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詩) 初秋

   初秋

細長い谷あいを
海へ向けて歩く

刈り取られた後の水田に挟まれた街道に
朱色に染まった蜻蛉が滑空している

それにも増して鮮やかで艶(つや)やかに照り映える赤い蕊(しべ)が
すっくと緑色に伸びる茎束の上で燃えている

(まるで竹林のように見通せる不思議さ)

生き生きとした大気が僕を導き
置いてきぼりにされたこの脚を元気付ける

ありのままの美しい季節が五感を包み
ありのままの哀しみを撫でてゆく

精密さと偶然性とが時間とともに醸成した
造形であり、同時に抽象であるもの

(失われたものが残した空洞に集まってくる)

穏やかな死へと続くなだらかな道をそれることなく
計算され尽くした経路を守り抜くのは所詮、お前の柄じゃない

夜は、輾転反側、眠りを食い破り
昼は、あれやこれやと行ったり来たりのどうどう巡り

今日はそのためのプロローグの筈だが
天気は滑稽なほど、あっけらかんとした快晴だ

(細胞が勝手気ままに浮き立ち、伝染してゆく)

その街道沿いにあるすべてのものが
その背後に海を嗅ぎ、肩を抱かれている

営まれている暮らし、紡がれる時間
放浪者なんぞにはおかまいなしに流れるもの

稜線が背伸びする先を丹念にたどり
僕は空へと辿り着き、吸い込まれてゆく

(解き放たれた心が溶け出した涙)

静かに頷かれ、許された絶望が
下り坂の先に姿を見せた海へと拡がってゆく

彼岸から一列、また一列と寄せてくるなだらかな波が
巌(いわお)の上にある、古びた祠(ほこら)が無言で迎えている

新たな孤独が、寂寥感のない新たな孤独が
生命の漠とした行方を指し示している

滅亡の先に残る、ただひとつの怖れが
降り注ぐ陽の光に薄められて蒸発してゆく

海原を遠く渡ってきた風が
ふたたびどこかへと渡ってゆく

人はこうして立ち去るものか
その風に別れを告げ

(僕を待っている、とも言うことができる、今では)

   (2008.11.21)

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