心地よい雑音
今日の昼休みは、いつも過ごす場所とは違う所へと行ってみたくなった。
年に1度か2度は行きたくなる、とっておきの秘密の場所だ。
点検業者の作業者しか来ないような大きな機械が立ち並ぶ、視覚からは心なく感じられる屋上。
そこは立ち入り禁止区域だ。
立ち入った事がバレたら叱られるだろう。
でも、どうしても聴きたい音があった。
私は誰にも会わないよう、遠回りのルートを選んだ。こっそりとそこへと続く階段を登り、秘密の場所への入口の鍵を開ける。
いけないことをしている罪悪感から心拍数は高まり、手のひらは汗でじわりと湿っていた。
勇気を出して禁断の屋上への扉を開け放ち、足を踏み入れた。
ついに踏み入れてしまったという高揚感で、私の頭は一瞬真っ白になる。
ゴーという、雑音と言うには可哀想な音が途切れることなく流れる空間。
そこに私は足を踏み入れてしまったのだ。
座り心地が良さそうなポイントを探す。
設置された大きな白色の機械が、癒しの音を立てている。
私はそのコンクリートの段差に腰掛け、足元にカバンを置いた。
空を見上げれば、いつもよりも青が近くに感じられた。
そこを自由に飛ぶ鳥の鳴き声も聞こえてくるが、その美しい鳴き声ですら、今は私の鼓膜を一ミリも震わせたくないと思わせる。
今はただ、シルバーのボディーから発せられる音だけに鼓膜を震わせていたい。
心地よく吹く風と、流れる雑音が絶妙に混ざり合い、私を異世界へと誘う。
他人が聞けば、きっとこの音は雑音だ。
一般的に雑音のくせに、なぜなんだろう。
この音は、私を幸せにさせてくれるから不思議だ。
昼食を食べようかと思ったが、まだお腹が空いていないから、食べたい時に食べたいだけ食べようと、缶コーヒーだけを封切った。
ゴーという癒しの音を聴くのは久しぶりだった。それは私を異世界へと降り立ったような気持ちにさせてくれる。
耳鳴りと似ているようで違う。
外側から全てを包みこんでくれるようなやさしい雑音だ。
文字で表すと、ゴーウォンウォンウォン・・・。
この音と今日の私との相性は、とても良いのだろう・・・。来てよかった。
好きな曲を聴く時の感動や、好きな人達の声を聴く時の癒され方とは種類が違う。
この雑音が放つ周波数は、私の身体と心を優しく包み込み、混じり合い、一体化させてしまう錯覚すら起こしてしまうのだから。
雑音のくせに、こんなにも心地よく感じてしまうのだから、私の頭はやはりおかしいのかもしれない。
私にとって、雑音界の皇帝であるこの音は、少し先の未来までものエネルギーをチャージしてくれそうだ。
是非とも誰かに教えてあげたいが、
「あそこの雑音すごいよ!」
と、まるで
「あそこの店のランチオススメだよ!」
みたいに言ったところで、変な人だと思われそうだ。
だから私だけのとっておきの秘密の場所にしている。
この音は毎日聞いてしまっては、ありがたみがないので、年に1度か2度だけ味わうのだ。
これが無性に聴きたくなったら、自分の心と向き合う時期が来たサインだと思っている。
最高の雑音だ。
このままこの音に溶け込んで、何も考えずに昼寝をしてしまいたい。
懐かしくて癒される。
しかし、無情にも午後からの仕事が間もなく始まってしまう。
心地良い雑音に名残惜しく思いながら、私はその空間を後にした。
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