金木犀

    一

 出会いを求めていた。大川昇平二十七歳。大学時代からの友人たちが次から次へと結婚して子供の話ばかりする中で、彼はいまだに独身で、特定の彼女もいなかった。
 たまに合コンで知り合った女の子と寝ることはあっても、続かない。出会い系サイトでメッセージをやりとりした女の子とデートしてみても、それきり二度と会うこともなかった。
 二〇一八年、夏。彼は新卒で入社した港区の印刷会社を辞めて、恵比寿にある広告代理店で営業をしていた。
 同僚の営業やデザイナーたちは、いつも女の話ばかりしていた。クラブで知り合った女と昨日寝たとか、今夜取引先の女と六本木でディナーだとか、アイドルの誰それの太腿が魅力的だとか、そんな話だ。
 彼だってもちろん男だからそういうやらしい願望みたいなのはあったし、もしかしたら他の人より強かったかも知れないが、同僚たちのそういう話の輪にはなんとなく入って行く気にはなれなかった。
 休憩時間には一人で会社近くの喫茶店に行き、最近出会い系アプリで知り合った女の子とチャットでメッセージのやり取りをしたりしながら、なんかいいことないかな、理想100パーセントの女の子と出会いたいな、などと取り止めのない空想に耽る日々を過ごしていた。

    二

 「はい、終わりー!ほら、いつまでもパソコンとにらめっこしてないで飲みに行くよ、山下くん!」
 明日までに取引先に提出しなければならない提案書のレイアウトを昇平があーでもないこーでもないと考え込んでいると、上司の高坂美沙希が両手で力強く肩を叩いてきた。
 「痛い痛い、わかりましたよ」
 入社したその日に飲みに誘われて断ることもできずついて行ってから、高坂さんは毎週のように彼を飲みに誘ってくるようになった。
 高坂さんと飲みに行くといつも、新しい彼氏と喧嘩した話とか、取引先のオヤジが嫌な感じだとか、そんな愚痴を延々と終電まで聞くことになる。
 そして、そういう時間を、昇平は嫌いではなかった。
 半月で三〇時間の残業を記録するタイムカードを切り、高坂さんと昇平は恵比寿から代官山の方へと五分ほど歩いた所にある行きつけの居酒屋へと向かって歩いた。

    三

 「山下くんは彼女とか作らないの?」
 小一時間近く新しい彼氏の愚痴を僕にぶつけてスッキリしたような口調で高坂さんはストレートな質問をした。なんだかんだ言って高坂さんは仕事のできる営業なので、「最近どう?」とか、「なんかいいことないの?」とか、そういう回りくどい質問がどれほど時間の無駄かよく分かっていて、あえてストレートな質問をしてくるのだろう。
 「や、作れるもんなら作りたいですよ。巨乳がいいです、手に余るほどの巨乳が」
 いつもなら笑いながら肩を叩かれるところだったが、高坂さんはまったく笑う素振りもなく、挑発的な眼差しで僕の目を見ると、わざとらしく色っぽい感じの口調で言った。
 「巨乳ならアタシでいいじゃん、ほら、山下くんの手に余るほどの巨乳ですよー、きょ・にゅ・う」
 毎週のジム通いで鍛えた健康なバストを両腕で寄せて、第三ボタンくらいまで開いた白いワイシャツの隙間から谷間を見せつけてくる高坂さんに、昇平はちょっと何も言い返せなかった。
 ぐうう、巨乳だ。
 くやしいけど高坂さんは魅力的だ。もし上司でなかったら、正直付き合いたいくらいに魅力的な体つきをしている。それに、紛れもなく、巨乳だ。
 きょ・にゅ・う
 きょ・にゅ・う
 キョ・ニュ・ウ
 ・・・・・・
 強調された谷間に吸い込まれていくかのように、頭の中はぐるぐると回り、僕の意識は底無しの渦巻きの底へと、沈んで行った。

    四

 暗い灰色の壁に囲まれている。空を見上げれば星一つない真っ黒な平面が延長している。壁には等間隔に仄かな松明が架けられていて、振り向けば十メートル程背後に左右に分かれた道がある。松明に照らされて、奥からゆらゆらと揺れる髪の毛のような影が伸びて来るのが見えた。影はその角を今にも曲がって来ようとしている。
 僕は考える間も無く前方へと向かって走り出した。壁に架けられた松明の炎が時折腕や頬に触れるほど狭い通路を五十メートルくらい先のまた左右に分かれた丁字路までわけもわからず疾走する。
 いつの間にか着ていた服は一糸残らず剥ぎ取られており、冷たく無機質なコンクリートのような壁と地面の感触が、焦る脚を一歩踏み出す毎に四方から僕を捕まえようとする無数の手のように迫ってくる。なんとか丁字路まで辿り着くとまた左右に向かって五十メートルくらいの通路が続き、その先にはまたさっきと同じような丁字路が見える。
 考える間も無く右に曲がり、がむしゃらに走り続けた。背後からは途轍も無いおぞましい影が段々速度を上げて迫って来ている気配がする。恐る恐る後ろを振り向くと、僕が脚を速めれば早める程、無数の手のように広がり揺れている髪の毛のような影はますます大きく激しく揺れ、此方へと向かって地面を滑るように塊になって追って来ている。
 追って来る恐ろしい影との距離を見失わないように後ろを向いたまま走る脚の速度をさらに上げようとした瞬間、僕は何か大きくて柔らかいものにぶつかった。
 それは巨乳だった。僕の体の三倍ほども大きな巨乳の谷間に、僕の体は挟まれて抜けなくなってしまった。身動きが取れないまま手足をじたばたともがいている間にも、女性の髪の毛の様な無数の腕の様な影は物凄い速さで僕へと向かって迫って来る。
 ぎゅっと目を閉じて、もうおしまいだと諦めると、此方に迫り来る影のひんやりと冷たい恐怖の感触と、左右から全身を圧迫する谷間の異様な柔らかさに全身の力を奪われながら、僕の頭の中は真っ白になった。
 
    五
 
 「大川くん、起きて。仕事行かなきゃ」
 昇平は高坂美沙希の声によって起きた。どうやらあのあと酔い潰れて眠ってしまったところを美沙希に自宅まで連れられて介抱されていたらしい。
 昇平は決して酒に弱いわけではなかった。大学時代のサークルの飲み会で相当鍛えられていたので、ウイスキーのボトルを一気飲みしたりしない限りは酩酊することなどあり得ないはずだった。しかし、現にこうして酔い潰れて、しかも女上司の自宅で介抱までされるなんて、自分に一体何が起きたのかうまく飲み込めないまま、美沙希とは時間をずらして出勤するのだった。
 その日から高坂美沙希の様子が変わった。仕事中も時折昇平の方を見て微笑んだり、週に一度の飲みだけではなく、ランチに誘われるようになった。
 酔い潰れていた時に、何かがあったのだろうか。居酒屋から美沙希の自宅で何があったのか昇平は何も思い出せなかった。ただ、夢で見た巨乳の柔らかい感触だけは、実際にそれに全身が包まれるかのように思い出せるのだった。
 いつもの喫茶店でそんなことを考えながらスマホを弄っていると、なつかしい高校時代の旧友からメッセージの通知が来た。かれこれ二年半ほど会っていない野球部部長の田中将生からの連絡だった。「来週の土曜に同窓会やるからおまえも来いよ」と書いてある。
 同窓会の誘いは三回くらいスルーしていたが、さすがに今度くらいは行ってみるか、と昇平は思った。
 過去に戻ることで、まるで高校生の男子みたいな、恋に対する最近のやりきれない思いに何か新しい風が吹いてほしい、と心の片隅でひっそりと期待していたのだ。
 
    六
 
 池袋駅から歩いて数分のところにその居酒屋はあった。また居酒屋かと昇平は思った。居酒屋、居酒屋、居酒屋・・・。社会人ってやつは、いや大人ってやつはいつだって居酒屋。より敷衍すれば居酒屋的空間。コミュニケーションが大切だとか就活でよく言われるけど、それは要するに居酒屋的空間で他人のご機嫌を取ることに長けているかどうか、ということでしかない。会社の飲み会でも合コンでも同窓会でもやる事は全部同じ。他人のご機嫌を取って、さりげなく自分のポジショニングを成功させるということだ。
 そういった社会人としての一連のお約束に昇平はいいかげんうんざりしているのだった。ご機嫌取りがうまくいけば、会社では有利な地位に収まることができる、合コンではお気に入りの女の子をお持ち帰りできたり後日二人きりで会えたりする。同窓会だけは少し違う。可能性として考えられるのは、昔はそんなに可愛いと思わなかった女の子がめちゃくちゃ可愛くなってたりして、もしかしたら急接近できたりすることくらいだろうか。
 いずれにせよ、他人のご機嫌取りをしなければならないという社会人としての最適解に自分のパフォーマンスを適応させるという、ほとんど義務のような要請が待っていることを、同窓会の会場まで池袋駅から歩きながら予想して、昇平の脚はなんだか重くなるのだった。

    七

 同窓会とは名ばかりで、実質は高校の同級生六人だけでの飲み会だった。昇平を含めて男は三人、女も三人、他人が見たら合コンにも見えなくもないが、話の内容は、どんな仕事してるのーとかかわいいねーとかではなく、子供がかわいいとかマンションを買うか一軒家を買うかとかそんな話だった。
 人はすぐに想像力を忘れる。とくに人生のステップをうまくこなせてしまっている人は、自分が幸運で得た今のステップを全て自分の努力で得たもののように思い込み、一般的な人生のステップをポンポンと進行させていない人のことをあからさまにではなく何となく自然に見下しがちだ。
 あきらかにこの同窓会では、結婚していて子供を育てている人がヒエラルキーの頂点に位置していて、その次が結婚はしているが子供はまだの人、その次がまだ結婚していなくて子供もいないが付き合っている恋人がいる人、そしてヒエラルキーの底辺には、昇平を含めた、結婚もしていなくて子供もいない上に付き合っている恋人さえいない人が位置していた。
 こういう場合、ヒエラルキーの底辺に位置している人が一人しかいないと状況は絶望的だが、昇平にはもう一人ヒエラルキーの底辺に位置している仲間がいた。鈴木聡美である。
 高校の偏差値が高かったため同窓会の出席者六人のうち四人は卒業後一流の大学に入りそのまま就活に成功して有名な商社の総合職や国家公務員や医療関係の職業に就いていた。そんな中、聡美は昇平と同じように二流の大学に行き就活も紆余曲折して結局中小企業の営業職で働き日々売上ノルマに追われながらそれなりの年収でなんとか生活しているというところもまた仲間だった。
 同窓会におけるヒエラルキーの底辺に位置する仲間とはいえ、聡美は決して残念な女なんかではなかった。むしろ出席者三人のうちで一番可愛い。というか昇平は高校時代に鈴木聡美のことが好きだった。三回告白して全部フラれていた。三球三振だ。聡美は女子ソフトボール部の部長で男子にも負けないほどの速球を投げるピッチャーだった。昇平はマウンドで投球する聡美の美しいフォーム、というか美しい太腿にいつも見惚れていた。

    八

 夜の十時頃、妻や夫、彼氏彼女が待つ他の人たちがそろそろ帰らなきゃと言い出したので飲み会は解散した。他のみんなと別れた後、帰る方向が一緒だった昇平と聡美は二人で西武池袋線の改札へと向かって歩いた。
 土曜の夜のホームは人で溢れている。数えきれぬほどの男女の顔が昇平のすぐ側を通り過ぎる。楽しそうに笑い合うイケメンのグループ、買い物バッグを持って颯爽と歩いて行く美女、べろべろに酔って大声を上げている太ったおじさん達、はしゃぎながら走り回る子供達。
 これだけ無数の人がいれば、その中には鞄にナイフを隠している無職の犯罪者がいても不思議ではない。その確率より少し高いくらいの割合で、同窓会で久しぶりに再開してお互いに惹かれている二十代半ばの男女もいる。昇平と聡美もまさにそんな男女だった。
 高校の時の話や、今の営業職の話など話題は尽きず、昇平と聡美は、電車内でもまるで世界には二人しか存在しないかのように、意気投合していった。まだ話し足りないと思った二人は、聡美の自宅のある練馬駅の居酒屋で飲み直すことになった。
 
  九

 「大川くんは彼女とか作らないの?」と、聡美は言った。昇平はよく冷えた飲みかけのビールのジョッキを手に持ちながら、とりももにくのねぎまを口に含んだところだった。
 「ん、あ、彼女、いたらいいよね」
 いたらいいよね?およそ本心とは遠くかけ離れた言葉を昇平は口に出していた。いたらいいよね、じゃないだろ、昇平、心から彼女欲しいって思ってるだろ。と、昇平は心の中で自分につっこみを入れた。
 正直、目の前の聡美と付き合いたいと昇平は思っていた。ビール片手にとりももにくのねぎまを食べながら。
 「大川くんってさ、なんか変わったよね、なんていうか、高校のときとは違って、落ち着いたっていうか、いい意味で」
 「あ、そう?そうかなあ、高校の時みたいに、自分にはなんでもできるって思えなくなっちゃったからじゃないかな、きっと、わるい意味で。ははっ」
 昇平は笑うときは決まって「ははっ」だ。「わははは」でも「わーっはっはっはっ」でもないし「ぐわはははは」でもない。
 「ふふふ、なんでもできる人なんていないじゃん、もしいたとしたらちょっとやだな、なんかこわいっていうか、気が引けちゃう。それより、昇平くんみたいに、優しい人のがずっといいよ」
 これは好きなのか?聡美は俺のこと好きなのか?と、昇平は思った。気になる女子にそんなこと言われたら、男子は誰だってそんなふうに思ってしまうだろう。とくに昇平みたいな、理想100%の女の子を追い求めてしまっている男子なら、なおさらそうだ。
 「えー、俺が優しいとか、まじかー、なんか鈴木さんのこと、好きになっちゃいそうだわー」昇平はたまにそういう軽口を言う。駆け引きとかではなく、たんに思ったことをつい口に出してしまうというだけ。
 聡美はそんな不器用な昇平を見ていると、顧客に商品を売ったり上司の機嫌を推し量ったりする駆け引きばかりの日々の仕事を忘れて、ありのままの自分でいられる安心感に包まれるような気がしていた。
 「わたしは昇平くんのこと、もう好きになっちゃってるかも」と、聡美は言った。駆け引きとして、とても自然に。
 
  十

 幾何学模様の床、古めかしい木目の壁、どこかの大きなホテルの中を子供用のカートに乗って走っている。二〇一号室、二〇二号室、二〇三号室と次から次へと部屋の扉ドアの前を通り過ぎる。その先に二〇七号室のドアが開いているのが見える。カートを停めると僕はその二〇七号室に入った。
 部屋の奥の方に、浴槽があり、半透明のカーテンの先で一人の女性がシャワーを浴びているようだ。スタイルが良く、カーテンに遮られてはいてもあきらかに美しいことを予感させる艶かしいシルエット。
 「昇平くん、昇平くん、来て」優しく、官能的な女の声が僕を呼んでいる。甘い女の匂いが漂う浴槽に惹き寄せられ、僕はシャワーカーテンを開けた。
 そこには一人の老婆がいた。老婆の肉体は腐って剥がれ落ち、浴槽には血と臓器と肉片がぷかぷかと浮かんでいた。老婆は突然頭を激しくガタガタと震わせて、不気味な叫び声を発しはじめた。そしてべちゃべちゃと崩れ落ちて、完全に肉片になった。
 僕は後ろを振り返り走って逃げた。再びカートに乗り、全力でペダルを漕いだ。
 ホテルの入り口まで来ると外は吹雪だった。カートを捨てて、一心不乱に吹雪の中へと走り出した。ホテルの外は迷路になっていた。ヨーロッパによくある植物で仕切られた庭園迷宮だ。深く積もった雪に焦る脚を取られながらも、出口を目指して前へ前へと進んだ。
 背後から男の影が息を切らしてこちらを追って来ている。「しょーうへーい!しょーうへーい!」とそいつは叫び、不自由な片足を引き摺りながら、確実に近づいて来る。奴は遅い、しかし行き止まりになったらおしまいだ。という恐怖感を振り払うかのように僕はとにかく前へ前へと進んだ。右に曲がり、左に曲がり、また右に曲がり、二十分くらいは走っただろうか。
 振り返った時、もう男の影はなかった。追って来る気配もない。助かった、と思ったその時、頭の上から何かが落ちてきた。どかっと肩にのしかかり、それは強靭な力で僕の首を絞めはじめた。それは女の太腿だった。
 僕は女の太腿に首を絞められて、気を失った。

  十一

 目が覚めたとき昇平は聡美の部屋にいた。淡いグリーンのカーテンの隙間から朝の日差しが差し込む。少し散らかった部屋の真ん中にローテーブルが置かれており、そこに聡美の書き置きがあった。
 「冷蔵庫に野菜スープあるから朝ごはんに食べてね。鍵は玄関の郵便受けに入れておいてください」
 きれいな字だ、と昇平は思った。美しい投球フォームと同じように、流れるような自然的な美しさのある字だ。
 冷蔵庫の中には食材や飲料がきれいに並べられており、その中で一番目につく位置に「野菜スープ」と貼り紙のある丁寧にラップされた皿があった。
 昇平はそれを手に取り、冷蔵庫の上にある電子レンジで温めてローテーブルまで持っていき、二人掛けのソファーに座って、食べた。
 優しい味がする。どこのレストランに行っても食べられない、家庭的な優しい味。こんなに優しい野菜スープは今まで飲んだことがない、と昇平は思った。
 台所で皿を洗って食器棚に戻し、部屋の隅にある鏡で身支度をして部屋を出る。郵便受けに部屋の鍵を入れて、昇平は職場へと向かった。
 こんな暮らしがあるだろうか、好きな人と同じ部屋で朝ご飯を食べ、同じ部屋から出勤して、同じ部屋へと帰り、同じ部屋で夕飯を食べる。
 昇平はそんな暮らしを想像してみたが、今ひとつ実感はわかなかった。しかし、冷たい迷路の中で力強い太腿に締め付けられた首の痛みだけは、はっきりと感じられるのだった。

  十二

 聡美の家を出て最寄り駅まで向かう途中に金木犀が咲いていた。甘い香りに誘われてふと立ち止まった瞬間、目の前に理想100パーセントの女の子がいた。
 街角でもネットでもテレビでも見たことのない次元の美しさ。99パーセントなどという中途半端なものではなく純度100パーセント理想そのものの女の子。美人上司の美沙希のスタイルも、青春を捧げた聡美の顔も、もはや思い出すことさえできなくなるほどの、完璧なスタイルと顔。完璧というものがこの世には存在しないという持論は完膚無きまでに叩き潰されて、それ以外になにも見えなくなるほどの暴力的な魅力。抗い難い性的衝動に駆られる。形なき形に対して。わけもわからず。
 魅力は暴力だ。と昇平は思った。理想は暴力だ。女の子は暴力だ。その前ではもはや対象を分析したり操作したりする合理的思考は通用しない。脳に障害を負い、元の正常な状態には戻れない。暴力による損傷は可塑性がある。弾性限界を越える力を加えられた脳はその力が取り去られた後も元には戻らず、歪みが残り続ける。
 ぼくの脳はもう元には戻らないだろう。理想100パーセントの女の子を現実に知る前の状態には。


#小説 #短編小説  
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?