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十人十色のテントサウナ

エッセイ集「湯あがりみたいに、ホッとして」の発売を記念して、本の中のお話を数点公開いたします。真面目なお話からちょっと笑えるお話まで、銭湯やサウナ、高円寺やフィンランドを舞台にいろんなお話を書きましたが、どれも読み終わった後にホッとする気持ちになってほしいと思いを込めて書きました。お仕事の休憩時間や、ご飯を食べ終わった後、そして湯あがりのひとときのようなホッとする時間に読んでいただけますと幸いです。

 最近のブームのおかげで色んなサウナが続々と登場している。少し前ならサウナなんて健康ランドのおまけのような存在だったが、今では心地よい香りのアロマが漂うキレイなサウナもあれば、水風呂がなく冷水シャワーのみのサウナ特化型施設もあるし、貸し切りサウナや、サウナ付きの部屋がある宿も登場した。
 多種多様なサウナが現れる中、ダントツで尖っていて自由度が高いのはテントサウナだと私は思う。テントサウナはサウナ用に作られた特殊なテントに自ら薪を入れてサウナストーブを温め、室内をサウナ状態にすることで楽しむ。どんな場所でも設置可能なところが最大の魅力で、川や湖の近くに設置してサウナと天然の水風呂を楽しむことができるのだ。

私が、このテントサウナに初めて出会ったのは 五年前のことだ。
 サウナブームの黎明期である二〇一七年十月、テントサウナの第一人者であるSauna Camp.さん主催のテントサウナイベントに出店者として参加した。
 サウキャンさん(Sauna Camp.代表の大西洋さんをこう呼んでいる)とは以前からサウナでよく遊んでいて、「一緒に何かやりたいッスね〜」と盛り上がっていた縁で、彼が主催するイベントに似顔絵屋さんとして出店して欲しいと頼まれたのだ。
 サウナ仲間から、テントサウナについてはかねがね噂を聞いていた。自然のど真ん中で行うサウナは最高に気持ちよく、水風呂代わりの川は冷たくてたまらない、緑に囲まれた外気浴は都会のサウナでは味わえない心地よさ、らしい……。
 そんなテントサウナを体験するまたとない機会に、一も二もなく引き受けた。
 早朝、サウキャンさんの車で向かったのは山梨県の道志川にあるキャンプ場だ。弧を描く川に面した半円形の河原が会場で、到着するなり荷物をおろして設営準備に取り掛かった。
 私が担当する似顔絵屋さんはテントを張るだけの準備であっという間に終わったが、テントサウナの準備はまだまだ序盤だった。テントを張るエリアの床面を整え、テントを組み立て、サウナストーブを入れて、その上に石を積んで、薪を入れて火をつけ、火や温度の状態を見ながら薪を入れ……と、途方もない作業量だ。石も薪も重いし、温度が安定するまで時間はかかるし、薪の様子も適宜見ないといけない。
 嬉々として準備をして、さらにお客さんをもてなすなんてサウキャンさんは本当に変態だなあと引いた。

 イベントの告知はギリギリで天候も不安定だったが、開始時間になるとぽつりぽつりとお客が現れて、最終的に二十人ほど集まるイベントになった。SNS上でやりとりをしていた人がほとんどで、オフ会のようなピースフルな空気が漂っていてホッとする。 イベントが始まると似顔絵屋さんは大人気で、参加者全員を描いた気がする。閑古鳥が鳴かなかったのはよかったけれど、描けども描けども終わらない。お客さんはみんなサウナ後の高揚感を顔に浮かべているのに、私はガッツリ着込んだまま必死に絵を描いている。「なんでサウナに来て私はサウナに入っていないんだ……?」と悲しい気持ちになってきた。最後の方は、様子を見にきたサウキャンさんに「塩谷さん大盛況だね!」と声をかけられたけど「サウナ」と繰り返すだけのゾンビになっていたのを覚えている。 夕方に差し掛かり、ようやく描き終えたところで、服を脱ぎ捨て水着でテントを飛び出した。 サウナは、ヴィヒタの香りを楽しめるテントとアロマの香りを楽しめるテントの二つがある。迷うが、まずは体験したことのないヴィヒタテントに突入した。熱を逃さないようジッパーできっちり閉められた入り口を掻き分け中に入る。温浴施設のものよりひとまわり小さいサウナストーブが中央にあり、その周りに二台のベンチが置かれていた。空いていたベンチに腰掛けると、膝先にあるサウナストーブから熱をダイレクトに感じられる。体の皮が、強火でカリッカリに焼かれているようだ。「塩谷さんお疲れ! ロウリュしてみる?」 テント内で待ち構えていたサウキャンさんが笑顔で柄杓を私に向けた。いいんですか! と喜び勇み、ヴィヒタが突っ込んである桶の水をすくってサウナストーブにぶっかけた。 その途端、ヴィヒタの香りがテント中にふわりと広がる。木の渋い匂いと爽やかさが相まって、重々しさとフレッシュさを感じる心地いい香りだ。ヴィヒタの香りに浸っていたのも束の間、舞い上がった熱が一気に降りてきた。 熱い! 熱い熱い! なんじゃこりゃ!! ストーブが近い分、刺すような熱さだ。無理!! 一気に汗をかいて外に飛び出すと、目の前には道志川の清流。吸い込まれるように川にバシャーンと飛び込んだ。 つっっっっめた。冷めたすぎ、でも、あれ、気持ちいい〜。十月といえど、水の温度は十二度。なかなかの冷たさで最初は体がびっくりしたが、不思議なことに水風呂よりも肌馴染みがよくて、しばらくすると冷水に慣れてくる。 このまま出たくないなぁと思っていると、参加者の一人が顔と足先だけ水面に出してプカプカ浮きながらゆっくり流れていた。 流れているのか流されているのか、少し不安になったが、幸せな顔をしていたので多分前者だろう、と見送った。

 川から上がると、メッシュ素材でできた見覚えのない椅子が幾つか並んでいる。これは「インフィニティチェア」と呼ばれる椅子で、ストッパーを外すと背もたれが九十度まで倒れる。おそるおそる座ってストッパーを外すと、ぐるりと視界が回転した。 ヒェ! 突然の衝撃に心臓が飛び上がるが、視界いっぱいに広がる景色に目を奪われた。 青空がわずかに見える曇り空に、そよ風でゆらゆらと揺れる木々の葉。こんな風に寝転がって自然を見るなんて初めてだ……。 風が吹くたび姿を変える葉や、その間から青空に飛び出す鳥の様子を眺めつつ、川のせせらぎと風の音に耳を傾けていると、ドクドク脈打っていた心臓が静かになっていく。心が落ち着くにつれて体の感覚は鋭くなり、葉を揺らしていた風や陽の暖かさをしっかり感じられて、自然に包まれているようだ。 今、私は自然と繋がっている……。自然に囲まれ、味わい、繋がる、これがテントサウナの魅力なのか。自分も自然の一部となる満足感こそ、都会のサウナでは味わえない醍醐味なのだ。 テントサウナの心地よさにすっかり魅せられ、日が暮れるまで何度も繰り返しサウナに入った。テントサウナ、最高だ……。 イベント終了後は運営陣だけで、川辺で焚き火をしたりBBQをしたりして、夜のアウトドアを楽しんだ。が、私は全ての体力を使い切っていたので早々に宿に引き上げ、昼前まで爆睡した。 ちなみにサウキャンさんたちは河原のテントで寝て、わざわざ早起きをしてテントサウナに火を入れ直して撤収ギリギリまでサウナに勤しんでいたらしい。サウキャンさんってほんとサウナバカなんだなあと改めてドン引きした。

イベント後、再びサウキャンさんのテントサウナで遊んだのは、二年後の二〇一九年だ。
 私も『情熱大陸』への出演や出版の準備などで忙しかったのだが、本格的なサウナブーム到来でテントサウナも注目され始め、サウキャンさんも大忙しだったそうだ。メディアに出演したり、野外イベント「森、道、市場」にてサカナクションとコラボもしたりと活躍の幅がどんどん広がっていった。
 洋は本当にすごい男だよ。
 テントサウナイベントもさらに大規模になり、洗練されていた。
 二〇一九年十月、山梨県小菅村の玉川キャンプ場にて、「Sauna Camp Festival 2019」が二日間行われた。二〇一七年に行ったものを含めると三回目になるサウキャン企画のイベントだ。

 玉川沿いの細長い河原には多種多様な十一台ものテントサウナが並び、会場には様々な休憩用の椅子が置かれ、さらには飲食店や整体、本屋などサウナ以外の出店も充実している。二年前の初イベントの時と比べると、ものすごい進化だ……。 何よりこのフェスで面白かったのが、癖のあるテントサウナのラインナップだ。 海外から取り寄せたテントサウナもあれば、自分達でDIYしたサウナもある。さらには爆音でメタルを流すテントありと、実に十人十色のサウナが並ぶ。 ウィスキング(ヴィヒタで体をマッサージするサービス)を行う「しらかばスポーツ」のテントサウナや、テントの断熱材にゴリゴリにこだわり、室内温度百四十度超えを実現させた「山梨サ活倶楽部」のテントサウナなど癖のあるサウナは山ほどあるが、一番目をみはったのはテントサウナ「原始」だ。 大量のシダ、枝、葉っぱを纏った見た目は、キャンプ場の自然と完全に一体化していて異彩を放っている。どうやら入り口らしい枝葉の隙間をぬって中に入ると、うす暗い室内で全員立ったままただ一点を凝視していた。 なんだこの空間は。 視線の先をたどると、テントの端に赤く変色した石が積み上げられている。そこに、参加者の一人が柄杓でバケツの水をかけ、じゅわ〜ッと蒸気が立ち上った時、この石たちがサウナストーブの代わりであることに気がついた。「原始」の仕組みは、テント前の焚き火でガンガンに石を焼き、赤くなるまで熱した石をテント内に運んで設置する、以上。




 説明すると異常に簡潔だが、そもそも石をそこまで熱するのに時間はかかるし、重い石を運ぶのも一苦労だし、石が冷めたらまた焼かないといけないし、とにかく意味が分からないほど手間がかかっている。
 他のイベント会場はパーティー感ある平和な空気感が漂っているにもかかわらず、複数の男たちが険しい顔で石を運び続けるこのゾーンだけ謎の緊張感に包まれており、「何が彼らをそうさせるんだ?」と不思議でならなかった。
 ちなみに、二時間石を温めて入れるのは三組だけだったらしい。コスパ悪すぎない?
 様々なテントサウナを体験したり、フードコートでカレーを食べたりしてフェスを堪能していると、サウキャンさんにバッタリ遭遇した。「こんなに癖のあるサウナ、よく集めたよね」と感想を告げると、「テントサウナってオーナーの個性があっていいんですよね」と朗らかに笑い、このフェスではサウナを愛する色んな人の偏愛を形にできたんじゃないかなあ、と続けた。
 確かに、ずらりと並ぶ尖りきったサウナには、「俺、私はこんなサウナが好きなんだ」という気持ちをありありと感じる。山梨サ活倶楽部は「熱いサウナっていいよね」、メタルのサウナは「サウナでメタル聴くと気持ちいいんだよね」という声が聞こえる(原始についてはちょっと理解できないが)。
 二年前のイベントでも、テントサウナの魅力に驚かされたけど、何よりサウナ会場に似顔絵屋さんがあってもいいというあの自由な空気感が好きだった。

サウナブームで色んなサウナが増えるにつれて「あのサウナは熱いけど水風呂がぬるい」とか「サウナはいいけど店の雰囲気が微妙」など批判する声も増えてきた。母数が増えた分、色んな意見があるのは当然だし、何より運営側と利用する側にすれ違いがあるのは仕方ないことだと思う。
 そんな今だからこそ、自分が好きなサウナを追求できるテントサウナは魅力的だし、私はそれぞれが考えた最強のサウナを楽しみたい。もっと自由で、尖ってていい。それがサウナの良さだと思うのだ。
 ちなみに、私がいつか実現したいと思う最強のサウナは、アフタヌーンティーサウナだ。ジャスミン茶、日本茶、紅茶などお好みのお茶を選び、ロウリュはお茶入りの水で、お茶に合わせた世界観を感じる音楽を流し、休憩中にはお茶とお菓子を堪能できる、お茶の世界にどっぷり浸かったサウナに入りたい。サウナ好きの茶人さん、どうでしょうかね。

『湯あがりみたいに、ホッとして』
2022年11月17日 双葉社より発刊
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設計事務所から転職し、「番頭兼イラストレーター」として活躍した銭湯を退職、画家として独立した著者。100℃のサウナと0℃の水風呂を往復するように波瀾万丈な人生ではあるけれど、銭湯やサウナ、それを愛する人々に助けられたり、笑わされたりして、少しずつ自分らしくいられる場所を作っていく。銭湯の番頭業務の裏側や『銭湯図解』制作秘話、フィンランドサウナ旅など、濃厚エピソード満載! 読むとホッとして、ちょっとだけ前に進む気持ちになれる――。『銭湯図解』で話題沸騰の著者による、笑いあり涙ありのエッセイ集。

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(10月28日締め切り)

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