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詩) 初夏

   初夏

生(せい)のなまなましい手触りは薄れているのに
その重量だけが僕を包んでいるのは
午前の陽光にさんざめく湖面のたゆたいの技(わざ)か

あらゆる事象が無価値であり、同時に
あらゆる事物が僕と同類であると感じるのは
花を落とした薄緑の木々がたてるざわめきの故か

何ひとつ言葉で語ることのできぬバラッドは
日々の暮らしの、ずっと向こうから
グレーの扉を目の前にした僕の足下へと沁み込んでゆく

これまでの時間
これからの時間
その隔たりは消え、等価となる―――

それなのに未だに僕は、陳腐であるか、それとも
ひらひらとした薄っぺらな意味しか持たないか―――
そんなちっぽけな差異の周りをうろうろと歩き回る

哀しみのひと欠片も無く、穏やかな午後であっても
そよそよとした風に、胸の痛みをおぼえる―――
おそらくは、これこそがあらゆる生そのものの宿命なのだ

理知的な遊戯が織り成す自由な旋律の中にさえ
ちゃっかりと潜み込む陰影(かげ)たちのように
それは、なくてはならぬものなのに違いない

僕は手をかざす―――
すると、何者かがその掌を通り抜けてゆく
ああ、この身を蝕みつつある、死臭にも似た毒素が何だろう

ついさっきまで想い描いていた惨めな自画像こそが
この世界を覆い尽くし、虚ろな笑いをばら撒いている瘴気―――
その存在を映し出している鏡そのものじゃないか

元来、測定されるものに過ぎなかった数量―――
その数量自体が自在に集合、変容することによって
自ら存在を誇示し、世界を支配する

タン、ドゥン、タン、ドゥン
自慰に過ぎない舞曲は溢れるほど提供される
そのことによってのみ人類は退化してゆく

地上を覆いつくした創造物―――
永遠と未来を約束されていたはずのそれらは
早くも疲弊し、色褪せ、黒黴菌糸の進入を許している

食い破られた蛹から這い出る偽善の手足
どうしてこんな詩(うた)をうたわねばならないのか
どうして僕はいつもこうなんだ

しかし、雲よ、許したまえ
お前の居る、抜けるような青い空とは対極にある―――
光の届かぬ深海の奥底にも生命は宿っている

破壊という名の創造が許されているならば
この僕には、破壊された欠片を拾い集め
再生することを許せ

手をかざす―――
傷つき、疲れた細胞の奥から
滲み、盛り上がる涙に影を落とすため

芽吹き出された若葉たちを透かせる陽光と
それをざわめかせる東寄りの風は
たゆたう時間が僕の許へ立ち寄ることを許す

生のなまなましい手触りはもう消えかけている ―――
けれども、その代わりに涼しく頬を撫でる風が僕の中を通り過ぎ
同化された大気として包まれている―――
そのような生の肌触りが確かとなってゆく

          (2009.9.12)

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