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海底のスポンジが持つ最強のトゲ

深海には非常に奇妙で面白い生き物が暮らしています。

その中でも研究者たちが注目している生き物の1つとしてカイロウドウケツというスポンジ状の生き物がいます。トップ画の生き物です。

ぱっと見生き物には見えませんが、これも深海の生物なんです。

以前、カイロウドウケツの構造が未来の水中都市のヒントになるという研究を紹介しましたが、今回はカイロウドウケツがもつ非常に強い骨格の秘密に迫った論文を紹介したいと思います。

生き物が作る強い鉱物

カイロウドウケツとは?というところは上に載せた前記事をご覧いただければと思いますが、この生き物の骨格はシリカというガラスや水晶と同じ原料でできています。

このような生き物が作る鉱物をバイオミネラルといって、人間の骨や貝殻などもその一種です。そして、このようなバイオミネラルの多くは人間が人工的に作る材料よりも強度が高いという特徴があります。

その理由は、バイオミネラルが持つナノ構造です。

以前、貝殻は小さなナノレンガが積み重なった状態になっており、このナノ構造のおかげで非常に高い強度を持つという紹介をしました。

貝殻はこのような層状のタイルがたくさん重なってできている(参考文献より引用)

そして、今回はカイロウドウケツの根本で本体を支えるトゲの強度が非常に高いという点に着目して研究が進められています。

カイロウドウケツのトゲはなぜ強い?

貝殻の秘密なんかを知っていると、どうせカイロウドウケツのトゲも同じような原理なんだろうと想像できますが、厳密にはそうではないようです。

そもそも、貝殻は炭酸カルシウムでできた板状の物質で、対してカイロウドウケツはシリカでできたファイバー上のトゲになります。

カイロウドウケツと今回注目してるトゲ、その断面像。表層は層状構造になっているが、中心には芯が入っている様子がわかる(参考文献より引用)

研究グループはこの特殊な生き物のトゲの秘密を解き明かすため、よく似たTethya aurantia、通称オレンジパフボールスポンジと呼ばれる生き物と比較しました。写真を見るとわかりますが、どちらも生き物には見えませんね…

オレンジパフボールスポンジとトゲ、その断面。層状構造は見られない。(参考文献より引用)

実際にカイロウドウケツのトゲの断面をよく観察すると中心の層の周りに層状の構造がみられており、貝殻とは異なるものの何かしらナノ構造が強さの秘密になっているような様子をしています。

一方で、オレンジパフボールスポンジの方はつるっとした断面をしており、カイロウドウケツのトゲよりも弱そうですね。

研究グループはFIBと呼ばれる電子線を使ってミクロな切込みを入れて、トゲを折る実験をしました。このミクロな観察と強度評価から、強さの秘密を探ろうとしたわけです。

すると、意外な結果が見られました。

どうやら、カイロウドウケツもオレンジパフボールスポンジも深めの切込みを入れると強度は同じぐらいであり、一般的なシリカとそれほど変わらない結果を示しました。

折れた断面を見てみてもやはりあまり違いが見えない。いったいどうしたことかと思いますよね。

もう少し、真剣に実験データを見てみると、トゲの太さに対して浅めに切込みを入れたサンプルを用いると、カイロウドウケツのトゲは非常に高い強度を示したようです。

太さ当たりの切込みの深さに対する強度。切込みが浅いとE. aspergillum(カイロウドウケツ)の強度が高いことがわかる(左上)。一方で切込みが深いと、水色の線(通常のシリカ)よりも弱いことがある(中央・右下)。(参考文献より引用)

この結果から、カイロウドウケツのトゲの表面に層状になっていた部分は確かに強度に影響を及ぼしていたということが考察されます。つまり、表面の層に入った切込みから発生する亀裂のエネルギーは層によって緩和され、亀裂進展が起こりにくかったと言えます。

逆に深めに切込みを入れたサンプルでは層をすべて貫通してしまい中心の芯まで切込みが入ってしまったため、層構造がほとんど意味をなさず、強度が弱かったと言えます。

たしかにカイロウドウケツのトゲは他の生き物よりも高い強度を示すことが分かったわけですが、研究グループはそんなに単純な話でもなさそうだといっています。

考察の領域にもなりますが、複合的な破壊メカニズムが働いているだろうとも言っていますが、詳細は難しくなってしまうので、参考文献を読んでみてください。オープンアクセスなので誰でも読めます。

少なくともカイロウドウケツのトゲがオレンジパフボールスポンジや人工シリカより高い強度を示したのは結果として面白いですし、まだまだ研究の余地がある生き物だなと感じました。

最後に

今回は深海の奇妙な生き物カイロウドウケツのトゲの研究について紹介しました。生き物が作るバイオミネラルの不思議な特徴というのは本当にロマンがあるだけでなく、実用的にも重要な知見を与えてくれますね。

深海にはまだまだ魅力的な生き物がたくさんいるに違いありません。今後も面白い生き物の研究があったら紹介していけたらと思います。

参考文献

Lamellar architectures in stiff biomaterials may not always be templates for enhancing toughness in composites

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