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詩) 海沿いの小径(こみち)

   海沿いの小径(こみち)

かつては主要な街道であったその道は
今では歩く人もないが

あふれるばかりの優しい陽光が沁み込み
歩みを進める私たちを、昔のように包んでくれている

その海沿いの湾曲した道は
私の原風景に通じているのだった

あなたを背負ってでも
私はそこへ歩いて行く

あなたは菱形のぼやけた紋章を見つめている
光の分散し、虚空に投影された紋章を

その紋章こそ、打ち棄てられ、野晒しにされた詩人の墓所の在処(ありか)を
証言するただひとり残された者であることを知っているのですね

右手の小高い丘から、左手の断崖の下へと
大気がそっと息を流して私の汗を乾かしてくれている

伝説にしてしまおう
そうして私たちは、その果てに消えてしまおう

ああ、粒子の海原を左手に遥かに見渡してごらんなさい
あなたにも「うた」が聞こえるだろう

誰が声高に「歴史」を語ろうと
そんなことは関係ないのです

あなた自身のうたが、まるで伝説の叙事詩のように
私をとらえて放さない

あなたの掌(て)を取るこの掌を信じていてください
地下牢の中で吐かれた棄て台詞の数々など忘れるのです

あの原風景からひとり立ちさせるとき
そのうたはきっと波のように世界に伝わってゆくのです

だから、もうすこしだけ、さあ私の背に乗り
もう少しだけ目を閉じてはいけません

その代償として、この大気が
あなた自身の肉体を所望するというのなら
おお、私も同様に呑み込むがいい!

          (2005.1.1)

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