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【読書日記48】『いつも異国の空の下』

中学三年生のとき
国語の教科担当だったT先生。
ベテランの先生で、
授業もとても分かりやすかったです。
ちょっとお茶目な、でも、
基本真面目な国語の先生って感じ。
国語が好きだった私は
いつも先生の授業を楽しみにしていました。

卒業も間近になった
最後の国語の授業の日。
「今日はちょっとお話しましょうか」
そうおっしゃった先生は
教科書を置き
いつもとは違う話を始められました。

それは、T先生というより
Tという「ひとりの女性」の話でした。

まだまだ子どもだった私は
「先生」が「先生以外の時間」を
持ってることにすごく驚いたんです。
今思えば、当たり前の話なんですけどね。
でも、そのときは
そんなこと考えもつかなかったから
本当に驚いたんです。
そして。

「したたかに、しなやかに」

先生は、そう板書なさって
「こんなふうに生きていきたいのよね、
なかなか難しいけれど」

笑っていらっしゃいました。

そんなT先生のことを思い出したのが
こちらの本です。

■『いつも異国の空の下』について

□石井好子
□河出文庫
□2012年2月
□760円+tax

河出文庫では2012年発売ですが
本書の底本は
1959年11月に刊行されたものです。
1959年…今から60年以上前!
でも、古くささはまったく感じさせません。
もちろん、出てくる人物は
昭和の著名な方ばかりです。
でも、書かれている内容は
今だって身に染みて分かるもの、なんです。

・ ・ ・

実は、私、
「石井好子」という人物
全く知らないまま本書を購入しました。

著者紹介を見ると
石井さんは
パリや日本で活躍されたシャンソン歌手で
エッセイも何冊か上梓されたとのこと。
ふと思いついてYouTubeを見たら
石井さんの歌われている動画が
いくつかありました。

それを見てみたんです。
そしたらね。

不思議なことに、
動画のなかにいる石井さんは
本書を読んで私が想像した通りの
声、佇まい、話し方でいらっしゃった
んです。
私、石井さんを
まったく存じ上げなかったのに。
あまりにも想像と合い過ぎて
ちょっとヘンな声が出ちゃいました(笑)

でも、それはきっと
石井さんが等身大のご自分を
ご自身の言葉で客観化して
本書を書かれたからだと。
言葉を大切にする歌い手さんだから
一つずつの言葉に
石井さんご自身が込められているからだと。
そんなことも思いました。

あと、YouTubeを見ていて、
これを生で聴いたらきっと
私、泣いてただろうな
と。
動画越しでも
伝わるものが圧倒的で圧巻な、
慈愛にあふれた歌声でした。

■念じれば近づく

あとがきにあるように、本書は
八年間に及ぶ外国での生活で
「結婚にやぶれた一人の女性が
あくまでも希望をすてずに
たたかって来た姿」
を書き留めたものです。

筆者は
「外国の空気を吸いたい」
「フランスでシャンソンの勉強をしたい」
そんな希望をごりごりと実現させていきます。

でもそれ、昭和25年の話なんです。
だから、めちゃくちゃ驚くんです。
だって、昭和25年って、
まだ戦後の香りが存分に残ってる時代ですよ?
その時代に、女性が身一つで外国に飛び込む。
その胆力、勇気たるや。
不安も怖さも全部、希望に変えて
彼女は単身米国からパリへ飛びます。

そして、そこからは
ある種のサクセスストーリーです。

・ ・ ・

私は「念じれば近づく」
信条にしています。
その後には、
「近づくためならどんだけでも頑張る」
と続きますが。
本書を読んでいると
この信条は間違ってないんだなって
ずっしり思えます。

筆者はパリで歌っていくために
さまざまな場所へ
貪欲に躊躇なく飛び込みます。
それはもう自分を信じて。
あふれる希望を盾にして。
「念じれば近づく」
それをあの時代に、異国の地で
がしがしと実践していくのです。

もちろん、イヤなことは山ほど起こります。
つらいこと、きびしいこと
自己嫌悪しかうまないこと、
ほんっっとにいろいろある。
それでも「歌って生きていくため」に。
彼女は来る仕事一つひとつに
全身全霊を賭けて歌い続けるのです。

そんななかで彼女のなかに育つのが
最初に書いた
「したたかに、しなやかに」
という生き方なのかなと思い至りました。
あ、もちろんこれは
私が勝手に考えたことで
本書には全く出てこないことです。
でも、あながち外れてもないかなと思ってます。

異国の地で、体ひとつでたたかっていく。
しかも、そこは生き馬の目を抜く芸能界。
少しでも気を抜けば、居場所を失う。
そんななかで武器になるのは、やはり
「したたかさ」と「しなやかさ」だろうと
そんなことを想像するのです。

そして。

最初からうまく立ち回るなんてできない。
でも自分の芯を曲げずに
楽しいものは楽しい。
つまらないものはつまらない。
人の意見に惑わされず、
自分の美意識をきちんと持ち続ければ。
したたかに、しなやかに
それを通し続ければ。
私は私らしく居られる。
そんな希望を教えてくれたのが
本書でした。

■まとめ

昭和25年から34年に
異国で、身一つでたたかった女性の
問わず語り。

そこにあるのは
今もある女性の生きにくさだったり
女性だけが持てるしなやかさだったり。
今読んでも、面白く
また、温かな希望の灯がともるエッセイでした。

秋の夜長に、ぬくぬくしながら
ココアなどと共にどうぞ。

■こちらもおススメ

①須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』文春文庫

②内田洋子『イタリアのひきだし』朝日文庫

#読書の秋2022

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