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コロナ下で、航空エンジニアからWeb Developerへの海外転職(カナダ)に成功するまでの記録

コロナの真っ只中にカナダに飛んで来て1年と2ヶ月、この度はれてWeb Developer職に着くことが出来ましたので、情報収集や励ましなど大変お世話になったコミュニティー Port への共有&恩返しもかね、この1年間の経験を記載したいと思います。

Background

大学時代は、航空宇宙工学を専攻していた工学部学生でした。女子は125人程度のコースに5人だけと言う汗臭いコース、かつとても独特なタイプの女子ばかりの中、友達作りに苦労した学生時代でした。それもあって、’仕事は、OL的な女子のいる環境で働きたい!’とキラキラした夢を持つように。教授に色々言われながらも、メーカーなどは一切受けずに、航空会社一本で就活をし、自分の地元をBaseとしている航空会社に就職しました。とは言っても技術系として採用してもらったので、その後は半年の整備部での訓練を経て(これがまた男子に囲まれ女子1人で、軍隊のような規律の中、夜勤もありめっちゃきつかった、、、)、技術部でエンジニアとして3.5年働きました。勿論、技術部に事務処理を担当している女性は二人いましたが、技術職としては女子一人。。。笑 確かに職場に女子は沢山いたので、ある意味夢は叶っていましたが、結局男子の中で8年間もまれ、強く逞しく成長しました笑

何故Web Developer?

理由は一つではなく、いろんなことが混ざっていました。

・中学生くらいからずっと海外に行きたくて、でも留学を親のお金でさせて貰える教育方針ではなかったため、社会人を始めた時にすでに3年後にはお金を貯めて海外に行こうと決めていた。そして海外では、現地でちゃんとしたプロフェッショナルな仕事をして、日本に帰るのはOptionとして、ほぼ帰らない方向で頑張りたかった。
・東京に引っ越してから出会った友人達のほとんどはSoftware Engineer系の仕事をしており、住む場所や転職など色々な面での自由度の幅が桁違いなのをよく聞いて見ていた。実力(技術スペック=看護師みたいな資格)でほぼ全ての会社に仕事があると言う可能性の幅が魅力的だった。
・航空エンジニアとして仕事をしていても、全ての仕事で何かしらのWeb Applicationを使用しており、Bugとかがあると直してもらうのを待つということが多々あり、「今はできないけど、勉強して知識さえあれば同じEngineerとして、外注なんてしなくてもいいのにな」といつも思っていた。
・元々物理が好きな理系一色人間だったので、理系の中でMechanic Engineer -> Software Engineerならまぁ行けるだろうと思った。

などざっとこんな感じで、この道に辿り着きました。

コロナ真っ只中に仕事を辞め、カナダに乗り込む

2020年3月コロナが広がり、会社でも徐々にリモートワークが始まりました。この頃は、12月末までに会社を辞めて、1月からカナダに乗り込む計画でいました。(年を越さないと、次年度の税金払わなくていいので)夏の7月くらいには学校に学費の一部を支払い、9月まで閉まっていたカナダのVisa発給が開始したとほぼ同時に学生Visaの申請を行い、秋頃Visaがおりてカナダに行けることが決まりました。12月に辞めるのはこの時点では現実的ではなかったため、冬ごろに上司に2月末に辞めることを申告し、年明けからは着々と仕事の引き継ぎなどを進めていきました。みなさんの優しさのおかげで、有給などを含め3月末までお給料をもらう形で退社。保健証が切れる3月30日に、カナダに飛んできました。
そのころはまだ隔離真っ只中の時期、しかも私が飛ぶ半月前くらいに政府は制度を変更、指定ホテルでの3日の隔離が必須になり、たった3日間のホテルにCA$1,265.49を払い、、、幻滅しました笑 その後残り11日の隔離をホームステイ先で完了し、やっと晴れて自由の身となりました。

実際に1年間の勉強、暮らし、何やってた?

カレッジでは大きく分けて、
- 初め1ヶ月のPre Class
- その後通常のクラス(座学)を10ヶ月
- Final Project期間を2ヶ月
- その後就活(私は1ヶ月)
のような感じでタームが区切られており、カナダに来てから仕事をゲットするまではTotal 14ヶ月間かかりました。

Pre Classが終わったあたりから仕事を探し始め、Downtownにあるスーパーでバイトを始めました。Final Project期間までの10ヶ月間は週20時間働き、Final Project期間から就活期間までは勉強のために週13時間にシフトを減らし、最後まできっちり働き切りました。

夏秋は、クラスの内容もBasicからJavascript基本までくらいと比較的簡単だったこともあり、バンクーバー観光もかね友達とかなり外出して、あちらこちらに足を運びました。勉強そこそこ(課題などはしっかりやる程度)で、バイトと遊びに力を入れる感じ。

秋から冬にかけては、就活の開始時期(2、3月を目指していた)に向けて本格的に勉強をし始めました。が、この頃から頻繁に体調を崩すことが多くなり、あまりうまく行ってはいませんでした。2週間に一回のペースで扁桃炎とか膀胱炎とかやたらウイルスに負けて、病院にばっかり行ってました。と言うのも、この時期は一番’全て’を頑張っていた時期で、平日は学校+勉強、金曜土日はバイト+遊びをFullでこなしており、これに加えてかなりガッツリWeightトレーニングもやっており、睡眠時間を頑張って取ってはいましたが、それでも体が悲鳴を上げ出したんだと思います。

年明けからは、バイトのシフトを減らして勉強を中心とした生活をしていました。ここら辺からコードも意味がわかってきて、自分一人で一つのアプリを作ったりできるようになって、楽しくなって来たのを覚えています。
3月からは、Final Project期間。クラスはなくなり、一日中コードを書く/エラーとの戦いを繰り広げていました。この頃一度、あまりに毎日四六時中コードをやりすぎて、ちょっとバーンアウトちっくにまた体調を崩すようになり、序盤にルールを設定しました。
【勉強ルール】
- 平日は8時間 7:00-16:00が勉強コアタイム。
- 週に1日、休み(バイトも勉強もなし)を設定する。
- OTはなるべくしない(リラックスや楽しいことに集中する時間を設ける)。
これを作ってからは、かなり精神的に調子が良くなり、最後までクラスがなくてもきっちり勉強することができました。

そして5月、4月末にFinal Projectの提出&プレゼンテーションを終え、そこからガチの就活を開始。全然書類が通らず心折れる中、カルチャーフィットを重視する現地の会社に拾ってもらい、就活を終えました。詳しい就活の内容は後ほど記載します。

基本的に、学校のカリキュラム以外のことはしておらず、学校のカリキュラムに沿ってFrontendを中心とした+Backendちょっとな感じのスペックを勉強していました。学校の内容をついていくために、新しい言語が始まった時はオンラインのクラスを見つけて概要を勉強、公式ドキュメントをまる読みしてルールなどを勉強、の2本だてで理解を深めることが多かったです。このルーティーンを見つけるまでは、相当苦労しました、、、。私の先生は「手を動かして実践で覚えるのが一番」というスタイルだったのですが、これは私のスタイルと真逆(ルールの理解を深めてから、実践したい)。いきなりツラツラとコードを書かれても、それがルールだからなのか、それが型の決まった方式みたいなものなのか、私が何かベーシックを知らないだけなのか、とはてなマークしかなく、、、笑 先生のスタイルと自分に合う勉強法を早めにに見つけるのがキーだなと思いました。

お金のやりくりは、どうしてた?

お金は、留学生活を優雅に送るためには必須だと思います。私も頑張って貯めましたが、前職の給料が安かったため(残業反対派だったので、お金目的の残業をしていなかったのもある)、めっちゃ切り詰めてたのにも関わらず、なかなかに溜まりませんでした。留学貯金として、Totalで大体340万程度貯めました。
学費に16,000ドル、ビザやホームステイ2ヶ月など諸々の出費で2,500ドル、MPS(カナダの保険)2年分として1,800ドルを抜いて13,000ドルくらいが手元にある状態でこっちに来ました。

初めの数ヶ月は旅行気分であちらこちらに出費を重ねていたので省きますが、基本的に毎月の出費は1,700ドル程度。
家賃:750
食費:300
定期代:100
生活必要品:100
交際費:100
を基本とし、美容室行った(カットとカラーで300ドルくらい)とか、週末旅行に行った、など毎月なにかしらのイベントでの出費が追加され、外食をしないなど頑張っても1,500-1,700ドルが限界でした。

初めの10ヶ月程度は、週20時間のバイトで大体お給料が1,000ドルくらい。なので、毎月500-700ドル程度は貯金を崩していました。
残りの期間はバイトを週13時間まで減らしたため、お給料が700ドルいかないくらい。毎月1,000ドルいかない程度を貯金から崩していました。

結果オーライですが、本当にギリッギリで120万の貯金+バイトで生き抜きました。

バイトはやるべき

私の周りには「バイトのする時間を勉強に費やすんだ」と主張している人達がちらほら、またそのような記事を見かけることもありました。しかし、私の経験から私はバイトは留学において必須と感じたので、少し私の思いを書いておこうと思います。
私のバイト先はダウンタウンにあるローカルのスーパー、基本的に従業員は留学生が多いですが、それ以外にもローカルカナダ人や、いろんな国からの従業員、いろんな国籍のお客さんがいました。私はここのスーパーバイザーをしている友人と仲良くなり、テンクスギビングに呼んでもらったり、そこから定期的に集まるグループが結成されていき、定期的に集まってご飯を食べたり酔っぱらいまくったり、国籍がバラバラなので国別Dinnerをしたり、私が大家と揉めて死にそうになってた時に助けてもらったり(居候)、さらにこのグループを通して日本人の親しい友人ができたり、、、と本当にこの友人たちなしには、特に苦しいかった時期など、楽しい、笑える、充実したカナダ学生生活の思い出を作ることはできなかったであろうと思います。
私たちの生活を充実させて、世界を広げてくれるのは、やっぱり友人などの親しい人たちだと思います。その人たちに出会うためにも、初めはやっぱり街に繰り出して出会いの場を広げていくことは本当に重要だと思いました。
時間はやっぱり作るもの。毎日時間ない時間ないと思いながら、分単位の計画を頭の中で作って動いていますが、そうやって楽しい時間と勉強の時間とを自分の心地よいバランスで、頑張れるバランスで、その時々に適した感じで調整して時間を作っていくのが大切だと思います。

就活はなにを準備した?

正直、就活とかは自分がやってみるまでは、いくら話を聞いてもわからない事だらけの分野だと思います。実際にやってみるとわかってくる。だから人の話半分聞きながら、どしどしやっていくのが大切だと思います。

私のやったことは、
1、学校のCo-op準備レクチャーで、大体の内容を把握。
 ・Resume:Junior、Seniorなどレベルに応じて、なにを記載するべきかなどを確認
 ・Portfolio:最低限含める項目やMust HaveなProjectなどを確認
 ・CV:書き方、アピールの仕方などを確認
 ・その他、年収はどのくらいを想定するなど
2、Portfolioを作成
 ・これがないと始まらないので、かなりの時間がかかったけどズルなしのFullStuckで作成。
3、Resume、CVを作成
 ・ドシドシ送るため、とりあえずRevision 1を作成。とりあえずってのが大事笑 
4、Portofolioに載せるProjectたちを作成し始める
 ・学校のFinal Projectも兼ねて2個のProjectを作成。
5、その後度々Resumeの内容をUpdateし、最終的にRevision4まで改良していきました。

就活の苦労は、、、

一つ今回よく感じたのが、「就活はデートアプリで恋人を探すのとおんなじ」ってこと。私の親友は、高校生のときに「恋は、Feeling Timing そしてHappening」なんていう名言を生み出しましたが、本当にこれはその通り。そして就活もこの通り。お互いにFeeling(Company Culture)が合わないとダメだし、Timing(会社の空き)も合わないといけない、いろんな偶然が重なってやっとスタートラインに立てる。
オンラインで出会った彼/彼女と初めてのデートに出掛けて、その後急激に距離を縮めてどんどん会うこともあれば、記憶にすら残らずに忘れちゃうこともある。で、忘れられた相手に怒ることも嫉妬することもなく、だってお互いにFeelingが合わなかったんだもの、多分こっちも忘れてしまってるか、まぁしょうがないじゃないとなることがほとんどだと思います。合わない人といる事ほど無意味で、大変なことはない。
就活も同じ、、、だけどやっぱり自分の能力や経歴も見られることもあり、なんか真剣に捉えすぎちゃうんですよね、、、そして返信のこない受信Box又は帰ってきたお祈りメールを見ながら「私は能力がないんかな」とか「このまま、どこも雇ってくれないんや」とか暗ーい方向に突き進んじゃう。ここが就活の大変なところだと思いました。でも恋人探しとおんなじで、カルチャーが合わない会社に入れたところできつい&辞めたいだけなので、まぁ当たり前っちゃー当たり前なんですよね。Feelingがあう会社と出会うのも、そこに空きがあることも、結構な偶然が重なって起こるので、そこそこ時間がかかる。私もガッツリ病んだので(そのほか色々重なって、タイミングも悪かった)、あまりえらいことは言えませんが、、、。友人が教えてくれた秘密の暗号は、「まだ今は自分の番じゃないだけ。」です。

具体的な数字で就活をみる

Total 52社: ’とりあえず’作ったResumeなどで、完全準備ができる前から出していた物も含めてに52社に応募。(1月から5月)
Total 35社: Portfolio+Project全ての準備がほぼ整ってから応募したもの。(4月から5月)
Total  6社: 書類(Resume)通過して、次のステップに進んだもの。次のステップは、Code Assignmentが4社、Phone Interviewが1社、アンケート(Interview Question)が1社でした。
Total 2社: 1stステップを通過した会社。
Total 1社: Offerまでたどり着いた会社。

以前にどこかで読んだブログとかだと、250社応募で返信10社、最終までは1社みたいな数字を見ていたので、それに比べるとかなりラッキーだったのかなと思います。

就職が決まった会社のプロセスは?

就職が決まった会社のプロセスが長かった、、、、書類選考後、全てのInterviewはZoomで行われました。まずStep1として、BossとのCasualなInterviewがありました。仕事内容の説明があったり、私に関するGeneralな質問(長所短所、苦労話、人間関係に関する質問など)がありました。Step2では、Javascriptに関するHome Assignmentがありました。期日は4日間。最近はReactやNextばかり触っていて、Vanila Javascriptはめっきりお久しぶりで、、、笑 めっちゃくちゃ時間かかりましたが、一般的には3時間程度で終わるそうです笑 その後Step3でLive Coding Interviewがありました。前回と同じBoss+もう一人Bossのふたりに見守られながらJavascriptの出された問題を7問といていきました。Interview後半は普通のInterviewに戻り、私に関して特にチームプレー、トラブルへの対応能力などに関わる質問がバシバシされました。Step4はHRとのInterviewで、これまた斜め上の質問がされて頭が真っ白になりました。大学での専攻の理由や、学校での活動、苦労話などなど9年も前のことを聞かれて、もはや学部やコースの名前さえ思い出せないと言う始末笑 ちょっと違う意味で冷や汗かきました。そして最後のStep5はチームInterview。今後一緒に仕事をするであろうDeveloper Team+Marketing Teamの5人とPanel Interviewでした。これが一番居心地悪かった笑 それまではほぼマンツーマンだったので、会話を楽しんだ感じが強かったのですが、これは大人数VS私な感じでThe 面接な感じが辛かったです。その後、Referenceとしてカレッジの先生、元上司、元同僚の3人を提出し、HRの方が3人全員とZoomで面談しました。質問は、私の長所、短所、出来事や今後働きたいかなど一般的な物だったようです。
この長ーいプロセスを経て無事Front end Developerとしての初仕事が決まったわけですが、本当大変だったの一言しかないです。でも努力が実って、給料よし、福利厚生よし、そしてVacation、Flex、Hybrid Remote、Flexible Working Styleなどなどよく言う海外の会社!みたいな会社に勤めることができて幸せしかないです!

今後

無事、留学&海外での業種変更転職という夢を達成できたので、ここからは経験を積んでレベルアップし、犬を飼うという次の夢に向かって突き進んでいこうと思います!
読んでいただきありがとうございます!

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