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ムール貝の貝殻の秘密

そんなに頻繁には食べないけれど、誰もが一度は聞いたことがあるムール貝。美味しい食材としても重宝されていますが、そんなムール貝の貝殻もまだまだ未解明の科学の謎が残っています。

今回はそんなムール貝の貝殻に残された結晶の秘密を紹介していきます。

ムール貝の貝殻

これまでも何度か貝殻についての記事は取り上げています。貝殻は昔学校で見かけたチョークと同じ炭酸カルシウムという無機結晶によって構成されています。

貝は自らが持つたんぱく質によって、海中の物質を原料にして体の外側に固い炭酸カルシウムの殻を作り上げるわけです。より詳細に説明すると、その炭酸カルシウムの中でもカルサイトとアラゴナイトと呼ばれる異なる結晶構造を持つことが知られています。

しかし、現在もまだ貝殻が海洋中の二酸化炭素濃度(酸性度)にどのような影響を受けるかは分かっていなかったようです。

今回紹介する論文では、海洋の酸性度と貝殻の結晶構造の関係について調べています。

酸性の海では何が起こる

研究グループは、通常の二酸化炭素濃度を持つ海水と二酸化炭素濃度が高い酸性よりの海水でそれぞれムール貝(ムラサキガイ)を育てて、貝殻の様子を調べました。

その結果、確かに海洋の酸性度の違いによって貝殻に違いがみられました。

図を見るとわかるように、上半分は通常の海水、下半分は酸性度の高い海水を使った時の貝殻の様子を特殊な方法で観察したものです。

参考論文より引用

この観察方法はEBSDといって結晶の向きに応じて色が変わるって見えます。(そのように色を付けています。)このように見てみると、(ii),(iii)の図内で色が極端に変わっている様子がわかりますね。

この色の違いはカルサイトとアラゴナイトの違いです。簡単に言えば、同じ成分(炭酸カルシウム)なのに原子の並び方(結晶構造)が異なっているということです。

ところで、こんなことがわかって何になるの? と思いますよね。私も個人的な興味から面白いと思いつつも、研究のモチベーションがつかめませんでした。

ここで、一番わかりにくい左の図(i)を見てみてください。よく見ると、通常の海水を使った方(上図)が白く明るい様子がわかりますね。これは結晶であることを示しているようです。

一方で、酸性度の高い海水を使った下図はどちらかというと暗い印象を受けます。これは結晶ですらないということを意味しています。つまり、原子が規則的に並んでいないアモルファスと呼ばれる構造だったわけです。((i)下図のさらに下半分の暗い領域)

つまり、ムール貝は酸性度が高いと固い結晶を作ることが難しいということが分かったわけです。この結晶ではないアモルファスの炭酸カルシウム(ACC)はそれほど珍しいものでもありません。なぜなら、ときに生物はこのアモルファス炭酸カルシウムを利用して結晶化炭酸カルシウムを作り出すからです。

しかし、酸性度(二酸化炭素濃度)が高い海ではムール貝は結晶化炭酸カルシウムを作るのが少し難しくなり、アモルファス炭酸カルシウムのままの領域があることがわかりました。

研究グループはこの発見から環境変化によるムール貝の生態及び食料としての捕獲などについて少し触れています。ただ、個人的にはそれはそんなに大きなモチベーションに思えませんでした。

これは私個人の所感ですが、環境の変化と生物が作り出す結晶の関係性というのは実はかなり複雑なものではないかと思っています。というのも、生物が結晶を作り出す際には多くの場合生物が制御するタンパク質が影響します。

つまり、酸性下などの環境とタンパク質と結晶の関係というのが相互に関係しあいながら起きている現象といえるわけです。そういった観点で見るととても複雑な現象の一端をとらえた研究結果なのかなと思います。

最後に

今回は酸性下の海でムール貝(ムラサキガイ)が作り出す貝殻の秘密についてちょっと紹介しました。論文ではもう少しデータが示されていますが、個人的には少しデータが弱い感じも否めませんでした。

提示している話題としては面白そうなものだったので紹介しましたが、もう少し結晶構造に注目したデータや考察があってもいいのになと思いながら読んでました。

とはいえ、マニアックな話になりますが結晶とアモルファスの狭間というのは現代の科学を持っても完全に解明されているわけではありません。そのため今後も近隣領域での研究が進められていくでしょう。

参考文献

Biomineral shell formation under ocean acidification: a shift from order to chaos

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