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第二章「石の港」


第一節

「そろそろみなとじゃな」なみられてはや六日むいかとおくをえてはなたれたアルファのこえに、うずくまっていたあたまをゆっくりとげる。
ふねにはれたつもりだったけれど、大船おおぶね小舟こぶねではまたれかたがちがう。こちらも大分だいぶかなくはなった。でも、ぐわんぐわんとおおきく船体せんたいなみてば、それをうようにあたまがたわむかんじがする。
「リィレや、ちぃとばかりわってくれんかのう。アウリンふう変装へんそうをせんといかんきに」そういうとアルファは位置いちをぼくにたくして、かお一面いちめんになにかをりはじめた。

「ミリテスであることをかくさないといけないんですか?」
「うむ、みなと者共ものどもは、異種族いしゅぞく敏感びんかんというか、自分じぶんらとちが見目みめものにあまりかおをせんでのう…。嗚呼ああなぁ見目みめ普通ふつうのアウリンとわらんから、すんなりれてくれるじゃろうな。安心あんしんせい」ただねんためつばさかくしておくんじゃぞ、ほれ。と、化粧けしょう合間あいまをぬって、ばさりと外套がいとうわたされる。

「なんか、イヤだね。そういうの...」わたされた外套がいとう羽織はおりながらつぶやいたことばに、アルファはすこし苦笑にがわらいをしながら、「わぁおもわんことはないが、過去かこ異種族いしゅぞくから海賊行為かいぞくこういでもけたんじゃろうて」かお首元くびもと、うなじ、うで次々つぎつぎれたつきでっていく。

「グリテスにはとくきびしくあたるさまるに、おそらくバーディン海賊団かいぞくだんおも天敵てんてきではなかろうかのう。まったく、此方こちらとしては迷惑めいわくじゃい」りのばした化粧けしょううえさらこまかい模様もようえがいていく。
「あいつら、頻繁ひんぱんにこのあたりにあらわれるんですか?」
いなむかしかずおおかったようじゃが、ここ数十年すうじゅうねんはナリをひそめてるのう。なぁらをおそったのもバーディンだったか?めずらしくあらわれたとおもえば、またとおところたもんじゃ」

よし、こんなもんかのう、とアルファがいうと同時どうじでいくつかのしるしをむすび、そのながれで両頬りょうほほをたたく。その瞬間しゅんかん全身ぜんしん化粧けしょうがぼわり、といきおいよくけむりをはなち、けむりれたころには、ぼくのまえにはアウリンの青年せいねん姿すがたをあらわしていた。

「す、すごい!本当ほんとうにアウリンにえますね!」おどろきのこえをあげると、「そうじゃろう、そうじゃろう〜」と得意とくいそうにアルファがのけぞった。
魔力マギアこもった白粉おしろいうえじんこと発動はつどうする魔術マギナじゃ。魔素フォルマではなく魔力マギア状態じょうたいこなちから定着ていちゃくさせるのがわざりでるのと、こうして発動はつどう準備じゅんび手間てまこそかかるが、ミリテスにも容易よういあつかえるすぐれものでのう。なにより発動はつどうしてしまえば三日みっかつし、みずちることい。わぁ祖先そせんしたものなんじゃが」
「アルファのご先祖せんぞさまが?」
「エルフとミリテス、双方そうほうものゆえ発想はっそうよな。祖先そせんながら敬服けいふくいたりじゃ」

***

みなとにつくと、アルファは馴染なじみの宿屋やどやがあるといい、まずはふなからすぐの宿屋やどやかった。
六日むいかほどみずびもせず小舟こぶねうえにいたから、ぼくらのからだすこし、いや、正直しょうじきかなりにおう。
みなとふなりさんたちからは、「オレからすればちびっとあせくさ程度ていどだぜ」とわらわれたけれど、こんなにながあいだみずびをしなかったのはまれてはじめてだ。

「ザーヴァン、二ヶ月にかげつぶり?ほどかのう?あれからこし具合ぐあいはどうじゃい」
「おうアルファ!どうしたオメェ、いつものれにしてはえらく間隔かんかくみじけぇじゃねえか。なんかわすれたか?」こしはオメェの処方しょほうしてくれた湿布薬しっぷやくのおかげでだいぶくなったぜ、と、たるのように体格たいかくのいいおじさんがかおした。

此奴こやつはザーヴァン、みなと商会しょうかい仕切しきっておるオヤジじゃ。ザーヴァン!早々そうそうまぬが風呂ふろってはくれんかのう?」ぼくにかる紹介しょうかいをすると、アルファはそのおじさん――ザーヴァンさんのほうなおってお風呂ふろのおねがいをする。
「おう?そいつぁかまわねぇが、オメェいつからそんな風呂ふろきになったんだ??それともそこの坊主ぼう潔癖症けっぺきしょうかなんかなのか」

「うむ、ちぃときで貴族筋きぞくすじ送迎そうげい依頼いらいけてのう。今回こんかいしではく、のボンをレインティアまでおくとどけるんじゃ」
「カァーッ、レインティアっつうと、やまこうの聖地せいちじゃねぇか!また随分ずいぶん遠出とおで依頼いらいけたもんだなぁ」ガキどもはほうっておいていのかよ?おどろきながら、つるっとしたひたい一叩ひとたたきする。

「なに、前回ぜんかいしでルダに舟道ふなみちおしえたでのう。彼奴きゃつらもからだはそろそろ立派りっぱ大人おとなじゃい。精神的せいしんてきにも自立じりつさせんとドドやレイにかお出来できんわ。にもかくにも、風呂ふろりでたのむぞい。かねはしっかりはらゆえ!」アルファがをつむりながらわせると、ザーヴァンさんはアルファの背中せなかたたきながら、
「なんだい、みずクセェ。オレとオメェのなかだ、宿泊料しゅくはくりょうだけで勘弁かんべんしてやらぁ!丁度ちょうどあと数刻すうこく風呂ふろ掃除そうじはい時間じかんだ、ちゃちゃっとはいってきちまいな!」

「おお、れはがたいのう!すくなくないがくってたつもりではるが、路銀ろぎんおおいにしたことはないゆえ
アルファがいうと「ちげぇねえ」とザーヴァンさんはガハガハわらった。

更衣場こういばめるとき、「おお、そうだぼうちゃん」とザーヴァンさんはおもしたようにぼくにこえをかけた。

「この商会長しょうかいちょうザーヴァンの直営宿ちょくえいやどは、みなと一等いっとう風呂ふろりだからな!長湯ながゆはさせてやれねぇが、サッパリたのしんできな!」

第二節

とびらけると、むわっとあたたかなきりがぼくをつつんだ。
あたり一面いちめん湯気ゆげいずみだ。もしかして、このみなとではお使つかってみずびをするのだろうか。
ぼくがもじもじと戸惑とまどっていると、「おう、もしかして、リィレはみがはじめてでるのかのう?」とアルファがかおのぞんできた。
「は、はじめてです…火傷やけどとか、しないんでしょうか」そうかえすとアルファは「あっはっは」と微笑ほほえましそうにわらばした。
れんものはするかもれんのう〜」とつづけ、それから大浴場だいよくじょうのすみにあるいずみをゆびさして、「もし不安ふあんるなら、あの湯槽ゆぶね使つかうとかろうて。れははだよわ者達ものたちために、ぬるまめてるきに」

アルファにすすめられた湯槽ゆぶねにむかい、おそおそ足先あしさきをつけてみる。じんわりと、あたたかかな感覚かんかくがつたわる。
こしのあたりまでしずみ、通気窓つうきまどそばのふちにこしけると、スッとしたいそかおりと涼風りょうふうはなひたいをなでた。

いつものひやっとした刺激しげきがないぶん、意外いがいにもからだがすんなりとれてくれる。やわららかくふやけていくような感覚かんかくは、普通ふつうみずびよりきかもしれない。
これはながはいっていられないのがしいな、とおもいながら、ぼくはアルファにこえをかけられるまではじめてのみをたのしんだ。

***

早朝そうちょう宿やど食堂しょくどう丁度ちょうど仕込しこみの時間じかんだったので、ぼくらは朝食ちょうしょくつくろうために市場いちばかった。

そこにはたことのない果物くだもの野菜やさいがたくさんならんでいて、いろとりどりのばしたような光景こうけいは、人々ひとびとこえけずおとらずのにぎやかさがあった。

乾物類かんぶつるい故郷こきょうへの帰路きろえることができたので、半年はんとしごとに交易団こうえきだんがたくさんけてくれていたのだけれど、長旅ながたびえられない生鮮食品せいせんしょくひんはおみやげばなしくにとどまっていた。だから、自分じぶんられたことにひとしおの感動かんどうをおぼえる。

「うむ、感涙かんるいしているようなにより。此方こちられてきた甲斐かいるというもんじゃ」
「…ぼく、そんなにかおてました?」
みなとてからはわりにキラッキラのお目目めめじゃのう」
よくからないけれど、なんだかずかしくなってきた。これからはなるべくかおさないようにをつけよう。

かおにしながら市場いちばながめていると、れた果物くだものをみつけあしまる。
「ルルベルのだ」ぼくがつぶやくと、アルファは興味きょうみありよこからかおをだす。
果物くだもの乾物かんぶつじゃのう。なぁしまでもれるものか?」
「はい、ぼくのしまでもあつかっている交易品こうえきひんのひとつです。これとおなじように乾燥かんそうさせたものや、発酵はっこうさせておさけにしたものをたくさんふねせているのをたことがあります」なまべると中々なかなか個性的こせいてきあじなんだけど、とくわえながら、おさな渋顔しぶがおをしたぼくをおもした。これはじいやの好物こうぶつだ。なまモノをべる習慣しゅうかんがないぼくらなのに、あまりおいしそうにべるものだからしつこくせがんで、ひとくちけてもらった記憶きおくがある。記憶きおくなかのおぼろげなあじ鼻先はなさきをかすめ、おもわず苦笑にがわらいする。

「ふむ、果実酒かじつしゅか…。折角せっかくじゃからついでにってくとするかのう。リィレにとっては故郷こきょうあじじゃ、なぁには乾物かんぶつほう一袋ひとふくろつくろおう」
「あ、ありがとうございます…」あの一件いっけん以来いらい、ルルベルのくちにしていないのだけれど、アルファの好意こういらないのも…とひるんでいると、ぼくの一袋ひとふくろ乾物かんぶつがわたされる。ながれるようなさばきで会計かいけいまされていき、ぼくは只々ただただれいをいうことしかできなかった。

あれからずいぶんとっているし、これは乾物かんぶつだから、あじ多少たしょうちがうはず…もしかしたら、おいしいとおもうかもしれない。あとで、挑戦ちょうせんしてみよう。うん、あとで。

第三節

朝食ちょうしょくませると、ぼくたちはそのまま伝言屋でんごんやさんと手紙屋てがみやさんにくことにした。まずは伝言屋でんごんやさんだ。
市場いちばたりをひだりがって、三回さんかい階段かいだんがったさき通路つうろふたつめのかどまですすみ、そこから右手みぎて階段かいだん十五じゅうごだんりたところにある、らしい。なんだかややこしい。

みち途中とちゅう視線しせんかんじたようながしてをむけると、おくの通路つうろおおきなねことおったがした。

伝言屋でんごんやろう夫婦ふうふやさしい笑顔えがお伝言でんごんをことづかってくれた。
まちについたらまずは伝言屋でんごんやること。これはくにからくにたびをするものたちのまりごとらしい。まんいちはぐれてしまったときのためにと、たびまえにじいやからもおそわっている。まさかこんなはぐれかたをするなんて、ゆめにもおもっていなかったけれど。

***

つぎ手紙屋てがみやさん。こちらは伝言屋でんごんやさんのうらにある細道ほそみちから、ちょうどまちのまんなかにある広場ひろばたあと、文房具屋ぶんぼうぐやさんのとなり階段かいだん二回にかいりてみぎおど、だそうだ。

「ふむ、手紙屋てがみやけば道具どうぐ一通ひととおそろってるが、たび途中とちゅうなにかしらをめたいことるやもれぬな。リィレや、しい道具どうぐれば遠慮えんりょなくってくれい」アルファがそういってくれたので品物しなものてまわっていると、一冊いっさつ日記帳にっきちょうにとまる。真鍮しんちゅう細工ざいくがきれいだ。みょうに既視感きしかんかんじるのは不思議ふしぎだけれど、これに日記帳にっきちょうを、あにっていたのかもしれない。

「おされたものはありましたか?」文房具屋ぶんぼうぐや店主てんしゅさんがニッコリとこえをかけてきたので、「ええと、この日記帳にっきちょうとか、きれいですね」とかえした。
「いいですね!この日記帳にっきちょうわたしもおりなんです!一説いっせつには、むかし砂漠さばくんでいた少数しょうすう民族みんぞく紋様もんようとのはなしもありますよ」
砂漠さばく民族みんぞく…」砂漠さばくというのはすなでできたうみのことだと、むかしじいやにいたことがある。砂漠さばくにもしまがあるのだろうか。なんのもなしに、まどからすなうみながめながら日記にっきをつけるぼくを想像そうぞうした。

日記帳にっきちょうといくつかの便箋びんせん万年筆まんねんひつい、文房具屋ぶんぼうぐやさんをたところでまた視線しせんかんじる。

おんなだ。おおきなねこではなく、くろずくめのおんな。よくらすと、くろ頭巾ずきんからは銀色ぎんいろひかかみしろ獣耳けものみみれている。ぼくは絵巻えまきなかでしかたことがないけれど、ねこのような特徴とくちょうにアウリンてきからだつきはおそらくクーガーぞくだ。

こちらがらしたことにづいたのか、おんなはまた、スッとおくのみちえてしまった。

***

あと数刻すうこく太陽たいよう真上まうえかがやくころ。このまちでの用事ようじをすべてませたぼくらは、ザーヴァンさんの酒場さかば食事しょくじたのしんだ。

べた料理りょうりはすべておいしかったけれど、なかでも宿屋やどや一番いちばん人気にんき料理りょうりだというさかなとオリーブのスープはすごかった。
まるまる一尾いちび使つかったスープは大迫力だいはくりょくだし、かわもパリパリにかれていて、にんにくのいたスープに絶妙ぜつみょうこうばしさをあたえてくれる。
しまでもふもとまでいけばさかな料理りょうりべられたけれど、こんなに刺激的しげきてき料理りょうりはなかったとおもう。交易団こうえきだんひとたちはれているだろうから、この料理りょうりふもとむらにないのはしまでの再現さいげんがむずかしいからかもしれない。なんとか代用品だいようひんつくれないかなぁ。

はなしいてくれないの?ちょっと横暴おうぼうがすぎるんじゃないかしら」

食事しょくじえておなかやすめていると、なにやら酒場さかば入口いりぐちほう店員てんいんさんとおきゃくさんがめているようだった。
なに横暴おうぼうなもんか。害獣がいじゅう空気くうきはここにはねぇぜ、さあかえったかえった!」
納得なっとくがいかないわ。あたしはただ、迷子まいごになったいもうとさがしているだけよ。なに危害きがいくわえていないし、くわえるつもりもない」
くわえるくわえないの問題もんだいじゃねえんだよ!おまえみたいなのがみせはいってきたら、ほかきゃくていっちまう。それだけでも立派りっぱがいだぜ」
おんなひとさきほどかけた少女しょうじょた、銀髪ぎんぱつしろ毛並けなみのクーガーぞくだった。

「おうおう、おれみせごとこすやつはどいつだ?」喧騒けんそうなかでも一際ひときわひびぶとこえで、ザーヴァンさんが酒場さかばおくからどすどすとやってくる。
「ザーヴァンさん!こいつ、獣人じゅうじんのくせにみせなかにズカズカんでやがったんです」
「どんなやつでもかねはらえばきゃくだろう?おれ対価たいかった対応たいおうをするまでだぜ」そう店員てんいんにいっておんなひとすザーヴァンさんに、おんなひと銀貨ぎんか数枚すうまいわたそうとするが、「じゃあおれはこいつをすのに銀貨ぎんか十枚じゅうまいだ」「おれ銀貨ぎんか五枚ごまいすぜ。けものくささがめしうつっちゃたまらねえ」ほかきゃくたちがんできてその自分じぶんたちの銀貨ぎんかをのせていった。

ぼくがかおをしかめる となりであきれたかおのアルファがくびり、「やれやれ…。其処そこ御仁ごじんはなしはザーヴァンのわりにわぁゆえ一度いちどまちそとこしけようではないか」
いたいことがないわけでもないけど、ここは大人おとなしくそうしたほうさそうね。わかったわ、さきもんそとってる」そういうと さっさと外套がいとう全身ぜんしんかくして、おんなひとていってしまった。

「すまねぇな、アルファ。まちやつらも大分だいぶおだやかにはなったんだが、こういうのが完全かんぜんくなるにはまだ時間じかんがかかりそうでよう」日常にちじょうもどして活気かっきづく酒場さかばこえひそめるように、ザーヴァンさんは小声こごえみみちするようにあやまった。
「なに、わぁにはじゅつるでな、あのむすめにはわるいがあまりむでないぞ。それに三十年さんじゅうねんほどまえくらべれば、アウリン以外いがいもの町中まちなかあるけるだけでも大進歩だいしんぽじゃて」
おれとしてはそろそろ異種族いしゅぞくへの偏見へんけんててしいところなんだがなぁ…あのねえちゃんにはおまえさんからあやまっといてくれ」そういってねえちゃんへのおびのしなだとしてきたお弁当べんとうつつみを、アルファはまた苦笑にがわらいをしながらけとっていた。

***

まちから街道かいどうへつづくもんると、もんからすこしはなれたかげに、さっきのおんなひとりかかっていた。

「ザーヴァンから謝罪しゃざいびのしなもらったぞい。随分ずいぶんえてはたが、あのまち海賊かいぞくどもからけたきずがまだのこっておるゆえ、ああいう過激かげきものすくなくい。なぁ壱分いちぶわるくはいのじゃが、どうかゆるしてやってもらえるとがたいのう」そうアルファがあやまるとおんなひとくびって、
「こちらも情報じょうほう不足ぶそくだったわ。最近さいきんわたし故郷こきょうからあのみなとけにひともいるといていたから、てっきりもう差別さべつはなくなってるものとおもってた。いもうとうらないにも払拭ふっしょくそうているといていたし、がらにもなく油断ゆだんしたわね」
「ほう、妹君いもうとぎみうらなか。そういえば酒場さかばでも妹君いもうとぎみことはなしてったが、はなしうのは妹君いもうとぎみ行方ゆくえみかのう?」
「あら、はなしはやくてたすかるわ。そうなのよ、あの、しょっちゅう ぼうっとしてるから…。あたしもあまりはなさないようにはしていたんだけれど、食糧しょくりょうけをしているあいだにふらっとなくなっちゃって」ためいきをつきながら眉間みけんおさえる。

「あの…ぼく、そのいもうとさんをかけたかもしれません」
本当ほんとうに!?なんてこと、ようやくかがりをつけたわ!あのはどこにたかしら?」
伝言屋でんごんや途中とちゅうみちと、文房具屋ぶんぼうぐやちかくでました。があったらすぐにおくかくれてしまいましたが…」いろおなじだし、たぶんあのであっているはず。

「あの、そんなおくまでってしまっていたのね。すぐさがしにかないと」いそいでまちもどろうとするおんなひとを、アルファが「まあてい、娘御むすめごよ」と制止せいしする。
昼飯時ひるめしどきもそろそろ仕舞しまいじゃ。先程さきほど酒場さかば者共ものどもはちわせることるかもらんゆえ妹君いもうとぎみ捜索そうさく我等われらまかせて、なぁ此処ここ弁当べんとうでもひろげてたれるがかろう」
けれどおんなひとまゆをしかめて「悠長ゆうちょう食事しょくじをしているにはなれないわ。それこそあのが、酒場さかばやつらみたいな差別さべつ主義者しゅぎしゃからまれていたらとおもうとじゃないもの」
「ううむ、難儀なんぎじゃのう…。あいかった、いそゆえ部分的ぶぶんてき処置しょちにはなるが、なぁわぁ変化術へんげじゅつさずけよう。ぶかものにもけばいのじゃが…」そういうとアルファは化粧けしょう道具どうぐ準備じゅんびしはじめた。

第四節

イザベラと名乗なのったおんなひとと、アルファ、そして ぼく。
変化へんげ施術せじゅつ、この三人さんにんけしてイザベラさんのいもうとさん――ハーニャさんというらしい――をさがすことにした。

伝言屋でんごんやさんと手紙屋てがみやさんのときにもおもったけれど、このまちはすこし無意味むいみ段差だんさ脇道わきみちがおおい。ぼくのしまにも階段かいだんおおかったから、のぼりはそんなにおもうことはない…にしても、のぼったさきで、すぐおなじくらい階段かいだんりたりするのはなぜなんだろう。

おそおそまちひとにハーニャさんのことをいてみた――さいわい、差別的さべつてきひとには出会であわなかった――けれど、全員ぜんいん獣人じゅうじんおんなていないようだった。

最初さいしょかけたのがうら路地ろじのほうだったので、ぼくはひとどおりのすくない細道ほそみち中心ちゅうしんさがすことにした。

細道ほそみちはいってしばらくさがすと、みちはしにちょこんとうずくまっている、まりをかかえたおんなつけた。おひるかけたあのだ。

きみは、もしかしてハーニャさん?」
「…ハーニャ、名前なまえ、です」こちらをげて数秒すうびょうつめたあと、自分じぶんゆびしながらこたえる彼女かのじょ
「よかった…!おねえさんがずっとさがしてたんだよ、一緒いっしょにおねえさんのところへもどろう」安堵あんど気持きもちでしだす。

くきゅるるる。
ふいに子猫こねこさけびのような、可愛かわいらしいおと彼女かのじょのおなかがなった。イザベラさんのはなしによればおひるまえから迷子まいごになっているのだから、当然とうぜんといえば当然とうぜんだ。なにべさせてあげなきゃと周囲しゅういわたすけれど、ここは住宅じゅうたくがい小道こみちみたいで、ものっているおみせちかくになかった。

「えっと…ルルベルのの、したやつならってるよ。よかったらどうぞ」そういえばと今朝けさアルファがってくれた乾物かんぶつがあることをおもし、ハーニャさんにしだす。彼女かのじょおそおそはなちかづけてくんくんとにおいをかぎ、おずおずとった。

「…おいしい、です」
「そっか、よかった」
「あり、がと…」
彼女かのじょくちにはったみたいだ。
のこさんまでほおったあとに、はたとづいたようにふくろぼくのほうへしだしかえす。ちょっともじもじしている様子ようすからさっするに、ぼくがべていないのに全部ぜんぶべてしまうのはがひけたのかもしれない。
ひとべさせて自分じぶんべないのは、なんだからないものを都合つごうよく処分しょぶんしているような気持きもちになるので、ぼくも一粒ひとつぶつまみげてくちほうむ。
ぎゅっとまった甘味あまみ酸味さんみくちなかひろがる。芳醇ほうじゅん果実かじつかおりは、おさなころのえぐのあるあじとはおおきくちがっていた。

「おいおい、こんなところにも害獣がいじゅうがいるじゃねえか」
ふいに、がらのわるいおじさんたちがぼくとハーニャさんにはなしかけてきた。
いろおなじだなァ、あの獣女けものおんな家族かぞくかぁ?」どうやら酒場さかばでイザベラさんをしたやつらの仲間なかまみたいだ。
「か、彼女かのじょさないでください」
「なんだァ?このがきんちょは。アウリンのくせけもの味方みかたしようってか」

おびえるハーニャさんをかばうと、つよめに手首てくびつかまれひねられる。いたい。
かおゆがめるけれど、そのとき、突然とつぜん小石こいしんできて、つかんできたおじさんのこめかみにいきおいよくぶつかった。
「ぐぁッ」おじさんはみじか悲鳴ひめいをあげてたおれこむ。

のこったおじさんがぎょっとして小石こいしんできたほうくと、細身ほそみ青髪あおがみひとが ぬっ…とぼくたちとおじさんのあいだはいってきた。
アウリンの髪色かみいろ大抵たいてい金色きんいろ亜麻色あまいろ栗色くりいろなどなので、あおかみひとるのははじめてだ。はじめてのはずなのに、ぼさぼさのあおかみをなびかせるそのうし姿すがたに、何故なぜかひどくなつかしい気持きもちをおぼえた。

「な、なんだぁ?この毛玉けだま野郎やろう!」
不気味ぶきみやつめ、やるってのか!?」
口々くちぐちにおじさんたちが威嚇いかくするけれど、あおひとはまったくどうじずにこしとしてかまえはじめた。

一瞬いっしゅんぼうっとしたけれど、はっとわれにかえると「ぼ、暴力ぼうりょくは だめです!」と咄嗟とっさあおひとめてしまう。
するとあおひとは「だめか、そうか」とひといきかんがんで、
「ではげよう」
そういうとぼくらのいて、くるりとやってきたほうはしりだした。

のぼってはすぐくだり、かどをまがって、ほそ路地ろじうら何度なんどける。あおひと率先そっせんしてみちはしってくれるけれど、ぼくとハーニャさんのあしではおじさんたちからのがれきるはやさはせそうになかった。
「ああ、もう、どうして、こんなに、んでる、の!」いきれの合間あいまをぬっておもわずさけぶと、あおひと数秒すうびょうかんがえたあと、ぼくとハーニャさんをひょいとかかえてはしした。
のぼってすぐくだれば、めにまよいがうまれる。ほそ通路つうろてき各個かっこ撃破げきはにむいている。地理ちり把握はあくさえしていれば、こういった土地とちをまもりやすい」はしりながら、淡々たんたんとこの地形ちけいの"いところ"をあげていく。
「このせまさなら、飛行ひこう困難こんなんだ。まわりのきく種族しゅぞくべつだが、もしグリテスあたりが相手あいてなら、足腰あしこしつよくないのでなお有利ゆうりたたかえるだろう」
グリテス――ああ、そうか、海賊かいぞく対策たいさくのための地形ちけいなんだ。
やっぱりすこせない部分ぶぶんはあるけれど、酒場さかばでのあの異種族いしゅぞくきらようとアルファの言葉ことばおもいだし、けっこうぶか問題もんだいなのだと納得なっとくしてしまった。

***

たすけてくださってありがとうございます。ぼくは、リィレといいます」
おじさんたちをって、もんたところでろしてもらう。あんなにはしったのにいきのひとつもみだしていない。まちひとではなさそうなのに地形ちけいにもくわしそうだったし、一体いったいなんのひとだろう。
「シャルヴィス。れいにはおよばない。においがちがうおまえたちなら、はなしけるかもしれないとおもった」
「おはなしですか?」
ひとさがしている。でも、住民じゅうみんからはなにけなかった」今日きょうはよくひとさがしにだ。このまちがふくざつだから?また迷子まいごだろうか。

さがしてるひとがかりはられなかったということですか?」
「わからない。はなしかけると、みなげていく」かおはよくえないけれど、もさもさとしたあたまがしゅんとする。
「…とりあえず、みをするならすこかみととのえたほうがいいかも…」
かばんから くしをしてわたしたけれど、あつかかたがわからないようだったのでわりにかみをすいてあげた。
多少たしょうよごれはあるけれどかみ自体じたいにはそんなにいたみがなく、はじめはぼさぼさしていたかたまりも くしをとおせばすんなりとほぐれていく。なんだかまたなつかしいかんじだ。なんでだろう。

かみをすいている最中さいちゅう、アルファのようにみみとがっていることにづく。ひとみいろかみおなとおるような青色あおいろだ。多少たしょう特徴とくちょうはあるけれど、かれもアルファといっしょで、ハーフエルフなのだろうか。

感謝かんしゃする」
「いえ、このくらいは…それより、さがしているひとというのは?」
つばさち」

つばさち。一瞬いっしゅんどきりとこころねて、あにかおかぶ。

っているひとがいる」
かれ淡々たんたんつづけて、「名前なまえもらった。記憶きおくがあいまいだが、彼女かのじょのためにつばさ必要ひつようだ。もうずいぶんとつばさつアウリンをさがまわっている」とおくをすえるひとみには一点いってんくもりもない。ふかくきらめくそのあおさからは、びとたすけるというつよ意志いしかんじた。

「あの、ぼく、たび途中とちゅうなんです。よかったら一緒いっしょに…」
"ぼくのつばさやくつかも"そうおもってたびさそいかけたそのとき、「此処ここったか!さがしたぞボン!」アルファが大声おおごえけつけてきた。

「うちのリィレが世話せわになったようじゃのう。れいうぞ」
「かまわない。つばさちの情報じょうほうるための行動こうどうだ」
「ほお、つばさちとな」
シャルヴィスさんがさきほど ぼくにはなしてくれたのとおな説明せつめいをするのを、アルファはほうほうと相槌あいづちをうちながらく。
「して、なぁは」いつかのぼくにいたときのように、すこしだけ温度おんどひく声色こわいろでアルファがシャルヴィスさんにいかける。
「シャルヴィス」
かれふたた名乗なのると、アルファはすこし にやついた拍子ひょうしで「ほおおん、"いとしのかれ"か。なんともむずがゆ名前なまえじゃ」とじろいだ。
「してシャルヴィスなるものよ、好奇心こうきしんからひとくが、つばさちにえたとして、そのさき如何どうするんじゃ?」
れとわれている」
「は、はぎと…!?」物騒ぶっそう表現ひょうげんに、ぼくはおもわずびっくりして うわずったこえをあげる。外套がいとうなか背中せなかはね萎縮いしゅくした。

つばさいでくれば、彼女かのじょたすかる」出来事できごとおもすようにシャルヴィスさんはうつむいて、「ひょろながおとこが、おれ目覚めざめたときにそうった」と口元くちもとをやった。
「また物騒ぶっそうはなしじゃのう…られるがわからすればたまったものではかろうに。まあわれらはおやくてなそうじゃし、無事ぶじ彼女かのじょとやらがたすかることいのるのみじゃ」
アルファの"おやくてない"という言葉ことばから、ぼくのつばさのことはシャルヴィスさんには内緒ないしょにする意図いとかんじた。できればたすけてあげたいけれど、はねをもがれるとくとやっぱりこわい。アルファはぼくをまもろうとしてくれている。
「ああ、そういえば」ぼくがすこしだけがゆそうにしたのをにしたのか、アルファはおもしたような口調くちょう
西にしやまえたさきにある夕霧の海域トラットスには、メロウとグリテスがらす楽園らくえんがあるといたことがあるのう。もう百五十ひゃくごじゅうねんまえはなしるから、現状げんじょう如何どうなっているかはからぬが、つばさといえばグリテスじゃ。つばさったアウリンのことなにかしら情報じょうほうつかめるかもれぬぞ」とくわえた。
ふたたびおれいをいったあと、ぼくらはシャルヴィスさんとわかれた。

第五節

「いやあ、あのシャルヴィスとかいうおとこ如何どうやら単純たんじゅんやつたすかったわい」
イザベラさん、ハーニャさんとともに、野営やえい夕食ゆうしょくべる。
西にしほうのっておはなし、ずっとむかしはなしなんですよね?」
わぁらは経路けいろてきにはきたやまえるでの。西にしほうにやっておけばひとずは安心あんしんかとおもうた」じて仕方しかたがなかったといったふうにしんみりしたあと、「嗚呼ああしかし、楽園らくえんだったというはなしうそではないぞ?」といながらザーヴァンさんのお弁当べんとうをつまむ。あのあとぼくとアルファだけは一度いちど酒場さかばにもどってザーヴァンさんに報告ほうこくをしたのだけれど、そのときひるのグレイスさんのぶんとはべつに、あたらしくお弁当べんとう貸付かしつけよう馬車ばしゃをもらったのだ。

わぁはなれの小僧こぞうった時分じふんわぁこしける場所ばしょさがたびをしておってな。トラットスとうにもっておる」百五十ひゃくごじゅうねんまえ子供こども…エルフが長寿ちょうじゅなのはっているけれど、かれ一体いったい何才なんさいなんだろう…。
たしかグリテスのヒヨッコどもと、フルメイアとかいう別嬪べっぴんさんのメロウが、歓迎かんげいうたまい披露ひろうしてくれたのう。しま一番いちばん歌姫うたひめだそうじゃったがの、それはまあうつくしい歌声うたごえじゃった」
「へぇ…一度いちどいてみたいわね。野生やせい随分ずいぶんまえ絶滅ぜつめつしたといていたけれど、メロウもたしかかなりの長寿ちょうじゅしゅよね、このたびわったられてってくれない?」イザベラさんが興味きょうみぶかそうにす。
おう、そんなことになってるのか…かまわんが、リィレの家族かぞくさがしがレインティアまでのみちのりでかなうかからんからのう…案内あんないしてやれるのは何時いつるやら」
「あら、それなら大丈夫だいじょうぶよ。ハーニャのうらないにかかればものさがしなんてぐだわ」
「なんと、れはまことか!」

ぼくのまえにきてじ、かかえていたはな模様もようまりをすっとげるハーニャさん。
を、…」とわれるままにまりにぼくのえると、そのままなにやらこえでリズムをきざみはじめた。
まりなか水晶すいしょうがわずかにひかって、ぼくのはねがざわりとふるえる。
魔力まりょく使つかったうらないのようだ。

「ほぉ、魔占術マギテナか」
じゅつってほどでもないけれど。あたしの一族いちぞくつたわる導唄テルナという古歌こかよ。ハーニャには才能さいのうがあったみたいで、ああして魔具まぐ使つかえばのぞみちさきをある程度ていどしめしてくれる」

うたわるのとおなじくらいに、はねのざわつきもく。ハーニャさんがゆっくりとをあける。
「おにいさん、え、ます」

あ え る ―――。

その一言ひとことで、突風とっぷういてまえがすっとれるような気持きもちになった。

きてる、んだ。 きてる。

「ほ、ほんとに…!?」
「まだとおい、けど…邂逅かいこうの、そう…。みちびきのまま、すすむだけ…」
「おおお、かった、まことかったのうリィレ!!」ぼくの目頭めがしらあつさとおなじくらいのいきおいで、アルファが号泣ごうきゅうしながらをにぎってきた。そうだった、アルファは家族かぞくはなしよわい。一瞬いっしゅんびっくりしてなみだがひっこむけれど、さきえない暗路あんろしんじてすすむはずだったことをかんがえると、そのあかりは、とてもふかんでくる。

「あ、りがとう…ございますっ…ぼく…ずっと、不安ふあんで……、十二じゅうにねん…、」
くにはまだはやいわよ、なみだ再会さいかいうれきにっておきなさい」ふふっとまゆすこげながら、ぼくのなみだぬぐってくれるイザベラさん。

「あたしたちもあなたたちたびについていくわ」突然とつぜんもうに、
「いいんですか?」はなをすすりながらききかえす。
導唄テルナうらないはあくまでも指標しひょう確定かくていした未来みらいではないわ。ひとつの事象じしょうにつきうらなえるのは一度いちどきりだけれど、しなえで精度せいどことはできる…それに、あたしたちならほかにも色々いろいろやくてるわよ?」そういうとイザベラさんは胸元むなもとのバッジをゆびさす。しつのよさそうな真鍮しんちゅう細工ざいくのそのバッジには、クレオメのはなをあしらいにじょうかぎのシンボルがえがかれている。

ほど噂屋うわさやか。れはことわ理由りゆうがないのう」
「よろしくおねがいします、イザベラさん、ハーニャさん」
「さんだなんて――『イザベラ』、『ハーニャ』でいいわよ。仲間なかまになるのだもの、姉妹しまいだとおもって気軽きがるせっしてちょうだい」
「は、うん…わかった」
ねえさんと、――ハーニャはいもうとだろうか?あに以外いがい兄弟きょうだいはいなかったし、ずっとひとりでそだってきたから、なんだかむねのあたりがむずむずする。
「あ〜〜〜、いいのぉー、しょぱなから敬語けいごしとは、じつうらやましいのぉーーー。わぁはな時分じふんもそろそろ『ですます言葉ことば』がけんかのぅ〜〜〜?」アルファがくちゃくちゃとお弁当べんとうをかじりながら じとでこちらをてくる。こういうところはちょっとどうかとおもう…。けど、たしかにひとりだけ敬語けいごというのも、なんだかおかしい気持きもちがした。
「わ、わかった、わかったよ!がんばるから、とりあえずくちゃくちゃはやめようねアルファ」

希望きぼう安心感あんしんかん状態じょうたいでの談笑だんしょう。それがこんなにたのしいとは。
今日きょうひさしぶりによくねむれそうだ。

だいしょういしみなと」 かん

余録


おまけマンガ

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