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せかいでいちばんクリーンなところで

最初のそこでの記憶は、明るくてグリーン色のきつい独特な匂い。ビルの6階の狭いスペースに待合室と最新機器が所狭しと並んでいて、主戦場ではしゃかしゃかと動く白い服を着た女の人たちが次々と人を捌いていく。白の遮光カーテンが心地よく揺らめき、心地のいいヒーリングミュージックやオルゴールが流れ、その側でイルカや自然の映像が映し出されている。ここまで完璧に感覚を全方角から囲まれると、今から行われる嫌なことの辛さが倍増してくるような気がするのはわたしだけだろうか。痛い。不快。恐怖。鋭利。シルバー。無表情。機械的。拘束。それが始まると、キーンとした音が歯から脳内に響き渡り、それから逃れようと身体中に力が入る。神経がその音と緊張を全身に伝える。ががががっ。しゅー。ごぼぼぼぼ。今まで感じたことのない味覚と触覚。脳天をつんざく聴覚、視遮られ真っ暗な視覚。記憶にはないが、母曰く恥ずかしいほど泣き叫んでいたらしい。もし心の声が見えてしまう機械があったならば、今現在でも日頃の鬱憤も忘れるほどわんわん泣いているだろう。それほど嫌いなもののひとつである。それくらいこの一連の流れを好きな人間はいないと思っていたもんだから、大人に近づくにつれ「歯医者に行くのがすき」と言った人間がいたことに驚いたが、そのまま子どもみたいな無邪気な笑みで「だって歯医者さんが胸を押し当ててくるから」と続いたので苦笑してしまった。何か得体の知れない空間が脳内に現れたような気がしたのを覚えている。これだけの不快感をも凌駕する興奮がそこに存在することを考えたこともなかった。それは若干の軽蔑と残りは羨望の眼差しであったと思う。わたしはその話を聞いてから、いつも考える、女であるというのは「おっぱいを揉みたい」という最強のチートツールが使えないことなのではないか。損しているのではないか。そんなようなことを星野源も言っていたではないか。痛みに強い、なんてのは嘘で、チートがないだけ分、痛みを感じる許容容器が大きめに作られている、くらいの違いなのかもしれない。出産があるから痛みに強い、なんて言われてもなにもわたしは嬉しくない。いや、こんなことを言っていても仕方がないのだ。自分が男であると信じて、そのチートの効果を信じて、わたしは歯医者へ向かうことしかできない。わたしよ、行け。

どうも〜