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ろ過される

 息子と娘は年が7つ離れている。
 兄妹は年が離れていても喧嘩をするものだ。喧嘩というより口喧嘩のじゃれ合いと言うべきか。それを疲れている時に行われるとついイライラしてしまい、
『大きい子達が狭い部屋でドタバタと騒がないで!』と怒ってしまう。
 きっかけはとても些細な事だ。
 例えば、ジュースの残りを最後はどちらが飲むかだ。そんな時私は、少しの残りのジュースでも半分ずつ分けるようにと言う。1.5リットルのペットボトルに3センチ程しか残っていない量であってもだ。
『どうしても譲れない思いがあるなら一滴の狂いもなく均等に分けてみなさい!』
 今までにどれだけこのセリフを言ったか分からない。グミの味の争奪戦も、同じ味のグミを二袋買えば解決だ。しかし、どうしても私ではリスク回避できない案件がある。

 息子の放屁だ。

 それは息子のさじ加減でいつどこで発生するのか分からないものだ。よってそればっかりは私にも回避出来ないものである。

 息子はいつも娘の隣で尻を娘側に浮かせ、ものすごい音と共に屁をぶっぱなす。娘は「ギャー!!」と叫びながら息子と距離を置くよう跳び跳ねる。それから、

「なんでいっつも私にかけるの!? あっち向いてしてよ!!」

 と怒るのだ。怒るといっても私から言わせれば甘すぎる。可愛い怒り方だ。私がもしそれをされたならマジ切れする自信がある。

 私は過去に一度も息子から屁をかけられた覚えはない。そんな事をしようものなら大変な事になると本能的に感じているのだろう。だからいつも息子はリアクションの可愛い娘にぶっぱなすのだ。
 娘はキャーキャー言って怒っている。息子はやってやった的な悪戯っ子の表情だ。

 それから兄妹は口論となるが、それは喧嘩というよりじゃれ合いなのだろう。微笑ましいと言いたい所だが、それがどうもうるさくて仕方がないのだ。疲れている時は特にやめてほしいと思う。それに、他人の放屁に対して心が広くない私は黙っちゃいられなくて、

「信じられん! それはひどすぎるよ! 二度としないと誓って!」

 と娘を援護した。

「大丈夫だよ。俺ってパンツ二枚履きで股引装備だから屁は完全にろ過されてるはず!」
 
 息子はけらけらと笑って『ろ過』を主張した。娘も笑いだす。私も、まさかの『ろ過』発言には爆笑せずにはいられなかった。目から鱗が百枚ほどこぼれ落ちる気分。私の心に染まったどす黒い部分が『ろ過』され浄化されたようだった。そのろ過発言は、疲れて灰色に見えていた私の視界を一瞬で明るく変えたのだった。

 息子は昔からパンツを二枚履きしていた。さらに股引だ。私は『ももひき』という響きが好きではなく、『ズボン下』と言った方がまだマシだと昔からアドバイスしていたが、息子はあえて『ももひき』と呼びたいらしい。息子にも好きなアイテムに対する呼び名のこだわりがあるようだ。つい最近友人に『股引を履いている』と言ったら『おじいちゃんか!』と笑われたらしい。周りの同級生は冬であっても股引を履かないらしいと息子は驚いて話していた。そりゃそうだ。まだ10代の若者なのだから。

 息子はたとえ真夏であってもパンツ二枚履きで股引までも装備している。どんだけ守りたいのだろうか。息子の股引は夏用と冬用で地の薄い物と厚い物が沢山用意されているのだ。色は白ではなく黒だ。私は股引に白やベージュだけは選びたくない派だ。股引に白やベージュを選ぶと浦島太郎のように一瞬でおじいちゃんになりそうだからだ。

「股引ってイイ仕事してくれるね~」

「そうだよ。あったかい上にろ過までしてくれるって最高だ!」 

 もしや息子の何枚か履きは、放屁時の妹に対する思いやりなのかも知れない。
 さすがは兄だ。年の離れた妹に対する手加減を心得ている。
 これから先の息子の放屁に対して、私がリスク回避をする必要は無いのだと安心した。

「今年も夏でも履くつもり?」

 聞くと息子は、

「もちろん!」

 と応えた。

 放屁による兄妹喧嘩のリスクは、ろ過によってオールシーズンで回避できそうだ。  

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