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中学入試の社会は思考力と論理力の問題だよ。

今日は社会についてのお話です。
社会という科目についての一般認識は「暗記」ではないかと思います。

もちろん、その側面は確かにありますが、様々な入試問題に触れていくと、違った印象を受けることになると思います。

例えば、中学入試において、いわゆる難関校と呼ばれる学校の社会の問題に対するイメージはどうでしょうか?

難度が上がれば上がるほど、マニアックな重箱の隅をつつくような知識を問われるのではないかというイメージを持つ方も多いと思います。

社会の難度が非常に高いと言われる麻布中の2024年度の問題を見てみます。
知識問題として問われているのはこんな感じ。

江戸時代の教育に関する資料文の中で、

…適塾では、ヨーロッパからもたらされる最新の知識、技術がおもに(    )語で学ばれました。のちに慶應義塾を開いた九州出身の(    )も適塾に学びました。

おや???
麻布の問題、超簡単!!

はたして、これは歴史上の人物やできごとに関する細かい知識を求めているのでしょうか?
絶対違います。

社会を学ぶ上で、一般常識としての知識は必要です。
ですので、一応常識の確認程度の意味合いであると捉えるべきではないでしょうか。

じゃあ、何が難しいのか?

今年の麻布中の社会は、「教育」というテーマ一本に絞って、奈良時代から現在までの教育の概要を述べる3ページに渡る資料文が与えられています。
今回の場合は、それぞれの時代における支配的な考え方に対する認識をベースに、どうしてそのような政策がとられたのかなどを考える設問になっています。

例えば、こんな感じ。

明治時代の教育に関する資料文の中に、

…。小学校を卒業するとほとんどの子どもは仕事につきましたが、一部の子どもは男子であれば中学校、女子であれば高等女学校に進学しました。

それに関して、

女子の場合、なぜ男子の「中学校」にあたる学校が「高等女学校」とされたのでしょうか。説明しなさい。

という設問です。

「そんなの習ってない!」
そりゃ習っていません。

でも、明治時代に支配的だった「教育に対する認識」は持っているはずです。
そこをベースに考えて説明することが求められるわけです。
つまり、自分が持っている知識を確かめるのではなく、それを使って考えるという問題ということです。

もちろん、試験なので正解は存在するので、好き勝手自分の見解を書けば良いということではありません。

結局、答えのある問題の解法を求めているだけではないかと思われるかもしれませんが、小学生が自分の頭で考え、答えのない問いに対して挑んでいく力を身につけるためのトレーニングとして、正解があるものを用いて、自分の持つものを総動員して過程を考えていくことは間違いではないはずです

その意味で、中学入試の学習をすることは意義があると思います。

海外生は理科と社会を免除されることが多いですが、試験の有無、もっというと中学受験の有無に関わらず理科と社会を学習することは大切だと思っています。