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食べ頃のアイスクリーム

冷凍庫の中に私のアイスがあるはずだった。

一箱6個入りで、一人2個の分け前で食べられるカップ形のチョコチップ入りバニラアイスだ。しかし、探せど私のアイスは見つからない。

「誰か私のアイス食べた?」

子供たちに問うと、娘は首を横に振り、息子はパソコンを触る手を止めた。

「オレが食べた。ゴメン」

私はその言葉に驚かずにはいられなかった。

私の分け前は二つも残っていたはずなのだ。確かに長い間食べるタイミングを逃しここまで来たけれど、まさに今が食べようというその時だったのに……。

「なぜ? 私の分って知っててだよね?」

「夜中にお腹すいてさ。だって全然食べないじゃないか。いらないのかな~と思ってさ」

私はこの手のあるあるネタで怒りはしない。しかし思うのだ。夜中にアイスを食べることと、人の分を横取りすること。息子は二つの後ろめたさの中で私のアイスを二つも食べたのだ。そんな状況で向き合った息子に、あのアイスは本来の美味しさを発揮できたのだろうか。

「そうか。つまりあなたはそんなヤツだったんだね」

「オレだって前に食べられたことあるよ。お互い様ってことで許してよ」

確かに私は、以前息子の分のチョコパイを食べてしまったことがある。だがそれは一つだった。私が食べられたアイスの個数は二つ。つまり息子は半沢直樹のように『倍返し』をしてきたというわけだ。

今日はアイスが食べたいと心から思っていた。

いつもアイスを買い物カゴへと入れる時が食べたい時の最大級の時で、『待て!』と言われて待つ犬のような心境で自宅へと持ち帰る。しかし一旦自宅の冷凍庫へと入れてしまうと、何故だか食べたい気持ちが過ぎ去ってしまうのだ。そんな調子でひと月程がたった今、アイスを買い物カゴへと入れる時同等の食べたい気持ちの波が押し寄せてきたというのに、食べ頃アイスは跡形もないのだ。

ところが別のアイスなら冷凍庫の中にある。私は今日の仕事帰りに買い物に立ち寄り、そこでアイスを三つ購入していたのだ。

息子と娘と私が食べるための三つのアイスだ。

だがしかし、今日買ったバニラサンドクッキーのアイスは、同じアイスであっても今の私の口はそれじゃなくなっていた。

今の私の口はチョコチップ入りのバニラカップアイスだったのだ。

私は食べ時に至福の時を味わいそのアイスのポテンシャルを最大限に高めたいという価値観を持つ人間だ。

子供たちは自分の分のアイスを美味しそうに食べている。次は絶対横取りされたくない。だけどリスク管理の為にアイスのパッケージに名前を書くだとか、そういった対策をする気にはならない。家族にそんな不信感を抱いたまま『食べ頃』が訪れるのを待つのは私が求める日常ではないからだ。

現在私が仕返しする側のターンとなったが、仮に息子に対して倍返しの倍返しをしたところで恨み辛みは雪だるま式に膨れ上がるのだろう。

ならばここで負の連鎖を断ち切らねばならない。

私は真顔で注意喚起してから、念の為にと冷凍庫の中のクッキーバニラサンドを奥の奥へと隠した。

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