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どこまでいっても不完全な夜

飲み会を終えて帰宅する。
壁にかけていない壁掛け時計が一秒ごとに時間を刻む音がする。
私は気持ちよくしたたかに酔っていて、かろうじて化粧を落として、そのままカーペットを敷いた床につっぷした。

仲の良いお姉さま二人と代々木で飲んでいた。
私は酒の味もよしあしも全然わからないんだけど、シャンパンが売りの店だったので、ただただシャンパンを飲んだ。シャンパンが酔いやすいと知ったのは後のことだ。聞いたことある気もするんだけど、そういう小さな知識を全然覚えられなくて、すぐ忘れてしまう。

いつもより簡単に酔ってつい、あまり人に言ったことのないような話をしたりした。
どういう人が好きなの、と聞かれたので、人生におもしろみを求めている人、と言ったら、既婚者の二人から一斉に反論された。
そんなこと思うのは20代のうちだけだって言う。そういう男は現実的に誰かと一緒に暮らしていくのは向いてないと言う。

こと恋愛だの結婚だのの話題になると、私はいつもこうやって二人がかりで諭される。そう思うのは若いからだよ、と言われる。
でも最後はいつも「今はそれでいいんだよ。だって20代なんだから」で締めくくられる。
だがしかし、私も30歳までそう何年もないんですが。
とは思うものの、私が30になろうが40になろうが、生きている間は二人が年上であることには変わりがない。交友関係が続く限りずっと、「今はそれでいいんだよ」と言われるのかもしれない。
そう思うと少し安心する。
人生はどうやら、まったくの手探りで歩かなくてもいいらしい。先をゆく誰かの足跡がちゃんと残っている。

帰宅して、床にうつぶせになって、20分か30分かそこら。起き上がる気力がなく、それでも機嫌よく鼻歌を歌う。
いい夜だったなあと思う。
このまま寝てしまったら気持ちがいいだろうなと思う。
だけど、なんだかわからない物足りなさが心に巣食う。

私はやがて起き上がり、次に習い始めたギターを手に取る。
あるいは、パソコンを起動したり、コーヒーを淹れてみたり、読みかけの漫画の続きを開いたりするかもしれない。
そんなどうでもいいことをしながら、今日という日を引き延ばそうとする。
そうしているうちに、「いい夜」はだんだんと白けていく。
そんな夜を飽きるほど繰り返してきた。

どんなに完璧な昼でも。待ち望んでいたイベントも。大好きな人たちと過ごしても。
楽しかったのに、いい日だったのに、それだけで一日を終えることができない。秒針の音が、完璧なはずの1日の小さな欠落を、もうひとつ何か、という強欲をつきつけてくる。それをそのままにできなくて、どうにか埋めようと追いすがってはダメにする。

どこまでいっても不完全な夜だ。
いつもいつも、不完全な夜の不完全さばかりにとらわれる。
約束事はこうして消費される。
私は床に転がったまま、もう次の約束のことを考えている。
そうやって星座をつくるみたいに約束を繋いでどうにか生きている。
次こそは完全な夜であることを期待しながら。

夜は白け、不完全な朝がくる。

#エッセイ #コラム #日記

ハッピーになります。