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拾遺詩編

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記事一覧

午後をいく船

工事中の神社の境内しか歩いたことがない。
どの樹にもとまらない蝉のあとしか追ったことがない。
「わたしの肩幅を覚えているあなたの抱く腕だけを
 記憶しながら」
工事中の神社の境内で
もうすぐだれもが知っている夕方がやってきて
きみを溶かしていく。
きみの感覚の濃度へとなにもかもが昇華するとおもえて、
もう見えない距離の島へと傾いていく無色に
溺れていたりする。

「あなたのなかのだれかと手をつない

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降り積もるにあたいする日々

朗らかなカラスたちが楽しげに話しかけてくるとなりのビルの屋上から
夕方になってしまった
もうどこを掘っても地層がないので
きみは跳ねるように歩くしかない
折り重なってたおれたきみたちの死骸が地層だった時代を
さながら今日の生きにくさを嘆くように朗らかに鳴くしかない

いかにも楽しげに迎えた夕方の残り半分をきみは悲しげに見送った
暗がりに電気をつけて
夢を終わらせるものを書きながら
突然馬車にとびの

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あなたは数を数えない

数える数字はどれも三を超えない
それが愛の示し方だとあなたは告げた
ひとりで帰る帰り道に歌った歌を
ただ聞いていたそのときの夜が
間違うはずのない明日を迎え
光ってくれる風が通っていく道を
一足はやく走りぬけていく
感じることのできない風が
あなたの後ろ姿を隠してしまった路傍の草をゆらしていた
気候の境目で
これから暑くなるという無声の言葉となって勇気をうしない
あなたの過去は
複雑な糸をはりめぐ

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そこはすでに夏の窓枠

すぐそこ窓枠にまでもう夏がきていて
横断歩道が終わるまでいっしょに歩く見知らぬ同士ふたりに
よけられそうな初夏の小雨が降りかかっているのである
わたしはそのころ
雨粒ひとつひとつは打撃であり
その打撃から水が生じると考えていたが
虫たちもそう考えていたはずである

顔を見失うと声を見失うので
「声は顔から出てくる」というメモを残しておくが
見知らぬ同士ふたりのつかの間の横断歩道に初夏は開かれていた

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雨の日に風はあるか

新聞売り場の前でバスを見送る
きみではないものに照らされて夜の破片を踏んで風が起こる
そのときも不在は浅い記憶の井戸をからし
起き上がる横たわるが等価である河床をすべる
どの川もあふれることができる
そこに雨はあるか

三行で終わるはずだった坂を雨がながれおちる
わたしがだれかの代わりにきみをなぐさめ
気温のない季節を最小の愛があたためようとしている
橋をわたれば住んだことのない土地がはじまる

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鳥が鳴く春

ねむる時間の向こう側でまだ寝ててもいいよとささやきながら
駅の裏に打ち寄せる波になろうとして風を待った
それから終りのないプラットホームでわたしたちになかった空を見上げた
別れの場所を忘れるなと鳴く鳥が舞い
しかし忘れるだろうと別の鳥が鳴き返す空の真下には
通りすぎるといっしゅんで見失ってしまう風のような波になって触れたいひとがいた

夕陽がこの春を越えない花々を散らしている
わたしたちに帰ってく

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一日の終り

一日の終りには夜のカーテンがはしるレールが延びていてだれも越えられない
波音を浴びるだけでびしょぬれになった海岸までそのレールはのびている
耳をふさいでぼくの国道を猫が横切る寂しさを聞いている
強調せずにいられないがその猫の仔もおなじ国道を日々横切る

そのままの海岸が視界にひらけるときがけっして来なくても
やさしさだけで川が流れた日にはつぎの日まで眠りたい夜がひそんでいる
だから別れてしまったた

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最後の駅を発ってから眠れ(2)

仮設住宅の隙間を通ってきたという風に背をおされて冬の地理が成る
廃校の屋根を見上げるたびに積もることのない雪をきみはゆびさす
積もることのない雪を見るたびに廃校の屋根をきみはゆびさす
思い出は切れ端となって死者のように近すぎる
引き出しから出てくる一行も書かれていない手帳の最初のページから引き返して私たちはここに至る
私たちは昨日の欠席者となって引き出しの中の一行も書かれていない手帳を開く
昨日の

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月日は悲鳴もなく閉じられる扉の一部か

どれだけの雨を運んできたのかしらない風の吹く翌日
となりのビルの屋上の球形の給水タンクと同じ高さで目をとじている
雲の切れ目には別の雲があり
光は来ない、光が来ない理由も来ない
私たちは、耳に残る濁音とともに
くりかえし瓦礫を運ぶトラックの軽油になって消費されたいと願った
翌日、それから翌日の翌日
月曜日の雨がまだ降っていた
地中の水となって咳込んで前屈みなったひとの背に噴水として降り注いだ
私た

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列車を見送らなければならない

細すぎる月に照らされてきた半世紀の川が増水をくりかえしている
詩人がいない土地なので贈り主となって雨を降らせ
振り返らない夏の背中をきみと見送った

子どもたちのように増水した川をみている
きみの存在がわたしの存在だった八月の川をみている
そこからのぞむ夏空にもトンボは舞い
舞うことに罪を着せる風がそのときも吹いている

ホームではあらゆる列車を見送らなければならない
愛する罪を問いながら
きみは

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その寒気ゆえに

汚れた歩道から汚れた歩道へ
廃墟の落とす影を踏みながらきみと歩いた
見えるだろうか、まだ名のない色の空と
まだ聴かれたことのない音が混じる週末の街角
身を寄せたいつもの希望とは無関係に
絵のような公園は封鎖されて
古い寒暖計が最低気温を更新した

薄汚れた歩道には
いつまでも回りやまない独楽を見つめる少年がひとりたたずんでいる
記憶されてしまうことからすべてを守るために
空を切り取って窓とすれば

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きみの胸にかかる橋

時々島がぼくたちの海に
まるで半音階の響きとなっている
愛を救う光学となって踊るきみはゆれている
ただ言葉でしかない詩を望めば
鳥が群れている内海に音楽は終り
怖くない眠りが待っている

時々島が半透明の毛布をかぶり
ぼくたちのすぐ横で眠りにおちる
砂浜のように波に反応しながらきみは海流からすべりおち
見つからない貝となって窓を閉じる
何かをさがすために窓を閉じる

いつか終わる波だけが打ち寄せて

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七月の傷だらけの背中が遠ざかっていく

風があるとしてもぼくたちを吹いている風ではない
濡れまいとして傘を開いただれかに降りかかる雨があるとしても
ぼくたちに降る雨ではない

やがてきみの姿となる光に照らされて夜の破片を踏んでいる
きみの不在はまだ深い井戸の底にあって
ぼくが振りかえるときにみる暗がりの正体を知ることはない

遠ざかるものを見送るにはまだ早い
ぼくたちはまだ近づいているさなかだ
きみの言葉は口にされる前にすでにぼくたちふ

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初夏にむかう地図

時間が波であるように
あの孤島までの距離が海だった
船には速度を与え
その船からは速度を奪った
距離を与え 海を奪った
海を与えて距離を奪った
島々を抱く波の指先が
波を抱きかえす島々のその反応に触れていた

負の花を育ててきた
だれよりも多く立ち止まり
いかなる抱擁もしんじなかった
けむたいけむたい波しぶきにむかって
けむたいなけむたいなと思いつづけた

それからも負の花を育てた
なにも痛くない

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