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スペイン・ビスケー湾の港町ゲタリアを世界に知らしめた名店「ELKANO」へ

渡西2日目。スペイン・バスク地方の自治体アチョンド(Atxondo)ではじめての朝を迎える。

カランカランカランというベルの音が聞こえる。

放牧されている牛の首についたベルの音で、牛が草を食べるために首を下にむけるとカランカランとベルがなるのだ。

その音は一方向からでなく、裏の山からも、向こうの丘からも、そこらかしこから聞こえる。鳥のさえずる声とともに。

目前にそびえるのはアンボット(Anboto)と呼ばれる山で、バスク地方では地域の信仰の対象にもなっている霊峰だという。どこまで日本の感覚で考えていいかはわからないところだが、バスク人たちにとってアンボット山は神聖で神秘的な場所であり憧れの場所なのだろう。

ちなみにスペインの行政区は、州の下に県があり、その下に自治体があって、さらに村などの地名がつく。僕たちが泊まったのは、バスク州ビスカヤ県アチョンド自治体のサンティアゴ(Santiago)という村。ここから歩いて20分ほどの隣村アチョペ(Axpe)の丘の上に前田哲郎さんが新しく出す店がある。

さっそく午前中のうちにアチョペ村を目指す。

カウベルをつけた牛たちがいたるところで放牧されている。
アチョペ村の中心地のSan Juan Plazaにある教会。
犬が前から向かってきた。
San Juan Plazaにある公会堂(公民館?)のような施設。もともとは駅舎だったという。
アチョペ村に世界中の食通を集める名店「アサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)」。明日食事をする予定だ。
San Juan Plazaで偶然Txispaのスタッフの福島紗弥さんに出会い、店の予定地まで案内してもらえた。ちなみに、工事中のTxispaには簡易トイレしかなく、用を足すために公共トイレを使いに降りてきたところを偶然出会った。
Txispaがある丘。写真で見えている建物の裏にTxispaはある。

建物は築200年という農家をフルリノベーションするという。もともとは、隣にあるホテル兼レストラン「Mendi Goikoa Bekoa」の建物だったそうだが、売りに出されていたところを哲郎さんが購入した。

2022年8月頃に哲郎さんに会ったときは、年内か年明けのオープンだったのが、今は4月のオープンの予定に遅れているという。というのも歴史的な建築物で、長い間さまざまな人の手が加えられており、たとえば壁を壊したら扉が出てくるとか、予想外のハプニングが多く難航しているというのだ(もちろんヨーロッパ特有の自然遅延も多分にあると思うが笑)。

事前に、「だいぶ工事中ですよ」と哲郎さんから聞いていて、心づもりはしていたのだが、思っていた以上に工事中で驚いた(笑)。まだまだじゃないかと。

ゲタリアの「ELKANO」へ

午後から最初の食事にでかける。

目指すのは、ゲタリア(Getaria)という港町。ビスケー湾(カンタブリア海)の最奥部にあるゲタリアには、ミシュラン一つ星で、世界のベストレストラン50にもランクインするレストラン「エルカノ(ELKANO)」があるのだ。

アチョンドから高速道路を使って車で1時間ほど。サン・セバスティアンに向かう途中にある。内陸からビスケー湾の海に出ると、景色は一気に異国感が漂う。日本では見ることができないような切り立った断崖絶壁の海岸線を走る。エルカノの予約は、初日なので旅疲れを考慮して14時からの遅めのランチにしていた(ちなみに予約は2週間ほど前にオンラインで)。

ゲタリアは、陸と続いた小さな島の付け根に開けた港町である。江の島のような島はサン=アントンという名の山で、ネズミに似ていると地元ではいわれているが、哲郎さんには鯨に見えるという。

ゲタリアの町が広がるのは、ネズミのちょうど尻尾の部分。小さな小さな港町だ。エルカノは、市役所などがある町の中心Gudarien Enparantza Plazaに面して建つ。

店の前では、この店を一躍有名にした炭火焼のコンロがあり、大きなエビやヒラメなどを鉄の網に挟んで炭火で焼いていた。

ミシュラン1つ星、世界のベストレストラン50で世界16位(2022年版)という日本でも知られるレストランだから、さぞラグジュアリーでさまざまな国の人が多いのだろうと想像していたが、拍子抜けするほどローカルでカジュアル。地元に根差したレストランという印象である。

実際、隣のテーブルでは6人ぐらいの老若男女のグループが楽しそうに食事をしていた。

メニューはアラカルトから選ぶ。哲郎さんも何度も来ているレストランということで、おまかせで選んでもらう。ちなみに哲郎さんの師匠にあたるエチェバリのオーナーシェフ、ビトル・アルギンソニス(Bittor Arginzoniz)さんは、エルカノの炭火焼のテクニックを学ぶため、店の前のカフェに座って炭火焼職人の仕事を覗き見ていたという。

当日の料理を簡単に紹介する。

スズキのマリネ
アジのスモークりんごジュース
オマールのサラダ
オマールの卵の炭火焼き。珍味っぽい味でおいしかった
ココチャ(メルルーサの喉) のコンフィ 卵揚げ 炭火焼き サルサヴェルデ
オマールの頭の炭火焼き 味噌のソース
カニのオーブン焼き
魚介のスープ。エルカノで必ず頼みたいメニューだと哲郎さん
オマールの卵
カレイ炭火焼き

港で獲れた魚を炭火焼で焼くというだけなのだけど心底感動するのはなぜなのか。レストランのマジックを感じるローカルの名店。

この店を有名にしたカレイの炭火焼。大きいのはもちろん厚さがすごい。身はふっくら。皮、皮と身の間のゼラチン質が焼けた香りがおしよせ食欲を刺激する。

上身が皿盛りで出てきたあとに、他の部位はテーブルで丁寧にとりわけてもらう。顔のまわりの肉やゼラチン質まで食べきる。調味料は塩とオイルのみ。

とくに印象に残っているのがメルルーサというタラ目の魚のココチャという喉の部位。やわらかく骨もなく、一口で食べられる。

1匹から少ししかとれない部位で、幅4~5㎝位。やわらかい食感と脂、ゼラチン質が一体になった部位で骨もない。ひと口で全てが完結するスペシャルな部位のおいしさに感動した。

この日は4種類の食べ方で。ボイル、コンフィ、炭火、サルサヴェルデソースにして食べ比べられたのもよかった。

支払いの伝票を入れるボックスもかわいい。

ちなみにエルカノの女性スタッフの制服は、クリストバル・バレンシアガのデザインだ。カジュアルでエレガントな姿は、少しやぼったい店の雰囲気に少しだけ格式を与えて、締まった食空間を作り上げるのに一役買っている。

またエルカノは、世界で初めて船による世界一周を成し遂げたイタリア人探検家・ファン・セバスチャン・エルカノからとられている。そのためエルカノの年内も船の装飾が多いのだろう。

港にはエルカノの銅像が1つじゃ足りなくなぜか2カ所にあったほど。

港に面した広場に立つエルカノ像。

食事が終わったのは17時半。たっぷり3時間半を使って贅沢な時間を堪能した。食後は、ゲタリアの港町を散策する。本当に小さな街で、エルカノというレストランがなければ、たぶん国外から来る人も少ないのではないだろうか。「エルカノというレストランがある港町のゲタリア」そう語られるレストランは、地方でレストランを開こうとする(いている)全世界の人が憧れるものだと思う。

エルカノは、1964年、ペドロ・アルレギ氏がオープンしたレストラン。当初は、旧市街の小さな路地に面した場所で魚を焼きはじめたそう。歴史遺産のように保存されている。
夕暮れのゲタリアの浜

バスク地方の特産ワインにチャコリがある。オンダラビ・スリという白ぶどうを用いた白ワインが主体で、フレッシュで爽やかな酸が特徴です。ゲタリアからアチョンドへの帰り道は、ゲタリアの裏山から帰るルートを哲郎さんが選んでくれた 。

裏山にはこのチャコリ用のブドウ畑が広がっていた。ブドウの栽培を垣根仕立てだけでなく、棚仕立ても併用して栽培しているのは興味深い風景だった。

チャコリ用のブドウ畑が広がる

アチョンドに帰ったら、哲郎さんのご自宅(もとはアンボット山の登山者向けの山小屋だった)にお邪魔させてもらった。妻の奈緒美さんと長女の小春ちゃんと半年ぶりの再会。小春ちゃん、すごく大きくなっていて、グイグイ動くのに驚かされた。どんな大人になるんだろうと考えるとなぜか涙腺がウルウルしてしまうのは歳のせいか。

サウナを楽しんだり、会話を楽しんだり。2日目の夜もまた楽しい時間がすぎていった。

(2023年2月15日)

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