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大阿闍梨

東北の山奥に千日回峰行を成した僧侶がいると知ったのはいつだったか…。

約千日、ただひたすらに悟りに近づくために命がけで修行をするという。

それはまさに生きるか死ぬかの修行。

成し得た僧侶は大阿闍梨と呼ばれる。



その大阿闍梨が月に2回、説法をするというので行ったことがある。

あれは夏ー。

狭くはなくとも、たくさんの参拝希望者のために先着順で入場が規制される。

お堂は気温と熱気で暑い中
まずは護摩焚きが行われた。

燃え上がる炎と読経の音。
それはまさに声というよりも、音だった。

人々の願いを載せた炎は護摩木を焚べるたび、どんどん立ち上がっていく。

ちょっとしたトランス状態にも見える。

人々の願いというエゴを、この大阿闍梨は身を呈して浄化してくれているのか。

ただただ圧倒された。



やがて、少しずつ火は弱まり
大阿闍梨の説法が始まる。

手っ取り早く幸せになりたいと願う私などには耳の痛い話だった。

あぁ 本当にそうなのだ。
当たり前のことを当たり前に
丁寧にすることが生きるということであり
そこに幸せを見出せなければこの先の幸せもないのだ。



ありがたいお話。

もうすぐ梅雨も明け、本格的に夏がやってくる。

急ぎすぎている毎日を調整しながら
今を丁寧に、大切に生きよう。

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