ウグイスがBメロを奏でる時
昼休み、屋外のベンチに一人腰掛けて、裏山から聞こえてくるウグイスの鳴き声を楽しんだ。
今日は天気が良くて、暖かい。
目を閉じれば、そこに流れる風に溶けてしまって、私という存在が分からなくなりそうな錯覚を起こす。
花粉センサーが敏感に反応し、私の意識は現実世界に戻った。目が痒いし、顔の皮膚がヒリヒリとする。それなのに、毎日ここで休憩を取ってしまう私は、一体何者なのだろうか。
多分、アホなのかもしれない。
たった1人の空間なので、豪快にくしゃみができるし、豪快に鼻だってかめる。
うぐいすと言えば、ホーホケキョ、だ。
口でも言えるし、口笛が吹ければウグイスに近づける。
しかし最近は、山から聞こえてくるウグイスの鳴き声が複雑化した。
ウグイスがBメロを歌い出したのだ。
ホケキョのAメロの後、文字にするには大変難しい、複雑化したBメロを響き渡せるのだ。
ケッキョッキョッ、ケッキョ、キョ、ケッキョ・・・(何度か繰り返す)と、私には聞こえる。
他人がそれを文字にしたらどう書くのだろうか。例えば10人で試しても、誰とも一致することはないのだろう。
ケッキョッキョッ、ケッキョ・・・。
しっくり来ない。まず、ケからして違う。あれはケに近い音だが、良く聞けばケではない。
そうだ。Aメロをホーホケキョ・・・と、今まで勝手に言ってきたが、よく聴くと、もっと複雑な鳴き方をしている。
文字に表すと、ホーホヒョヒョヒョ・・・。
ダメだ。文字になんて表せない。難しすぎて文字では書けない。
最近のウグイスは、生意気にAメロもアレンジし始めたようだ。
かなりの練習をし、くだけた味のある鳴き方に変わってきている。ウグイスも日々成長するのだなと、感じさせられた。
これだけ美しく雰囲気のある鳴き声を、一般的に言われている「ホーホケキョ」だろうと単純に済ませていた私は、ウグイスに謝らなければ、と真剣に思った。
4月になった。
私が座るベンチの隣には、いつも陽気に口笛を吹くおじさんがいない。
同じユニットだった同僚のおじさんは、元気にやってるかな、と少し心配になる。
私はその同僚のおじさんを、心の中で相棒と呼ぶほどに慕っていた。
彼は4月から異動になったので、今では顔を合わせることはなくなった。休憩時間も異なる。会わなくなってたった2日なのに、とても長く感じる。
異動の前日、彼はこんな事を聞いてきた。
「初めてワタシが襟瀬さんと仕事をしたときがゼロだとして、つまり、今の点数はいくつかな?」
と。そんな点数を聞かれて、私が答えてもいいのかと恐縮したが、
「10です」
と、迷わず答えた。
相棒は、10点か! と、ガハハと笑った。
「違います。10点満点の10ですよ。私にとってです。私にとってだから自惚れないでくださいね。自惚れたら異動先で痛い目見るといけないですから」
と正直に言った。
介護技術や知識も大切だが、それだけではなく、相棒の人との関わり方は神がかっていた。忙しさに介護側の心がロボット化しそうな状況であっても、彼は血の通った心のある人間だった。どんな時もそう。私は相棒に、それを勉強させられたのだ。感謝しかなかった。
「10じゃ足りないかもしれません。12ぐらいはあります。時と場合によっては5の時もあったけど。とにかく、一緒に働けて良かったです」
相棒は、少し照れたように笑っていた。
最後にホケキョの口笛をリクエストしたが、納豆を食べて口がネバネバで吹けないと断られた。そこは下手でも吹くところでしょ。と残念に思ったが、またそういう所が彼の味だ。だから、最終日は彼の18番であるエーデルワイスも聴けなかった。
私は口笛が吹けない。
カッスカスの空気が漏れたような見苦しい音は、口笛だとはいえない。しかし、強引にAメロに挑戦してみた。
魂を抜き取られたウグイスのような口笛が、かろうじて鳴った。
少し練習してみたが、全然だめだ。
生命が感じられないカッスカスのホケキョしか鳴らせない。私には口笛の才能がないようだ。時間の無駄なので、すぐにあきらめた。
それより、本場物の美しいそれを聴いていた方が心癒される。
すぐそこにある山でウグイスは鳴いている。
そのAメロとBメロを聴きながら、それを文字に表すとどんなんだろうと思い浮かべた。
それは難しすぎるから、適当な文字を仮として思い浮かべるしかなくなる。
そのうち、文字になんてしなくてもいいとあきらめた。考えすぎながら聴いていたら、色々と分からなくなって、どうでも良くなってしまった。
そもそも私がAメロだと思っていたホーホケキョは、本当にAメロなのだろうか。ウグイスにとってはイントロだったのかもしれない。BメロはAメロで、この先、もしかしたらサビのめっちゃ聴かせる凄いメロディーがあるのかもしれない!!
未知なるサビの部分を、私はこの先ここで聴けるのかもしれない。
だから決めた。 花粉が凄かろうが、黄砂が飛んでいようが、なんだか過去を感じて寂しくなろうが、私は未知なるサビのメロディーを聴くために、明日からもここへと通おう。
そう決心した昼休みだった。
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