見出し画像

【言語心理学講座】たったこれだけ?で「人が不愉快になる」ごくごく普通の質問とは?



■二重に不愉快を喚起する質問


言葉と心理が連動しているという考え方を説明する。どちらかというと言語よりも心理、その人の内面がどうなっているのかが先なので、言葉に現れてしまうという感じで受け止めるといい。最初、この投稿を読んでいる皆さんが僕から1つの誘いかけをされたとしよう。結論を先に書くと、たった1つの誘いかけだけで相手を二重に不快にできるということをやってみようと思う。皆さんが僕から1対1で話しかけられたと思ってほしい。

<質問> 今年の夏一緒にザンビアに行きませんか

何が二重に不愉快を喚起するかと言うと、疑問に思われる方がほとんどだと思う。まず、「ザンビアとはどこにあるのだろう」と思うはずだ。つまり、この時点でスムーズに通らない話をされているという不快感が喚起されている。そして、ザンビアに行くかどうかの答えはもちろんNOだろう。色々な事情があるけれども、そもそもザンビアはどこの国かも分からないというところでNO。なので、NOを喚起されたという状態になる。

この二重に不愉快な状態をたった1つの誘いかけで作ることができる。少し解説をすると、知らないことを言われると人は不愉快になるということだ。不愉快の強度は弱いこともあり、逆に強いこともあり、色々なケースがある。

例えば皆さんは分かっている共通言語を自分も振られて、自分だけが分からないとなると不快度は結構高い。話がスムーズに通らないことや身近にないこと、知らないことをさも当たり前のように話されると、不愉快だということ。加えて、答えとしてNOが喚起されることをわざわざ誘いかけられるとか、質問を受けるとか、言われるとかされると、究極「なぜこんなことを言うのか」「言わないでくれよ」と感じる。「ザンビアなんか行かないのは分かっているでしょう」という話だ。なので、人にNOを喚起すると、その人を不愉快にできるという、テクニカルな心理術のようなところがある。

多分このようなことは皆さんも日常でやっていて、自分が分かる言葉で自分なりの言い方をしたら、話をした方はこう解釈しているけど、話を聞いた方は別の解釈をしていて、全く話がすれ違っているということがあるだろう。話が通らないということだ。これはコミュニケーションミスと言われる現象だ。不愉快になることはたくさんある。例えばはっきり言わなくても、人は注意されるとちょっと不愉快になるということがある。確かに言っている内容はその通りだから気を付けようとなるかもしれないけれど、もう注意を受けた時点で不愉快だろう。


■悪いニュースを持ってきたヤツは悪い


心理上は悪いニュースを持ってきたやつは敵だみたいなところがある。なので、天気予報士がテレビで、明日ものすごい雨になるとか、天候めちゃくちゃ悪いと言うと、「あいつむかつく」と容易になる。実際に苦情が来たりするということがある。「明日雨とか言いやがって」みたいな言いがかり。その部分だけ切り抜くと、頭が悪いのではないかと思ってしまう。だけど人は瞬時にそうなるもの。悪いニュースを持ってきたやつが悪いみたいなことになる。否定を換気すると人は不愉快になる。そして分からない、知らないことを言われると、人は不愉快になる。


■相手からYESをとる方法


営業トークなどでは「NOと言うと不愉快を感じる」という流れを逆転させて、相手から5回~6回くらいYESを取る質問をすると相手に買ってもらいやすくなるというようなことが言われている。心理上は正しくはないけど、間違ってもいない。ではどのようにYESを取るのかと言うと、「今日いい天気ですよね」とか、相手の人が先に来ているのが分かってる状況で「迷わず来れましたか」とか言うとYESを取れる。そういうテクニックがあると言われている。効果は眉唾だ。だから、そういうテクニカルなYESを取る質問ばかりしてくる人は、逆に怪しいなと思った方がいいということだ。


■思考プロセスで感じる不快感


YESとかNOを喚起されても不愉快になるということがある。前回の質問は、「今年の夏一緒にザンビアに行きませんか」と言われると二重に不快だが、一方、「今日はいい天気ですね」とイエスを喚起されても通常嫌な気持ちになることはない。しかし、YESの喚起で嫌になることがある。それが次の2つ質問。

① 鳥は飛びますか

心の中で答えが出ただろう。

2つ目の質問は、

② 鳥は歩きますか

これも心の中で答えが出ただろう。

どちらもYESの答えが出たと思う。しかし振り返ってみると、飛びますかの方と歩きますかの方で答えが出る速度が変わったことが分かるだろうか。鳥は飛びますかの方がほぼすぐ答えはYESと出たと思う。でも鳥は歩きますかという質問をすると、一瞬間が空いてからYesが出たはずだ。これがなぜかは何となく予想がつくと思う。単純に人の頭の中に鳥イコール飛ぶものというインプットがある。例えば神戸にいて、東京に行くなら新幹線か飛行機だみたいな頭になる。そういう頭になっていると、人は早いYESを出しやすいと言える。そういう頭になっていないと、つまり方程式にないことを言われると1回方程式を組み替えないと答えを出せなくなるので、「鳥は歩きますか」と言われると、「鳥は動物です。動物は歩きます。」みたいに、1段階思考を挟むことになる。思考をする段階で間に何を挟んでいるのかということが人によって微妙に違うということもある。

というわけで理解を促進させるのにステップを挟めば挟むほどストレスを感じるという風にできている。先ほどのNOの方はザンビアがどこかを知らないというように、答えが知らないものだったが、我々は鳥が歩くことを知っている。だからYESを出せるのだが、YESを出した場合でも、その答えに行きつくプロセスの多さによって不愉快を感じるようにできている。というわけでYESをとれれば不快に感じないのかと言うとそういうことでもない。




フォローやシェアをしていただけると嬉しいです。 よかったら下記ボタンからサポートもお願いします。 いただいたサポートは大切に松原靖樹の《心の栄養》に使わせていただきます!