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東京でもっとも好きな建築 for ピーター・ズントーさんの思い出

#このデザインが好き

むかーし、むかーし、あれはもう20年くらい前のこと。スイスの名建築家ピーター・ズントー氏が来日したことがあって、建築学科の学生だった私はゼミの同級生3人で半日かけて都内観光のお供をするという光栄なお役目を授かったことがある。

ピータ・ズントーさん。スイスの厳しい木こり風


当日、ズントーさんは私たちの目を見ながら「今日は君たち3人が都内で一番好きな建物をそれぞれ一つずつ案内しておくれ」と言う。

「え・・・私たちの好きなものでいいんですか」とタジタジしながら3人で相談をすること10分ほど。

結局、上野にある谷口吉生さん設計の法隆寺宝物館、時代はだいぶ遡って丹下健三さん設計の目白の東京カテドラル(これは多分ワカメチョイス)に向かった。3人目が何を選んだかは実は思い出せないのだけど(もしかしたら動線を考えてお茶の水のニコライ堂だったかもしれない)、火事で消失するまえの神田藪蕎麦でお蕎麦をご馳走になったのはよく覚えている。蕎麦がきについては、なんだこれモサモサすんななんやこれ、みたいな反応だった。どうでもいいけど外国人で蕎麦がきが好きな人にまだ出会ったことがない。彼らからしたら味付け前のオートミールみたいなものなのかも。

そばがき。出雲そばのサイトから拝借

彼はあまり多くを語る方ではなくて、一つずつの空間を体験しながら静かに感想をボソボソと一言二言呟く感じだった。普段使い慣れない英語で要人をもてなすことで緊張一杯だった学生のワカメは、道中の会話の記憶は全く!本当に全く!残っていない。

ズントーさんといえば、ただひたすら素材を積層するようなデザインが偏執的で私はもう大好きで仕方がなくて、当時はスイスに行って彼の事務所に就職したいとまで思っていた。それで学生の頃はスイスの山奥、どこからも遠いバルスという街(日本でいうと福井県の白山みたいなイメージ。敦賀まで新幹線が伸びてもまだそこから2時間かかるし、みたいな)にあるテルメバルスというそれはそれは美しい温泉施設に飛行機と電車とバスを乗り継いで行ったこともある。鍾乳洞や洞窟群の現代的解釈みたいな建物で、現地で採掘される石で覆われた、ほとんど光の入らない部屋がいくつもあり、その内部が丸ごと浴槽になっているという構成。

テルメバルス。hash-casa.comより拝借

そしてその後立ち寄った、同じくin the middle of nowhereな感じの場所にある聖ベネディクト教会は山の上にあって、駅から歩いて1時間くらい登らなくちゃいけないところを強風に煽られて前に進めず、もはやこれまでかと諦めかけていたところを通りかかった四駆のおばさんに乗せてもらって10分くらいでたどり着けた。

この教会の隣に、廃屋となった石積みの建物の跡があって、あれは何?とおばさんに聞くと「We had to abandon that to build a new one….. but I guess everything has it’s cost. (新しいのを建てるためにやむを得ず手放さなくちゃいけなかったのよ。でもどんな営みにも代償はあるわよね)」と教えてくれた。なぜか彼女の今でもその言葉はしょっちゅう思い出す。Everything has it's cost. 

聖ベネディクト教会。hash-casa.comより拝借


ズントーさんガイドをした日のことで蕎麦がき以外で覚えていることは、彼が太い葉巻をゆっくり吸う様子。日本だと、屋外で葉巻を吸う人ってあまり見かけないけど(というかタバコさえ最近はあまり見かけない)、彼は歩きながら葉巻を吸って、建物に入るときはいつも火を消してから傘立ての横の目立たないところにそっと隠して中に入る。まるで冬眠前の小動物が木の穴にどんぐりを隠しているみたい、と思ったけどもちろんそんなことは黙っておいた。


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