飛び込んでくる見たことない景色、地域、