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一世を風靡したDtoCブランドは、短期的利益と引き換えにコモディティ化するのか?

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  • 2023/03/23: NIKEの顧客タッチポイントを追加しました。


D2C革命は、オールバーズ(Allbirds)やグロシエ(Glossier)、パレード(Parade)など、いくつかの巨大ブランドを生み出した。だが、2021年のeコマースブームが2022年末に沈静化してからは、同じD2Cの主力ブランドの多くが成長を維持するために卸売に転じている。

Digiday

2010年にニューヨークで創業したオンラインメガネストアのWarby Parkerは、DtoCビジネスの代表格として知られています。また、サステナブルシューズブランドであるAll Birdsは、丸の内や原宿に小売店舗を出店し、日本でもその知名度を高めてきています。これらDtoCブランドが販売する製品は、機能面で圧倒的な利便性や新規性があるわけではありません。All Birdsのスニーカーも、デザインは多少特徴的ですが普通のスニーカーですし、むしろNikeのAir Maxなどのほうが全然履きやすく足も疲れないと感じます。それでも、先進的なDtoCブランドは創業からわずかな時間で急速にファンを増やし、売り上げを伸ばしてきました。そして、DtoCブランドのファンは、バナー広告をクリックしてコンバージョンした一過性の顧客ではなく、ロイヤリティが高いリピートカスタマーになることが多いです。

Seeking Alpha
Sammy Abdullah

機能性・利便性での差別化が難しいのであれば、どうやってロイヤリティの高い顧客を作り出しているのでしょうか?それは、ひたすら「ブランディング」です。
最もわかりやすい例は、Appleでしょう。Appleはまぎれもなくスマートフォンを最初に作り出した会社ですが、近年はイノベーションのスピードでは他社に遅れをとっています。iPhone6で導入した大画面化もギャラクシーシリーズに後塵を拝していますし、搭載しているカメラの個数や画像処理能力も、ギャラクシーやGoogle Pixelには及ばないと言われています。その割に価格は高く、中国製スマートフォンと比べると、同じような機能で2-3倍の値段がします。OSレベルのシェアでみると、Apple一社のみで展開されているiOSは22%と控えめですが、スマートフォンの利益額のシェアで言うと2022年は61%を占めています(Counter Point)。日本に限定してみると、OSレベルのシェアでもiOSは50%を占めています。これは、スティーブ・ジョブズ時代からAppleがこだわり抜いてきたブランド価値の賜物でしょう。Appleの製品を持っていることは、一種のステータスシンボルで、それはカメラの個数や撮れる画像の綺麗さを遥かに凌駕する顧客価値になっているわけです。実際、世界のブランド価値ランキングで、Appleは2012年から2022年まで10年連続首位をとっています(日本経済新聞)。

先進的なDtoCブランドは、Appleが電化製品で実行したようなブランディング戦略を他のコンシューマー製品にも応用することで、同じようにロイヤリティが高い顧客を惹きつけています。例えば、ニューヨーク発のDtoCスーツケースブランド Awayは、「the more we travel, the better we all become」をスローガンにして、「旅のある生活」をブランドの中心においています。ブランド価値を潜在顧客に広く伝えるために、ソーシャルメディアをフル活用することはもちろん、HEREという旅雑誌を独自に発行し、旅行に関する様々な情報を発信しています。また、商品が梱包されている段ボールにも、ブランド価値を伝えるメッセージが印字されています。リアルの小売店舗でも、内装はもちろん、スタッフによる応対まで含めて、ブランド価値を最大限伝えるための工夫がなされています。

また、エシカルファッションブランドのQuinceは、徹底した環境配慮をブランドの中心に添えることで、ファッションの環境問題へ関心を持つ層へアプローチしています。オーガニックコットンやリネンなど天然素材を利用するのはもちろん、エシカルな運営をしている工場を選定し直接取引をすることで、自社製品を作る労働者の就労環境をクリーンに保つと共に、コスト削減も同時に実現しています。HPでは、Quinceが直接取引している工場の所在地も見ることができる徹底ぶりです。さらに、バリューチェーンの透明性にもこだわりをもっており、小売価格の構造(素材費、パッケージ費、運送費など)を商品毎に公開しています(Quince)。このブランド価値を、HPだけでなく、ソーシャルメディアや雑誌、イベントなど様々なタッチポイントで顧客へ訴えかけることで、ロイヤリティの高い顧客を獲得しているわけです。

これらの事例からわかることは、DtoCブランドは「ブランド価値を明確にすること」「ブランド価値を様々なチャネルで多面的に顧客へ訴えかけること」を軸に運営されている点です。特に、ブランド価値を「様々なチャネルで多面的に」伝達していることは重要です。情報量が増える一方である現代において、ソーシャルメディアだけでは顧客にリーチするチャネルとして不十分であり、パッケージやイベント、雑誌などオンライン・オフライン関係なく様々なタッチポイントで継続的に語りかけることが、ブランド価値を伝える上で重要なポイントになります。NIKEは、コアアプリであるNIKE App、SNKRS、Nike Run Club、Nike Training Clubなどのモバイルアプリをタッチポイントとして展開し、2021年には3億人以上のユーザーを獲得しています(Digiday)。

「顧客と直接繋がれる場」で、徹底的にブランドコミュニケーションを行うことが肝ということですね。
一方で、この戦略には限界も見えてきています。従来のDtoCブランドは、ブランド価値を守り抜くために、顧客への直販にこだわってきました。オンラインのECサイトやSNSコマース、オフラインの小売店舗など、販売チャネルの種類は様々ですが、全て顧客と直接コミュニケーションをとれる場所です。しかし、それだと当然「急速なスケール」は図りにくくなります。企業、特にスタートアップは右肩上がりに成長することが求められますので、急速なスケールなくして持続的に企業価値を高めることはできません。ここで分岐点を見ているのが現在のDtoCビジネスです。
ある程度の規模のDtoCブランドには、WalmartやTarget、Amazonなどの小売業者へ商品を卸すことで、成長の維持を図っています。日本の事例ですが、2022年に上場した完全栄養食のサブスクサービスを提供するBasefoodは、2021年にファミリーマートやナチュラルローソンへ商品を卸し始めました。その結果、前年比430%成長を実現し、上場を果たしています。

strainer

2017年からDtoC戦略へ大きく舵を切ったNIKEも、卸売チャネルでの売上は力強く成長しています。2022年9月-11月の同社売上をみると、DtoCチャネルより卸売チャネルの方が成長率が高いそうです。実際、DtoC戦略へ舵をきったことによって同社の在庫は44%増加しており、財務体質を圧迫しています。その結果、 NIKEはDtoCを主力戦略に置きつつも、Footlockerなど一部卸売業者との関係性は引き続き強化すると明言しています(Business Insider)。
冒頭に紹介したDigidayの記事でも、以下の通り、卸売チャネルの成長可能性に言及しているDtoC事業者が多数と書かれています。

過去1年間で、卸売経由の売上が他のどのチャネルを通じた売上よりも増加したと述べている。62%の人が、このチャネルの売上が少なくとも多少上がったと回答した。それに対して、同じ期間に直販の売上が増加したと答えたのは53%だった。また、そのうちの80%のブランドが、その後の1年間に卸売ビジネスが成長することを期待していると述べている。

Digiday

このように、成長を継続するためには卸売事業は必須であると多くの事業者は考えています。では、短期的な成長を求め、顧客との直接的な関係性を一部断ちサードパーティーの小売業者へ商品販売を委託することは、DtoCブランドのブランド価値を希薄化し、ただのメーカーに成り下がってしまうことを意味するのでしょうか。
ここまで解説してきたように、DtoCブランドは「様々なチャネルで多面的に」ブランド価値を伝達することで、ロイヤリティ顧客を作り出しています。それは、自社のブランドコンセプトを様々なメディアで伝達し続けるメディアビジネスとも言い換えることができ、販売チャネルもそのメディアの一つと捉えることができます。ある程度確立されているDtoCブランドは、様々なメディアでバランスよく顧客と接点を持ち定期的にコミュニケーションをとれているはずですので、一部の販売チャネルで直接顧客と繋がれないことのブランド棄損のリスクは少ないでしょう。冒頭の記事で書かれているように、ブランド棄損リスクを回避する方法は色々あると考えられます。

商品のパッケージやラベルに、ブランドのアイデンティティとメッセージをできるだけたくさん詰め込むという方法もある。フルストライド・ベンチャーのブランドのひとつ、カインドリーの場合は、最大の卸売パートナーであるウォルマートでほかのアンダーウェアブランドと差別化を図るために、製品をブランド名の入ったハンガーにかけて販売している。

Digiday

以上より、確固たるブランド価値と様々なメディアでのコミュニケーションチャネルを確立し、ある程度まで直販で成長を続けたブランドが、一部の販売チャネルを他社へ委託することは、そこまで大きな影響はないというのが筆者の見解です。実際、Appleの売上の62%は第三者小売チャネルで発生していますが、Appleのブランド価値は守られています。同じことが、やり方次第では他のDtoCブランドにも可能なのではないでしょうか。

FourWeekMBA


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