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Txispaの坂道を上る自分を思い浮かべる~取材の1日と夜はシードル醸造所へ

スペイン4日目の朝。今朝も快晴。いい天気が続いている。今日は、前田哲郎さんの新店舗「Txispa(チスパ)」の取材である。

アチョンド(Atxondo)春の食材を使い、keicondoさんや笠間の作家さんの器に盛りつけていく 。

哲郎さんの料理とはどんな料理か。自分が感じたのは、熱源としての薪とともに、調味料としての薪(いわゆる香り)、そして素材とその素材からとった出汁を合わせていくことで、素材のエッセンスを抽出して最大化しようとするものだと感じている。

新しいレストランの胎動

Txispaは、スペイン語で火花をsparkを意味する「Chispa」をバスク風に表記した哲郎さんの造語である。薪火の火花を連想させるとともに、「Asador Etxebarri(アサドール・エチェバリ)」に勤めていた時期、師匠のビクトル・アルギンソニス(Bittor Arginzoniz)氏に言われた言葉であることが店名の由来にもなっているという。

哲郎さんがシェフのビクトル氏に新しい料理をプレゼンすることがある。よくできたと思った料理に「Txispaが足りない」というひと言を言われたことがあった。具体的なアドバイスがなぜないのかと当時は思ったそうだが、今になってその意味がわかるようになったという。

Txispaには、火花とともに、閃きや閃光といった、インスピレーションの瞬間を求めようとする哲郎さんの想いがあるという。新店は(2月の段階では)4月にオープンする予定だ。楽しみだ。

取材は、すでに公開されている「シェフと茨城」のほか、某料理専門誌の取材も同時に行った。

雑誌の撮影は、哲郎さんの紹介でエチェバリの撮影もしたこともあるというマリアーノさんにお願いした。

機材を積んでバルセロナから車できてくれたのは少々驚いた。距離は600㎞だから、東京から北に行けば青森、西に行けば広島まで行ってしまう距離。12時に到着してもらうようにしたのを考えると、なかなかにハードな移動だったのではないだろうか。

マリアーノさんは、スペイン語だけでなく英語も話せる。僕は英語は単語を並べてゼスチャーで話す程度。それでも、さとぅさんのスペイン語を借りながら、なんとかコミュニケーションをとっていく。

とは言え、たとえば写真の向きを縦にするのか横にするかとか、寄るか引くかといったことなど、撮影するうえで何を確認する必要があるかということは、万国共有だし、何を伝えておくといい写真が撮れるかというのも、かわらないので、コミュニケーションはある程度うまくできたと思っている。

マリアーノさんからも、どっちの方向にすると聞かれて僕が選んだ写真について「僕もこれっちの方がいいと思う」など意見を言ってくれるので、仕事がしやすかった。上がった写真にも満足している。誌面をつくるのが楽しみだ。

若いスタッフがTxispaを支えている

バスクに来て1年という「さとぅ」の愛称で呼ばれている佐藤壱樹さんは、哲郎さんとともに畑を管理している。もちろん営業時には仕込みの手伝いもする二刀流だ。実家がハーブ農家で、帰国したら実家を引き継ぎ、農家の持続可能性をバスクで模索したいと考えている。

右腕的存在の福島紗弥さん。じつは、紗弥さんがヨーロッパに渡る前、東京・虎ノ門の「つかんと」で働いていたときに、一度お会いしたことがある(Twitterの相互フォロー)。その時から、海外に出たいと言っていた目標が叶って、かつその滞在先で会えるというのは、なかなかに感慨深い。2022年11月にバスクに来たばかりながら、積極的に哲郎さんの料理を吸収しようと努めている。

「はまちゃん」の愛称で親しまれている浜辺真純さん。日本では薪鳥新神戸で働いていた経験があるそう。帰国して独立を目指しているそうです。このあとの日記にも出てくるが、アチョンド滞在の最終日の夜に、焼き鳥を焼いてくれたのは、とてもうれしかった。

駐車場からレストランへの道を思い浮かべて

前述の「シェフと茨城」に書いたり、この後雑誌に書いたりすることがあるので、何を書くかは難しいのだが、1つだけおそらく2つの媒体に書いていない(おそらく書かない)ことで、印象に残っている取材内容があるので、ここに書いておこうと思う。

Txipaの入り口とスロープについてだ。

哲郎さんはTxispaの駐車場を、裏側に作ろうとしている。いや、裏側というのは正しくないかもしれない。それは以前の建物では裏側であって、新しくできるTixspaでは、正面になるからだ。

もう少し丁寧に話すと、Txispaに向かう多くの人は、Axpe(アシュペ)村のセントラルからの上り坂をあがってくる。そうすると駐車場には、レストラン左に見ながら一度通り過ぎて、斜面を少し降りたところにある駐車場に車を止める。そうすると、70、80mほど、降りた斜面を再び登って店に向かうことになるのだ。

哲郎さんは、このことを周囲に話すと、「わざわざ店に来る人を歩かせるなんて馬鹿なことを」と言われたという。たしかに、エチェバリは、駐車場がすぐ隣にあって、歩くなんてことはない。

それでも哲郎さんは、わざわざ斜面を歩いて上がってTxispaに来てほしいという。

実際にその道を案内されると、哲郎さんがいう理由がわかる。

まずは、駐車場から降りると、Txispaの建物を抱きかかえるようにバスクの霊峰・アンボット(Ambot)山が迎えてくれる。この光景を見てほしいと哲郎さんはいう。

さらに上がっていくと右手に、10頭の山羊たちが暮らすスペースがあり、その向こうに、哲郎さんとさとぅが手塩にかけた自家菜園が広がる。

そしてレストランが近づいてくると、最初に目に入るのが、厨房の窓ガラスである。薪台の前に横長の大きな窓から、厨房の様子がよく見える。その日のゲストのために薪を炊き、食材の用意をする哲郎さんたちの姿を覗き見ることができるのだ。

(じつはこの薪台のまえのガラスは、高温にも耐えれるような高価なガラスで、哲郎さんのこだわりでもある)

つまり、駐車場からレストランに入るまでの間に、Txispaが大切にしていることのすべてを見ることができるのだ。

僕は、哲郎さんのこの感性がとても大好きだ。10人のゲストがきて、どれだけの人がこの上り坂にレストランのはじまりを感じとることができるだろうか。10人のうち2人?1人?もしかしたらその日のゲストのなかに、誰も感じ取れる人はいないかもしれない。でも、その日に感じとれなくても、レストランから帰る途中に気づくことや、まったく違う場所で(たとえば日本家屋に入った瞬間に)Txispaの坂道を思い出して「そういうことだったのか」という閃き(Txispa)にやられることもあるかもしれない。

無駄といば無駄だし、同じ場所で別の人がレストランをしたら、前と同じような斜面の上に駐車場を作ったかもしれない。そのレストランも、きっと素晴らしいレストランになるだろう。

そんなさまざまな空想がグルグルと頭のなかを巡ってもなお、やっぱりこのTxispaの坂道は哲郎さんの感性そのものであり、尊いものだと思う。それは、塩のひとつまみや、食材の見極め、器の選定と盛りつけといった料理人の主要な仕事と同じくらい、レストランにとって尊いものだと僕は思うからだ。

まだ完成しない坂道を見つめながら、数年後再訪する自分の姿を思い浮かべときにゾワっと身震いのようなものを感じた。

撮影は18時過ぎに終了。陽が沈む前に追われてよかった。

シードルを飲みながらおしゃべりするのが好き

夜は、Txispaのスタッフも一緒にシードルの醸造所に行く。

チャコリとともにバスクの名物酒がリンゴの醸造酒、シードルである。アチョンドから車で1時間程、前日のサン=セバスティアンのちょっと手枚にある「Bereziartua」というシードル醸造所(Sidreria)に行った。

この施設は、シードルの試飲ができるほか、併設のレストランで食事もできるということで、打ち上げにはうってつけだ。

試飲スペースには高さ4m位の樽が10個ほど並んでいる。すべて同じ年に仕込んでいるものだが、それぞれの見比べると味が違って面白い。グラスの側面に飛んできたシードルを当てて、すぐに飲み切れるような量(指二本分位)を入れる 注ぐ時は酸化させるけど飲みながらの酸化は不要なのだ。

高さ3、4mほどの樽についた蛇口をおじさんが捻るとジョワーっとシードルが飛び出す。みんな器用にグラスに注いでいく このおじさんが隣の樽に移動するとみんないっしょに大移動するのも、なんだかほほえましい。

試飲室の外での試飲を禁止しているシードレリアがあるが、こちらは外での試飲も可能(合法か非合法かは別として)。テーブルで話し込んで、酒がなくなったらみんなで試飲室に入ってまた話す。ここに来る人はみんな、シードルも大好きだし、シードルを飲んでおしゃべりするのが大好きなのだ。

今夜もまた、楽しい夜がふけていった。

(2023年2月18日)

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