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しらす召喚

娘が、「鼻をフン! とやったらこんなん出てきた!」
と言って見せてきた。
鼻から出たにしては大きすぎる物体だった。
軟骨のような細い塊がティシュの中にあり、私はひどく驚いた。

スッキリしたと言う娘の顔は清々しい。
しかし私は、こんな大きな塊が鼻から出てくる非現実っぷりに心の臓が高鳴った。

私はオエオエ言いながらそれを観察してみた。

訳の分からない物体は鼻クソだろうと決めつけてゴミ箱に捨て去るだけなら簡単だ。
しかし私の心が納得しなかった。
これは別パラレルから転送された『何か』のような気がして、追求せずにはいられなかったのだ。

軟骨のような透明の細長い物体を恐る恐るキレイに拭き取ると、ティシュ越しに押さえつけてみた。
硬い。これは簡単に潰れるようなものじゃない。

「これは鼻クソなんてもんじゃないよ! ...軟骨じゃないの!? あなた鼻痛くないの!?」

聞くと娘は、

「ぜんぜん。スッキリしたよ。鼻クソじゃない?」

と、のほほんとして言う。
私は少しも納得出来なかった。

拡大鏡で見てみると、透明の細長い物体はどこかで見たことのある形状をしていた。腹の部分に黒い筋がある。
これは多分、

「しらすじゃない!? 信じられない! いつから鼻にあったの!?」

「知らないよ。いきなり違和感で、フン! ってやったら出てきたの」

自身の身に起きた不思議なのに、娘は冷静に応えた。
私は血の気が引くような、背筋が凍るような恐怖を覚えた。

なぜなら最近私はしらすなど食卓に出してはいなかったのだ。余裕で三ヶ月はしらすを食材として使った覚えは無い。
鼻から出たそれは、いつに食したしらすなのか……。

考えられる可能性のAパターンは、三ヶ月以上前に娘がしらすを食べてムせて、鼻の奥の奥に留まり、今になって出てきた。Bパターンは、別パラレルから転送されたしらす。
そのどちらかだろう。

「おそろしい!! これからはゆっくりよく噛んでムせないように食べてね!!」

最近食事中に娘がムせていた覚えはないが、現実的に考えたAパターンの方向での対処法を注意喚起した。

しかし腑に落ちない。

今まで鼻に違和感はなく、数分前にいきなり鼻に異物が感じられたと娘は言っていた。
ということは、これはBパターンの別パラレルから転送されたしらすということになる。

そんな奇跡に、私はスマホを向けた。
証拠として写真に残しておく。

これはアハハとは笑えない案件だ。
未だ私の心はザワついている。
その感情が私の被害妄想スイッチをオンにするには容易すぎた。

私の鼻の中にも、しらすが召喚されたらどうしよう……。

気にしだしたら鼻をフンフンやらずにはいられなくなった。
怖い。どうしよう……。

「大丈夫。そんなことは稀だから。そうそうしらすなんて入ってないよ」

母が笑いながら私を諭した。
私と、娘と母との温度差はかなり大きい。
大丈夫だなんて根拠のない気休めを言われたとて、私はしばらく鼻の中が気になって、フン! をせずには居られなくて……。

「お母さん、もう忘れよ?」

逆に娘が心配してきたので、フン! とするのをやめた。

呼んでもないのに娘の鼻の中に勝手に召喚されたしらす……。
そんなファンタジーな出来事がこんな平凡な日常で起きてしまったのだ。

私はしばらくの間、しらすを食べられそうにない。



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