見出し画像

詩) 口伝の海

   口伝の海

木々の間をジグザグに
右手で幹を触れ
次には左手で幹を触れ
飛び跳ねるように歩いて行く

ああ、何て美しい陽射し
宝石を梢に撒き散らしながら
森閑とした中に潜む生きものたちを
うきうきとした舞踊へと誘い出そうと

どこへ通じているのか知っている
この木々をまっすぐに抜ければ
涯しない広がりが迎えてくれる
ああ、何とわくわくする

まだか
まだ聞こえないか
ああ、葉擦れの声がする
無数のひそひそとした声がする

森はまだ深いようだ
リスがするすると見え隠れしている
梢、梢、また梢
この手に触れた幹の遥か上に

歩きながらでは聞き逃すかもしれない
立ち止まれ
耳を澄ましてみよう
まだ聞こえないか

葉擦れの音がする
さらさらとした音が
ある瞬間(とき)は流れるように連続して
ある瞬間は途切れ途切れに

ああ、ささやき交わす
葉擦れと木洩れ日
まるでひとつがいの白鳥が
水面で寄り添い浮ぶように

さて、再び木々の間をジグザグに
右手で幹を触れ
次には左手で幹を触れ
飛び跳ねるように歩いて行く

どこへ通じているのか知っている
この木々をまっすぐに抜ければ
涯しない広がりが迎えてくれる
ああ、何とわくわくする

まだか
まだ聞こえないか
まだか
まだ聞こえないか

あれは何だ
あの木々の間から望める白い世界は
まるで無であるかのような白は
それでいて懐かしげな白は

ああ、あれこそがそうだ
まっすぐに行こう
道しるべの木々たちよ
動けぬお前たちはなぜ、この道を知っている

おお、遂に抜けたのだ
涯しない広がり
遮るもののない海と空
粒ではなく、大気そのものに充溢した陽光

そして眠りの中のようなこの音・・・
森の木々によって遮られていた潮騒
ひたひたと、さらさらと
水と砂が愛撫し合うひっそりとしたさざめき

木々たちよ、お前たちが守っていたのはこの海か
生の秘密を奥深くにしまい込んだこの海か
梢伝いに森の奥までその神話を届け
この私を連れてきた―――海

それにしても似ている
この潮騒は、あの葉擦れの音に・・・
もしかしたら同じ言葉を使っているのだろうか
そして、この海原の彼方へも口伝されているのだろうか
あの空と海原の境を越えて―――
森よ、お前は今、微笑したか?

             (2005.2.14)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?