note1人目IRから見る上場の舞台裏
こんにちは、noteでIRを担当している三浦です。
"スタートアップ冬の時代のIPO"連載に私もnote社の1人目IRとして登場することとなり、こちらのアカウントでは久々にnoteを書きました。(普段はIRアカウントで記事を書いております!)
noteに入社すると決まった頃からさまざまなスタートアップのIRやIPO関連記事に目を通していたので、ついに私もこの記事を書く時が来たのか・・・!と、感慨深さを感じています。
IPOを目指すスタートアップ関係者やIR担当者のみなさまにとって、何か少しでも参考になったり共感していただいたりする部分があれば嬉しいです。
はじめに
上場準備におけるIR担当の役割
私がnoteに入社したのは2021年11月です。noteの上場は2022年12月21日ですので、約1年前のタイミングに上場準備とIRの立ち上げ、上場後のIR担当をミッションとして入社しました。
上場準備については鹿島さんの記事でも記載の通り、上場準備チーム5人のうちのひとりとして関わらせていただきました。5人のうち私がいちばん最後に入社し、すでに準備も進んでいる状態でしたので、他メンバーが抱えているタスクを少しずつ引き取る形での参加となりました。
今回は上場準備期間〜上場直後にかけて主に担当した業務の内容について少しずつ深掘りする形で、noteのIPOの裏側や、IR担当として上場準備フェーズでやってきたことについてお伝えできればと思います。
IR担当としてやったこと
1.目論見書、ロードショーマテリアル、成長可能性資料の作成
私が担当した業務の中心となったのが、この3つの資料の作成でした。3つの資料は内容が重なっているため切り分けられず、まとめてご説明していきます。
ちなみにそれぞれの資料の概要は以下の通りです。
上記の通りそれぞれ役割も必要な時期も異なるのですが、ポイントは、全てが連動しているということです。
当社の場合、投資家とのミーティングに使用する資料であるロードショーマテリアルを核として修正し、その他の資料に反映させる形を取りました。というのも、ロードショーマテリアルはあくまで、目論見書に記載した内容をミーティングで使用するためにまとめた説明資料、という立ち位置になります。そのため、目論見書の記載を超える内容や、表現が異なると受け取られかねない内容を載せることができないのです。
上場までの期間、投資家との面談や社内ディスカッションはプレゼン資料であるロードショーマテリアルをベースに行い、少しでも当社の評価につなげるべく主幹事証券からもプレゼンの見せ方については度々アドバイスをいただき、主幹事証券を通じてリーガルのチェックも受けていきます。
つまりその度に、ロードショーマテリアルを修正し、その内容を目論見書にも反映する、という作業が発生することになりました。また、目論見書の中でも「口絵」と言われる冒頭のカラーページがあり、こちらは本編の中で触れる経営戦略や事業概要等についての抜粋という立ち位置になるため、本編の記載が修正されれば口絵の記載も合わせて修正する必要が生じます。
一方で、目論見書については東証や財務局に提出し、事前チェックを受ける必要があります。東証や財務局より、それぞれの観点からの指摘が目論見書に入ってきますので、目論見書の修正に合わせてロードショーマテリアルの表現を見直すケースもありました。
各方面からのアドバイスや修正指示を漏らさずスピーディーに全ての資料に反映させる必要があり、特に上場承認前の期間は非常に緊張感がありました。
ちなみに成長可能性資料については、最終版は上場日までの提出となるため、上場承認日までに完成したロードショーマテリアルの内容を踏まえて修正することは可能ですが、目論見書やロードショーマテリアルに大きな変更が加わると都度成長可能性資料のアップデートも求められたため、結果的にこちらもほぼ同時進行で作成していました。
特に当社の場合、上場日にリブランディング(ロゴ・コーポレートカラーの変更)を行ったため、一度旧ロゴ・コーポレートカラーで作成した上で、上場日の公開に合わせてリブランディング後のテンプレートで作成し直すという作業が発生しました。
提出直前にヒリヒリしながらの作業になりましたが、なんとか提出。リブランディング直前の超忙しいタイミングに急ピッチでテンプレートを準備してくれたデザイナーには感謝しかありません。(数字のずれが怖くて修正しなかったグラフだけ旧noteグリーンで残っているのも、今となってはいい思い出です。)
と、このように、証券会社、東証、財務局、リーガルからの指摘を受けて修正しつつ、社内でも少しでも強いエクイティストーリーにしようとブラッシュアップをしながら、3つの資料の整合をとっていく工程に四苦八苦しました。
ですが、こうして細部にわたり検討を尽くしたからこそ表現が磨かれ、少しでもお伝えできる材料を増やそうというなかで内容が充実していったと感じています。
例えば、こちらの「アプリの機能強化」のページ。
noteのアプリは課金に対応していないので、これまでなかなかアプリ開発に力を入れられていませんでした。こうしたデータを出すことは、ともすれば「アプリが弱い」という弱点と受け止められかねません。
一方で、アプリユーザーの方が一人当たりのPV数が多いため、今後アプリの強化をしていくことでユーザーエンゲージメントを高めつつ、ポイント制を導入することでアプリからの課金もできるようにしていきたい、という中長期的なプランについてもご説明できるよう、このページを追加することにしました。
そのほか、さまざまな工夫を重ねた結果かなりのボリュームになってしまいましたが、伝えたいメッセージを盛り込むことができたと感じています。
なお、関係者も多く正解のない資料作成に臨むにあたり、プレイドさんのこちらの記事を大変参考にさせていただきました。想像していたよりも大変でしたが、おかげさまで進め方のイメージを持って心の準備をした上で進めることができました。
3つの資料を作成される方は、ぜひご参考にされてください。
2.上場前における投資家コミュニケーション
多くの場合、IR担当の入社はIPO直前もしくは上場後が多いと思いますが、私は幸いにも上場1年前に入社することができたため、さまざまな投資家とコミュニケーションを取る機会を設けることができ、そこで得た気づきを3つの資料に落とし込んでいくことができました。
自分なりに業界研究・会社研究していただけでは得られなかった視点からnoteに対する評価を肌で感じることができたことは、エクイティストーリーの検討にあたり、非常に参考になりました。
コミュニケーションを重ねたことで特に感じたことが2つあります。
一つ目は、noteに対するイメージはご利用いただく方の用途や使用頻度、使用歴によってかなり差があること。
noteで記事を販売したことがある人、記事を購入したことがある人、無料で読んだことがある人、noteを利用したことがない人では、それぞれに質問される観点が全く異なります。限られた時間で当社の伝えたいことをしっかり伝えるにはどんな資料構成にすべきか、考えさせられました。(その結果、ロードショーマテリアルはかなりページ数が増えてしまいました・・・)
二つ目は、note proという主に法人向けのSaaSサービスについて、当社が考える価値を伝えるのがとても難しいということ。
note proは、カスタマイズをするだけで簡単に独自ドメインを持つWebサイトを作ることができる、SaaS型のサービスです(C2CプラットフォームとしてのnoteはGMVからの手数料収入がメインとなるため、ビジネスモデルが異なります)。しかも、独立したWebサイトでありながらnoteとつながっているSNSのような機能も持ち、集客することができるという独自の強みも持っています。
今後、機能拡充を進めることでWebサイト構築市場を狙っていけると考えているのですが、「note proは単なるnoteの高機能版」と認識されてしまうことも多く、その価値をどんな見せ方で伝えたら良いか、何度も議論を重ねました。
結果作成したページはこちらです。
この2点については、現在のIR活動においてもまだまだわかりやすい伝え方を模索しているところではありますが、ロードショーを迎える前に社内で議論を重ねることができたことは有意義だったと感じています。
実際にCEO・CFOが投資家にどんな説明をしているのか、リアルな対話を目の当たりにすることができたことで、資料の作成も捗りましたし、ロードショーに向けた想定問答の整備もとても進めやすかったです。
3.ロードショー対応
上場承認の翌日から始まるのが、ロードショーです。
ここで投資家からどれだけ評価していただけるのかによって、上場時の株価が決まります。ロジ周りの手配や各種資料の整理、想定問答の準備などを担当し、面談にも全件同席しました。
実際のロードショースケジュールがこちらです。
スタートアップ冬の時代のマーケットの状況を鑑み、オファリングサイズを縮小して、ターゲットも国内機関投資家だけに絞って実施しました。
全部で33件の面談を行いましたが、コロナの制限も緩和されつつある状況下だったため、対面での面談も一部取り入れ、5件は投資家オフィスで対面での面談、その他はZoomでの面談となりました。
オフィス訪問とZoom面談のあいだの時間が短すぎて自宅やオフィスに戻る時間がなかったため、証券会社の応接室をお借りして対応した日もありました。
上場前から投資家とのコミュニケーションを重ねていたため、サービスに関するディスカッション内容はほとんど想定通り、概ね準備していた通りの対応で進めることができました。
一方で、上場前の2022年4月に資金調達した際のバリュエーションから大幅なダウンラウンドでの上場となったことを受けて、全ての面談において「なぜこれだけのダウンラウンド上場になったのか」「それでもこのタイミングで上場する理由は何か」という2つの質問は全ての面談で必ず聞かれました。既存株主の反応や主幹事証券との議論の内容、社内での議論の内容などについて細かく聞かれた場面もありました。
当社からは、当社にとって上場はあくまで通過点であること、株式市場の動向を見通すことはできないため、まずは上場して上場後の成長やIR活動を通じて評価を高めていきたい、といった考えについてお伝えしました。
実際のところはわかりませんが、ご説明した考え方やスタンスについては受け止めていただけたものと感じています。
ロードショーでお伝えしたことを今後しっかりと実現し、IR活動の中で発信していきたいと考えています。
4.上場後IRの準備
IPO準備と並行して、IRの立ち上げ業務も進めていました。
とはいえ私が入社した時点で準備が進んでいた部分が多く、特に時間がかかると思っていたIRサイトの構築がほぼ終わっていたのはとてもありがたかったです(ITとは無縁の業種から来たため、これがエンジニアのいる会社のなせる技・・・!!!と感動したのを覚えています)。
そのため私が主に注力したのは、決算発表に向けての準備でした。
当社は11月決算なので、年末間際に上場したあと年末年始休暇を挟みすぐに本決算の発表を迎える、という厳しいスケジュールになり、スケジュールが判明して以降は特に恐怖しかなく、進められるところから少しずつ準備に取り掛かっていきました。
かなり早い段階から他社の決算説明資料の研究をはじめていたことで、特にKPIの見せ方はロードショーマテリアルや成長可能性資料の中にも盛り込むことができました。
結果的に決算説明資料は成長可能性資料をベースとしながら主に数字部分のアップデートをする形で作成することができました。作業が効率化できただけでなく、上場のタイミングからスムーズに現在のIR活動までつなげることができており、投資家の皆さまとの継続的なコミュニケーションにも貢献しているのではと思っています。
そのほか、決算説明会にあたって会場運営や動画配信についてはイベントチームによる強力なサポートが得られた(というかリードしてもらいました。本当に感謝しかありません)ので、説明会開催後の動画公開や文字起こしの手配なども滞りなく進めることができました。
5.その他
そのほかせっかくの機会なので、細かいことですが振り返って印象に残っていることを残しておきます。
◉TDnetを通じた開示対応
上場日以降、東証への資料提出や東証を通じた資料の開示は「TDnet」というシステムを通じて行うのですが、このシステムの操作方法が少しわかりにくいことに加え、推奨環境がWindowsとなっています。
当社メンバーは一部経理担当を除いて全員Macなのでログインできず、上場日に開示が必要な資料を提出するまで、ヒヤヒヤしながらバタバタで環境を整えました。誰が何時にどの環境から提出するのか、直前まで調整していた気がします。
MacのPCからWindowsの仮想空間にアクセスできる形を構築してもらい、なんとかことなきを得ました。
◉幻の海外投資家向け動画作成
当初旧臨報形式でのIPOを予定していましたので、ロードショーは海外投資家との面談も想定していました。そのためロードショーマテリアルも英訳を行ったり、ロードショーの貴重な面談時間を英訳によりロスすることがないよう会社紹介動画も作成したりしていました。
少しでも伝わりやすい英語表現になるようにと、通訳さんに数時間みっちりお付き合いいただいて英語原稿を1文1文見直したこともありました。
そんな準備を進めていた英語関連資料が不要となったことは少し残念ではありましたが、上場審査中に資料の修正を進めながら英語資料も作成する必要があったことを思うと・・・・・。
落ち着きましたら、当時の準備をベースとしながら海外投資家向け資料や動画も開示を進めていきたいと考えています。
まとめ
IPOを経験して思うこと
前職でもIRの業務を5年ほど経験していましたが、IPO・POの経験がなかったため、上場申請〜上場承認〜ロードショー〜上場という一連の流れを経験できたことは非常に有意義でした。
特に、IPOをするには厳しいマーケット環境ではあったと思うのですが、だからこそ「当社のフェアバリューとは」という観点から議論が重ねられ、深く考えるきっかけとなったことは大変ありがたく感じています。
前職でももちろんIR担当として株価と向き合ってきたつもりではいましたが、当面大きなコーポレートアクションの予定がなく、長年投資家に伝えてきた経営戦略・ストーリーがあり、すでに市場のコンセンサスが形成されているなかでのIRは、「いつ何をすると、株価が今より上がるか下がるか?」という期待値コントロールにばかり意識が向いていたことを痛感しました。
IPOの全体の流れの中で見ると、IR担当にできる業務は決して多くはないとは思います。
ですが、上場1年前という早いタイミングからIR担当がいたことで、審査対応に追われる前に腰を据えてエクイティストーリーの構築・ブラッシュアップができ、審査対応に追われながらも資本市場を取り巻く環境変化に対応しながら最後まで見せ方・伝え方について議論を詰めていくことができ、上場後に無駄なくIR業務を進めることができたのではないかと思っており、IPO準備段階からIR担当がいる意味は決して小さくはないのではないか、とも思っています。
今後、IPOフェーズにおけるIRの役割がさらに大きくなっていけばと思っていますので、この記録がどなたかの参考になれば嬉しいです。
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