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エッセイを書いてます。映画が好きです。

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固定された記事

短編小説|カムパネルラの手紙

 目が覚めると、部屋の灯りはついたままだった。いつのまにか眠りに落ちていたらしい。まるで何十年も何百年も眠っていたみたいに体が重い。リビングの床に転がっていたせ…

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1年前
5

Essay|本屋がなくなったら困る

少女漫画じゃないのだから、毎日を普通に過ごしていてワクワクが向こうから飛び込んでくることなんて、そうない。そうないけど本屋にはあるよなと、思う。 本屋を見つける…

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1年前
3

Essay|ぱっつん前髪は眉下で

おもむろにハサミを取り出して鏡の前で前髪を切る。しかもかなりの目分量でザクザクと。愛用するのは、すきバサミとかのお洒落なやつじゃなく、本当に普通のハサミ。 これ…

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1年前
8

ありがとうギンレイホール|映画『君を想い、バスに乗る』・『マリー・ミー』

「映画鑑賞の最後尾はこちらになります」 元気の良い声が聞こえる。飯田橋駅を降りるとB4出口はすでに行列ができていてスタッフの人が誘導している。私が訪れた日は雨。傘…

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1年前
4

Essay|予定調和はいらない

2016年、ニューヨークのイーストヴィレッジにあったレコードショップ「OTHER MUSIC」が多くの音楽ファンから惜しまれながら閉店した。本作を撮った監督のロブ・ハッチ=ミ…

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1年前
4

Essay|夏が終わる前に

夏は、出会ってしまうものだ。 2022年の夏、私の中で大きな出来事の一つはサマソニでRina Sawayama(リナ・サワヤマ)のパフォーマンスを見たことだ。彼女の存在は、音楽…

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1年前
2

Essay|ふつうって何?

いろんな当たり前が揺り動かされる毎日だ。 小さい頃はよく「普通にしなさい」「普通がいちばんだから」と言われて、普通って何かわからなくて顔はわかりやすく無になって…

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1年前

Essay|この先に見る未来に

少し先の未来を見ることは、今の私たちをうんと勇気付けると思う。 幼い頃、こんなことがあった。母のいたずらか思惑か今となってはわからないが、私は5歳か6歳の(それす…

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2年前
6

君と見たい景色|映画『愛がなんだ』『街の上で』

いまこの文章を書きながら、Lucky Old Sunの「街の人」を聴いている。 去年の4月に公開されてすぐ、言葉通り全席が埋まった満員の劇場で「街の上で」を観てきた。全員マス…

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2年前
6

Essay|憧れの人。

わたしの憧れの人は、みな料理上手だ。 暮らしを慈しむその眼差しに、その実利的な日々に、わたしは焦がれ続けている。ポーズでも何でもなくさらっと作ってしまうそれ。し…

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2年前

Essay|愛していると、I love youと

魔女の宅急便が好きだ。 ジブリ作品は全部大好きだけど、中でも特筆して好きな作品だ。もう小さい頃から数え切れないほど見ているし、とってもベタだけど、何かがあって落…

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2年前
1

ここにある驚くほどの恵み|映画『Amazing Grace』『リスペクト』

まるで光に包まれながら降る恵みの雨みたいな歌声だった。 ちょうどその頃、仕事が驚くほどの佳境で自分の力をもうこれ以上何も残っていないぐらい全部何もかも出し切って…

ERI
2年前
3

短編小説|バターの匂い

 目が覚めるといい匂いがして、隣の部屋からガタゴトと音がした。口の中は昨日飲んだワインの味が残って、渚がいた右側だけ妙に痺れていたから、いつもより大きめに伸びを…

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2年前
7

Essay|忘れないようにするにはどうしたらいい?

「〇〇さん(←わたしの名前)ハフポストに記事が載ってますよね?」と商談相手から突然言われた。 取り出された記憶に、最初なんのことを言われているのか全くわからなか…

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3年前
10

Essay|東京で桜の開花が観測されました

例年より2週間ぐらい早く東京で桜が開花したらしい。連日、心穏やかでないニュースばかりをみているものだから、こんな平和で陽気なニュースにわかりやすく気分はあがる。 …

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3年前
5

Essay|ゆっくり回復していこうじゃないか

そういう時はあるんである。 被災の様子を見てると情緒が不安定になって完全に寝不足で。そしたら反動で次の日は眠りすぎてしまうし、とりあえず食べてシンクにたまった洗…

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3年前
5
固定された記事

短編小説|カムパネルラの手紙

 目が覚めると、部屋の灯りはついたままだった。いつのまにか眠りに落ちていたらしい。まるで何十年も何百年も眠っていたみたいに体が重い。リビングの床に転がっていたせいで背中は痛く、寒い。ずいぶん遠くまで歩いた後のような、空腹と気怠さと果てしなさが重なった眩暈。時計の針は午前2時を回ったところだ。  喉がやけに乾いて、力の入らないまま無理やり体を起こした。不必要に重力を感じながら、よたよたと歩き冷蔵庫を開ける。ひんやりと冷たい空気が肌をなぞるだけで、何も入っていなかった。日頃の自

Essay|本屋がなくなったら困る

少女漫画じゃないのだから、毎日を普通に過ごしていてワクワクが向こうから飛び込んでくることなんて、そうない。そうないけど本屋にはあるよなと、思う。 本屋を見つけるとたいして用もないのに、「何かあるんじゃないか」とふらり立ち寄ってしまう。昨日も本屋に立ち寄ってしまった。そこでは、正面入り口付近で科学フェア的な何かが催されていて、明らかに書店員さん達の手で彩られたカラフルな陳列に、まんまと引き寄せられてしまった。 見てみると「なにこれ。今の子どもたちはこんなに面白い児童書を読ん

Essay|ぱっつん前髪は眉下で

おもむろにハサミを取り出して鏡の前で前髪を切る。しかもかなりの目分量でザクザクと。愛用するのは、すきバサミとかのお洒落なやつじゃなく、本当に普通のハサミ。 これがわたしのストレス発散法だ。 この前髪との付き合いはかなり長い。今では「目よりも上で眉毛より下で」と言い慣れてしまった。幼稚園の頃のお誕生日写真も、ピアノを習っていた小学生時代も、バスケ部全員ショートカットだった青春の一コマも、どれをとっても前髪は眉下ぱっつん。頑固なものだ。 気まぐれに少しだけ伸ばしてみる。でも

ありがとうギンレイホール|映画『君を想い、バスに乗る』・『マリー・ミー』

「映画鑑賞の最後尾はこちらになります」 元気の良い声が聞こえる。飯田橋駅を降りるとB4出口はすでに行列ができていてスタッフの人が誘導している。私が訪れた日は雨。傘袋を受け取りながら、入れ替えの列に並ぶ。中に入るとこの場所が大好きなお客さんでいっぱいだった。 白髪にメガネの老夫婦、飲み物を持参されている黒いワンピースの女性、シネマパスポートを手にしたミドル男性。えんじ色の椅子に腰掛けながらギンレイホールのこの空間を惜しむように、写真を撮ったり、見渡したり、思い思いに過ごして

Essay|予定調和はいらない

2016年、ニューヨークのイーストヴィレッジにあったレコードショップ「OTHER MUSIC」が多くの音楽ファンから惜しまれながら閉店した。本作を撮った監督のロブ・ハッチ=ミラーとプロマ・バスーは、その知らせを知ってすぐにカメラを回し映画にすることを決意したらしい。二人は公私共にパートナーであり、このOTHER MUSICが縁で出会った過去があった。 OTHER MUSICを見ていると「場」の力を感じずにはいられない。そこには音楽があり、音楽が好きなスタッフがいて、OTHE

Essay|夏が終わる前に

夏は、出会ってしまうものだ。 2022年の夏、私の中で大きな出来事の一つはサマソニでRina Sawayama(リナ・サワヤマ)のパフォーマンスを見たことだ。彼女の存在は、音楽好きな友達から聞いて知っていた。ただ、私の体内に流れ込んできたのは、確実にサマソニのMarin Stageで彼女の歌声を聴いた時だ。 赤い衣装に身を包み、登場からオーラが半端じゃなかった。音が鳴った瞬間、彼女から目が離せなかった。圧倒的なエンパワーメント。彼女の音楽の真ん中にはそれがあった。「今度発

Essay|ふつうって何?

いろんな当たり前が揺り動かされる毎日だ。 小さい頃はよく「普通にしなさい」「普通がいちばんだから」と言われて、普通って何かわからなくて顔はわかりやすく無になっていたし、みんな普通でみんな普通じゃないよなと禅問答のように頭の中はぐるぐるしていた。結果的に大人になった今、私はとても普通で、まるで普通じゃない人なのだと思う。 昭和から平成、令和になり、時代が変われば、普通なんてものは変わっていく。これまでよかったことがダメになったり、ダメだったことが解放されたり。社会はいつも不

Essay|この先に見る未来に

少し先の未来を見ることは、今の私たちをうんと勇気付けると思う。 幼い頃、こんなことがあった。母のいたずらか思惑か今となってはわからないが、私は5歳か6歳の(それすらうろ覚えだけど)お誕生日プレゼントに「ついておいで」と当時住んでいたマンションから少し歩いた先の、ある一軒家に連れて行かれた。 連れて行かれた先は、小さな個人でやっているピアノ教室。物がもらえると思い込んでいた私にとって、見知らぬ場所に連れられ「これがプレゼントだよ」の意味がまったく理解できなかった。 わからな

君と見たい景色|映画『愛がなんだ』『街の上で』

いまこの文章を書きながら、Lucky Old Sunの「街の人」を聴いている。 去年の4月に公開されてすぐ、言葉通り全席が埋まった満員の劇場で「街の上で」を観てきた。全員マスクをしたままだけど、青と警官の出会うシーンやみんなが集合するコントみたいなシーンにくすくすと笑い声が漏れ聞こえて、それはとても心地よい時間だった。 公開してすぐは「ネタバレになるしな」と思ったりして、書くのを控えていたのだけど2021年の年末に今年のベスト映画が方々でラインナップされる中で「街の上で」

Essay|憧れの人。

わたしの憧れの人は、みな料理上手だ。 暮らしを慈しむその眼差しに、その実利的な日々に、わたしは焦がれ続けている。ポーズでも何でもなくさらっと作ってしまうそれ。しかもただただ食べる相手を思ってることが伝わってくる手料理に、心底惚れてしまう。 かく言うわたしは料理上手ではない。 料理を作っている時、味見をするのを時々忘れてしまうし、火のコントロールもどうにも甘い。なんだったらすぐよそ見をしてしまう。でも料理をするのは好きだ。 もっと言うとキッチンに立つ、そのことが好きだ。

Essay|愛していると、I love youと

魔女の宅急便が好きだ。 ジブリ作品は全部大好きだけど、中でも特筆して好きな作品だ。もう小さい頃から数え切れないほど見ているし、とってもベタだけど、何かがあって落ち込んだときは、一度飛べなくなってしまったキキやあの街の人のことを思い出して、自分も頑張ろうと思う。それぐらい刷り込まれている作品だ。 言うまでもなく全てのシーン大好きだけど、キキが親元から離れるシーンについて書いてみたい。 それはオープニングのシーン。 キキが生まれ育った家を離れるとき、パパとお別れの挨拶をす

ここにある驚くほどの恵み|映画『Amazing Grace』『リスペクト』

まるで光に包まれながら降る恵みの雨みたいな歌声だった。 ちょうどその頃、仕事が驚くほどの佳境で自分の力をもうこれ以上何も残っていないぐらい全部何もかも出し切って言葉通り心も体もへとへとだった。 私が彼女のライブドキュメンタリーを観たのはそんな時。1972年の教会でゴスペルを歌う映画「Amazing Grace」を劇場で観て、全てはここにあって何も過不足などないことを讃えるような歌声。 頭よりも心よりも先に、私の体は息を吹き返すみたいに、歌声に癒されただただ泣いた。神を信

短編小説|バターの匂い

 目が覚めるといい匂いがして、隣の部屋からガタゴトと音がした。口の中は昨日飲んだワインの味が残って、渚がいた右側だけ妙に痺れていたから、いつもより大きめに伸びをしてぼんやりとした頭を掻いた。シングルベッドの上にまるまった布団を畳んで、寝違えてしまった首を回しながら音の鳴る方へ向かう。 「おはよう、朝ごはん食べるよね。二日酔いには、お味噌汁がいいからね」  渚のいつもの癖だ。お酒の強い彼女は、二日酔い対策は万全で、普段から体にいいものばかり勧めてくる。お酒を飲む前はウコンを飲

Essay|忘れないようにするにはどうしたらいい?

「〇〇さん(←わたしの名前)ハフポストに記事が載ってますよね?」と商談相手から突然言われた。 取り出された記憶に、最初なんのことを言われているのか全くわからなかった。「ハフポストですか・・・?」と言葉通りキョトンとしてしまう。なんてことはない。5年ほど前に社内の女性マネージャーを特集する企画があって、それが会社の公式ブログに掲載されて、知らないうちにハフポストに転載されていたらしい(転載されるのなら教えておいてほしいものだが)。 そんなことがきっかけとなって、2016年に

Essay|東京で桜の開花が観測されました

例年より2週間ぐらい早く東京で桜が開花したらしい。連日、心穏やかでないニュースばかりをみているものだから、こんな平和で陽気なニュースにわかりやすく気分はあがる。 朗らかな日に気づいたらわたしは、ほぼ動画を見て過ごしてしまった。わたしのリビングは南向きで角部屋なので驚くほどに日当たりがいい。一番日の当たる場所に大きめのソファを置いている。ちょっとだけ日向ぼっこでもしようか、とまったりしていたら3時間ぐらいひたすら動画を繰り返しみる日曜日。 人には際限なくずっと見てられるもの

Essay|ゆっくり回復していこうじゃないか

そういう時はあるんである。 被災の様子を見てると情緒が不安定になって完全に寝不足で。そしたら反動で次の日は眠りすぎてしまうし、とりあえず食べてシンクにたまった洗い物を片付けねばと思うのだけれど放置してしまうこと。そういう時はあるんである。心は置いてきぼりなのに、生活だけがとにかく進んで、なんとなしにやり過ごしては、辛うじて人間の生活についていってるような時。 気づいたら雨が降っていて、出掛ける予定をしていたけれど、”あぁ面倒くさい”の頑ななやつが真ん中に居座っている。「雨