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東海道新幹線はなぜ雨と雪に弱いのか


悪天候時、運行上のリスクが高い鉄道

悪天候に見舞われた時の対応は、公共交通機関により大きく異なります。
例えば、天候不良の場合は欠航となり「飛ばない」飛行機と異なり、列車は比較的ギリギリまで運行されるため、おそらく悪天候に強いというイメージを持たれている方が多いのではないでしょうか。

しかし実際には、運転中の大雨・突風により、出発後に突然運転を見合わせることがあり、駅間で停車された場合には長時間にわたり車内に閉じ込められ、途中下車するという選択肢がとれません。さらに停電となった場合、電車は空調が停止してしまう弱点を抱えています(今後温暖化が深刻化すると、窓が開かない新幹線の場合、致命的となりそうです)。

最悪途中で運行中止となった場合には、宿泊場所も代替交通機関も無い様な土地で、深夜に降車を余儀なくされる可能性もあるなど、利用者視点で見る限り、悪天候時に長距離移動する交通手段としては、鉄道はかなりリスクがある乗り物です。

なかでも特に東海道新幹線は、大雨と雪の影響を受けやすい致命的な弱点を背負っています。台風・大雨・大雪等、悪天候が予想される時は、東海道新幹線の利用は極力避けた方が無難です。
それにしても、東海道新幹線はどうして大雨や雪に弱いのでしょうか。

東海道新幹線が抱える致命的な弱点

例えば、豪雪地帯を貫く東北・上越・北陸新幹線は、たとえ大雪の日でもほぼ問題なく走り、大雨の際も運休となることは稀です。一方、東海道新幹線はちょっとした大雨と雪でも徐行したり運休となります。
あれ程の大雪の中を他の新幹線は問題なく走っているのに、なぜこの程度の雪で東海道新幹線が止まるのか、疑問に思われた方も多いのではないでしょうか。

この両者の運行能力の差は、線路の基盤の違いに起因しています。
(一部在来線区間を走る山形新幹線と秋田新幹線も、東海道新幹線と同様の弱点を抱えています)

一番最初に敷設された東海道新幹線は、土を盛った上に線路を敷設する区間(盛土区間)が全体の50%を占め、全線、砂利を敷き詰めたバラスト軌道で構成されています。
この盛土の土台は雨に弱いのです。
これに対し上越新幹線の場合は盛土区間は1%に過ぎず、全線コンクリート基盤(高架)上にスラブ軌道を敷設したため、風雨や降雪の影響を受けません。

降雨量が嵩むと土砂は水分を含み、地盤は緩みます。
平均速度約30~90km/hで走る在来線と異なり、1両あたり44トン、これが16両で編成され270km/hで走る東海道新幹線の場合、走行時に緩んだ盛土に伝わるその衝撃は強烈で、路盤崩壊を誘発させるリスクが生じます。そのため、大雨で降雨量が基準値に近づくと徐行運転、さらに雨が激しくなれば運転中止とせざるをえません。
東海道新幹線が大雨に弱い原因は、この盛土にあります。

土の基盤は雪にも弱い

東海道新幹線が雪に弱い理由も、この盛土の上に敷設されたバラスト軌道が原因です。
積雪した軌道上を列車が高速で走ると、路面の雪が舞い上がり車体下部に付着します。この固着した雪氷の塊は走行中の振動で落下するのですが、その氷塊も時速200km以上でバラスト軌道にぶつかるため、当然、敷き詰められた砂利は弾き飛ばされます。

昔はこれが原因で車体が損傷したりガラスが割れる事故が多発し、路線周辺の家屋にまで砂利が飛散するトラブルが発生したため、降雪時、東海道新幹線では170km/hまで最高速を落とさざるを得ません。

東北・上越・北陸新幹線ではコンクリート基盤上に敷かれたスラブ軌道であるため、たとえ氷塊が車両から落下しても、砂利が飛散することはありません。さらに降雪時には強力に散水し、軌道上の積雪を防ぎ車両への着雪を防止することが可能です。

これに対し盛土区間が全体の半分を占める東海道新幹線の場合、この対策がとれません。上に記した様に、盛土であるが故に水に弱く、融雪用に大量に水を撒くこともままならないというジレンマを抱えています。

さすがに冬季の降雪が激しい関ヶ原区間にはスプリンクラーを設置し、大雪の際は散水処置をとりますが、これも地盤強度との兼ね合いで散水量に限界があり、さらに散水時には走行速度を制限せざるを得ません。

かくして、東海道新幹線は雨にも雪にも弱いという弱点を抱えたまま、今年、開業から58年目を迎えましたが、残念ながら未だに抜本的解決策を見出せずにいます。
(地盤や軌道の大幅な改良工事を実施するには、長期にわたる運休が必要であること、また盛土区間をコンクリート構造の高架にするには莫大な設備投資が必要であり、いずれも現実的ではありません)

社会基盤に求められる設計思想

東海道新幹線も最初から全線高架・スラブ軌道で敷設すれば、こうした問題で悩む必要は無かったのですが、新幹線が最初に建設された1960年代当時、スラブ軌道の技術はまだ開発途上の段階でした。さらに国営鉄道として、厳しい予算内で建設しなければならず(完工まで長期を要する巨大プロジェクトであるため、政治的影響を防ぐために世界銀行の融資により資金を調達)、短期完成が至上命題であったために、盛土での新線敷設はやむを得ない選択だったと思います。

ただ唯一悔やまれるのは、東海道新幹線の基礎構想・設計段階で、日本が飛躍的に経済成長を遂げた未来、東海道新幹線が日本の経済・社会活動にどの様な位置付けとなるか、その長期の可能性と未来像を見据えて、基本設計の中にさらなる改良と進化の余地を十分に考慮し盛り込む「余裕」がなかったことです。

短期的な視点に基づく最適化の代償により生じた課題は、中長期的には解決が困難となり、ときに致命的な課題となりうることを、東海道新幹線の例は教えてくれます。

様々な設備、特に水道や電気、通信、ガス、公共交通機関といった致命的な社会基盤については、いかなる場合も動作する信頼性と安定性、そして弛まない更新を可能とする優れた持続性が要求されます。その設計思想の良し悪しは、社会全体に大きく、そして長期にわたる影響を及ぼします。

今、世界全体で地球温暖化にどう対処するか、望ましい持続性をどの様に実現するかが共通の重要テーマとなり、本格的な取り組みが始まりました。この課題解決に向けて、脱炭素を目的とする代替エネルギーの導入や、様々な未知の技術が社会実装されようとしています。

しかし、原子力発電の様に、故障時の社会的リスクが甚大であり、運用で生じた核廃棄物処理といった新たな問題を生み出すなど、社会インフラとしての新技術の導入は、中長期的にわたる大きなリスクを生み出す恐れがあることを忘れてはなりません。

どの様な技術や手段を選択し、どの様な構造で社会実装し運用してゆくか。そして、長期運用による社会への影響度を考慮・予測し、望ましい持続性と更新性をどの様に確保・維持してゆくか。
持続可能性のある社会を実現してゆく上で、東海道新幹線が抱えた課題を他山の石として、こうした視点を忘れずに慎重に考える必要があると思います。

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