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純喫茶図解vol5:つるや②メイキング編

【取材編はこちらより】

都立家政駅にある純喫茶、つるや。今回の図解は私にとって、とても大切な一枚になったと思う。

建物の下書きはコピー用紙とフリクションペンで進めている
建物を描いた後はスキャンをして、デジタルで人や家具を描く

取材編でも綴ったが、つるやは大学時代の恩師(入江正之)の先生にあたる建築家・池原義郎が手がけた建築だ。孫弟子にあたる自分にとって、こんな機会を得られたのはとても嬉しく、そして建築を学んできた自分への細やかな証になると思った。
建築家を夢見て大学では建築をして勉強してきたが、体調不良や銭湯への転職など紆余曲折を経て今や画家の道を辿っている。建築家を夢見る前に建物を描くことが好きだったので、今の道も自分の夢の先であるのは間違いない。だけれども、学生時代に勉強してきたことが無駄になったのではないか、あの時の自分の気持ちを無碍にしているのでは、という後ろめたさを少し感じる時もある。
そんな自分にとって、建築の先生の先生が手がけた建物を描くのは、建築を学んできた自分を肯定するようなもの。純粋に好きな先生の建物を描くのが嬉しい!楽しい!という気持ちもあるが、建築を学んだ自分の過程を形にしたかったのだ。

そんな個人的な思い入れから、この建物の中に私と入江先生、池原先生を描いてみた。

左奥が私。他は大学時代の友人たち
左が池原先生、右が入江先生

いつもは架空の人を描くことが多く、見知った人を描くのは珍しい。似せるのに少し緊張したが、出来上がりをみると不思議なことにいつも以上に絵が踊っているような気がする。

ペン入れ後。水張り後は少しよれるが、後でしっかり伸びてくれる

着彩へ。つるやは”建物に差し込む入る光”が肝だと思う。初めてつるやを訪れた時に、ガラスブロックから差し込んでくる光の美しさに心が揺れた。さらに、左手の窓の外の緑が光を受けて瑞々しく輝いている様子にもうっとりとした。つるやを語るべきポイントはいくつもあるが、私が最も好きなのは光の美しさなのだ。

透明水彩は基本的には薄い色から濃い色を塗るのがセオリー。透明水彩は色を重ねると下にある色が浮き出てくるのが特徴で、下に濃い色を塗ると濁った感触になる。さらに上の薄い色が見えづらい。他にも理由はあるが、薄い色を先に塗る必要性はこれが大きいと思う。

セオリーに基づいて、最初に最も薄い茶色を、左手から塗っていき、ガラスブロックに近づくにつれて水分量を増やして薄くする。(水彩は水分を増やすほど色が薄くなる)この手法でグラデーションのような色合いにすることで、窓から差し込む表現をしている。さらに薄い茶色が乾燥したらやや濃い茶色を同じように塗り重ね、最後にかなり濃い色で木目をかき入れることで(木目も窓に近づくにつれて薄くする)完成。

椅子や机の影は、はっきり描く。窓が複数あるので影の方向は場所によって異なるが、図解の影方向はできるだけ一定にしている。(ここ最近に関しては)
影を一定にすることで、特定の光を強く表現できる。今回は建物に差し込む光を重視してるので、同じ方向で強めに影を乗せている。ガラスブロックからの光の影でなく庭側を光源としているのは、そっちの方が影が伸びてかっこいいから。光の美しさを表現できればいいので、正しい方向より見栄えのかっこよさを優先した。

下書きから約一週間弱ほどで完成。絵が完成したのは、ちょうど大学の研究室の新年会の少し前。77歳となった入江先生をお祝いする会でもあるので、久々に先生にお会いできるチャンスだ。先生の反応にワクワクしつつ、しかし無許可で先生を描いているので少しの怖さも携えながら絵をお見せした。
お皺が濃くなって以前より小さくなったお目目が、その瞬間パッと花やいだ。

「塩谷くんの絵は建築だ!!!」

と熱烈に叫んでくださった。建築をもうやっていないからといって、建築ではない。建築を学んだ人の表現はいつまでも建築なのだ。先生はそう続けた。

その一言にどれだけ救われたことか。私は今回、学生時代の自分のために描いていた。建築を続けられなかったことへの悔恨。でも何度過去に戻っても、絶対に今の人生を選択すると断言できてしまうことへの少しの後ろめたさ。そんなモヤモヤした気持ちを先生は吹き飛ばしてしまった。
建築を学んだからといって、建築を作らなければならないわけではない。建築をやめたことを後ろめたく思う必要はない。なぜなら、建築を学んだ時点で、その先の生き方は全て建築的なのだ。


今回は制作の裏にとても個人的な感情があったので、このnoteで綴らせていただいた。つるやの純喫茶としての魅力や、美味しい食事については連載でたっぷり触れているのでこちらもぜひ見てほしい。

純喫茶図解は今回でようやく5枚目で、本にするにはまだまだ1/4に満たない量だ。しかしながらこの絵を描けたことがこの先の自分の足取りを軽くさせ、魅力的な一冊となる確か一歩が踏めたと思う。きっと、きっといい本になる。
まだまだあと15枚。この先どんな出会いと、自分の気持ちの揺れ動きがあるのか、とても楽しみだ。

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