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第四章「鉄の街」


第一節

金属きんぞくたちのあつ悲鳴ひめいがこだまするまち、クーベラ熔鉄街ようてつがい。 ここは地上ちじょうてきたドワーフと、銃火器じゅうかき研究けんきゅうはじめたアウリンたちがともきずいたまちだと、じいやからはおそわった。当初とうしょたび予定よていでも通過つうかするはずだったまちなので、このまちについてはちょっとくわしくおしえてくれたのをおぼえている。

ドワーフは金属加工きんぞくかこうけた種族しゅぞくだ。つち魔術マギナ得意とくいとするかれらは、その住処すみかでもあった地下世界ちかせかいねむ鉱石こうせきたちを加工かこうしながら、独自どくじ文明ぶんめい発展はってんさせたという。ドワーフたちがなぜ地上ちじょうてきたのかはしませた文献ぶんけんにはつたえられていなかったそうだけれど、未踏みとうである地上ちじょうあししたかれらがアウリンと共存きょうぞんできたのは、おたがいに利害りがい一致いっちしたからではないか、と じいや はいっていた。

丁度ちょうどそのころ大陸たいりくは、石の港デルタかぎらずアウリンとその種族しゅぞくとの縄張なわばあらそい――というよりも、アウリンが住処すみかわれる侵略行為しんりゃくこうい――が頻発ひんぱつしていたという記録きろくがあり、魔術マギナ身体能力しんたいのうりょくおとっていたアウリンはたみかず道具どうぐ発展はってんたよりにまもっていたらしい。そんなおり鉱物こうぶつ金属きんぞく加工かこう得意とくいなドワーフたちがあらわれたのなら、たしかに衣食住いしょくじゅう提供ていきょうするわりに技術ぎじゅつをもらうのはかしこいやりかたかもしれない。

銃火器じゅうかきというつよ武器ぶきれたアウリンたちはまたた領土りょうどもどし、ちから拮抗きっこうかんじた種族しゅぞくたちはあらそうことをめた、と されている。その交流こうりゅうて、アウリンたちのつくった食器しょっき農具のうぐなどが多種族たしゅぞくにも流通りゅうつうしていったらしい。もっとも 製造技術せいぞうぎじゅつはあまりつたわらなかったようで、ながときったいまでも、アウリンせい食器しょっきなどは交易こうえきさい目玉商品めだましょうひんになっているそうだ。

そういえば、花と水の都グレイスべたケーキのおみせでも、提供ていきょうされた食器しょっきはアウリンせいのものらしかった。蔦の島ハーヴェロイ使つかっていた木製もくせい食器しょっきあじわいがあって ぼくはとってもきだけれど、便利べんりなものは便利べんりって あらそっていた相手あいてのものをれたひとたちも、自分じぶんたちを侵略しんりゃくしていたしゅほろぼすのではなく いとおもったものを提供ていきょうするアウリンたちも すごいとおもう。

「“てつまちにてびとたれり”、だったかしら」
「うむ。“さがびと”でいのが少々しょうしょうすっきりせんが、大方おおかたあらたなる手掛てがかりのぬしえるとでもったところろう」
イザベラとアルファが、先日せんじつのハーニャのうらな結果けっか確認かくにんする。ここから朝焼けの聖地レインティアまではそう距離きょりがない。聖地せいちけわしい山脈さんみゃくなかにあるので、みちのりとしてはあまり整備せいびされていないもりなかすす必要ひつようがある。知識ちしきのないままあるくとあっという遭難そうなんしてしまうらしいので、現地げんち案内人あんないにんやと必要ひつようがありそうだ、というはなし今朝方けさがたしていたのをおもした。

「では、わぁらは物資ぶっし補給ほきゅうってくるからのう。留守番るすばんたのんだぞ、リィレ」
にしてってるのよ、ハーニャ」
宿やど部屋へやいてから しばらくしたあと、アルファとイザベラはそうってかけていった。このまちでは食料しょくりょうのほかに 色々いろいろ金属きんぞく道具どうぐえるので、たび便利べんり小物こものなどもそろえるらしい。

ハーニャはすこねむたそうにしていたので、お昼寝ひるねをするように提案ていあんしてみた。宿やど寝台しんだいいままでのまち木製もくせいのものとはちがい、ツヤのある金属製きんぞくせいだ。ふかふかのシーツがかれたそれはひかりけて あたたかそうに そべるものっている。

気持きもちよさそうに寝息ねいきをたてはじめるハーニャを後目しりめに、ぼくはまどからまちながめることにした。本当ほんとうそとあるきまわりたいところだけれど お留守番るすばんまかされているし、石の港デルタでの一件いっけんかんがえると一人ひとり観光かんこうするのはがひける。さいわいこの部屋へや宿やど一番上いちばんうえかいにある部屋へやなので、とおりの様子ようすをくまなく見渡みわたすことができそうだ。

大通おおどおりをながめていると、ぶわ、と 何度なんどめかの突風とっぷうく。たか建物たてものおおいこのまちでは どうやらかぜちからすらしい。かぜってこちらにかってんできたしろいなにかを 咄嗟とっさにつかまえる。

ればそれは一通いっつう手紙てがみだった。おくぬし名前なまえふうにはいていないようだけれど、ふう使つかわれているろうにはこのまちのシンボルマークがかたどられている。大通おおどおりに視線しせんもどすと、ちいさなおとこがこちらをあげてっていた。

***

「……ありがとう、おにいちゃん。これ、だいじなお手紙てがみなの」

宿やどそとたところでさきほどのおとこ手紙てがみをわたす。

ふと見渡みわたしてみるけれど、周囲しゅういおとこにかける大人おとなはいなかった。

きみ一人ひとりなの?大人おとなひとと はぐれちゃったのかな」
「ううん、ぼくは ずっと一人ひとりあるいてるよ」
「ずっと一人ひとり?きみは一体いったいどこからたの」
「わかんない」
一人ひとりだというけれど、どうやら迷子まいごのようだ。

「ぼくはリィレ、きみの名前なまえは?」
しながらぼくがくと、

「それも わかんないんだ。ボクは、ボクがだれなのかを しらないの」おとこはあまり表情ひょうじょうえることなくうつむいた。

「ただ、とおりすがるひとたちには、ポスティナって よばれるよ。ボクはずっと、わたされた 手紙てがみを とどけながら、こえがするほうに あるいているだけ」
ポスティナとは、まちからまちへと手紙てがみをはこぶ仕事しごとをするひとのことだ。
「ポスティナ……こえって?」ぼくがかえすと、
「あたまのなかにね、こえがするの。こっちだよって ボクをよんでるの」みぎのこめかみをさしながら、ポスティナと名乗なのったおとこすこうえほう視線しせんをうつす。

けばポスティナは、物心ものごころついたころからずっと一人ひとりたびをしているらしかった。言葉ことばがあやふやで くわしくはからなかったけれど、目的もくてき方向ほうこうすすむかたわら、荷物にもつ手紙てがみを、通過つうかする街々まちまちとどけて路銀ろぎんかせいでいるらしい。ぼくよりおさなそうなおとこなのに、かれをみた道行みちゆ大人おとなたちはなにおもわなかったのだろうか。手紙てがみつかまえたおれいにと もらったクッキーを かるにぎる。

一人ひとりじゃやっぱりあぶないよ、たびをするなら ぼくらと一緒いっしょたびをしない?」ほうっておけないとおもい そう提案ていあんしてみると、
「おにいちゃんは、あっち」そういながらきた方角ほうがくし、今度こんどは「ぼくはこっちなの」とみなみ――ぼくらがすすんできた方角ほうがくした。

一人ひとりでも、だいじょうぶだよ。心配しんぱいしてくれて ありがとう」ぎこちないお辞儀じぎをすると、おとこきびすをかえしてっていった。人混ひとごみへすすんでいく背中せなかってめようとしたけれど、またたきをしたつぎ瞬間しゅんかんには、かれ姿すがたえていた。

れいにもらったクッキーがのひらにある以上いじょう現実げんじつこったことなのだけれど、なんだかかされたような気分きぶんだ。
ポスティナとわかれてから しばらくして はたとづく。
――ぼくは ぼくの目的地もくてきちつたえただろうか?

第二節

「そいつはみょう体験たいけんじゃのう」

ものからかえってきたアルファたちにおとこのことをはなしてみたところ、
しのついでに手紙屋てがみやらにもってきたが、丁度ちょうどわせた今日きょうのポスティナはガタイのいオヤジでったぞ」と不思議ふしぎそうなかおをされてしまった。
ポスティナは配達はいたつ組織ギルド構成員こうせいいんことらしく、ひとつのまちには一人ひとりしかやってないそうだ。
「もしかして、伝説でんせつ観測者ハウェルったのかもしれないわね」
イザベラがおもったようにくちにする。
「ハウェル?」
一説いっせつによれば神話しんわ時代じだい遺物いぶつからまれた幽霊ゆうれいとされているわ。大昔おおむかしからあまね出来事できごと記録きろく世界せかい彷徨さまよっているとか」
「ゆ、ゆうれい…」かされたようなあの感覚かんかくおもし、背筋せすじがほんのりつめたくなる。
もっとも、あくまでうわさ伝承上でんしょうじょう存在そんざいね」
ぶるりと身震みぶるいしたぼくをてイザベラははなし半分はんぶんといったふうにかたすくめた。

「そういえば、わぁ幼少ようしょうころにもよう伝承でんしょうったのぅ……観測者ハウェル何時いつでも我等わぁらゆえにせねばらぬものとしてわれてしまうぞと、母君ははぎみおどされたもんじゃ」
「あら、とんだわるガキだったのかしら」
「やんちゃのさかりでったからのう」
過去かこ自分じぶん可愛かわいがるようにカカッと清々すがすがしくわらう、アルファのおなか盛大せいだいる。
「そういえば、昼飯ひるめしだじゃったのう…宿やど食堂しょくどういそぐぞい!」

***

熱々あつあつ鉄串かなぐしさったかたまりにくほどよいながさのねぎが、甘辛あまからいタレのこうばしさとともに、ぼくの鼻先はなさき心地ここちよいかおりをえる。

食堂一番しょくどういちばん人気料理にんきりょうりだという串焼くしやきをみなでほおばりながら、あたたかな食事しょくじ時間じかんごす。
串焼くしや単体たんたいでも十分じゅうぶんおいしいけれど、白米はくまいという、いねもみ精米せいまいしていたものと一緒いっしょくちれると、ケーキや干しルルベルとはまたちがったあまみが、タレや肉汁にくじゅうねぎこうばしさとともひろがる。

ぼくしまでも穀物こくもつれるけれど、ここまで綺麗きれいかわをむく技術ぎじゅつはないため、こめはいつも 籾殻もみがらだけをむいてにく出汁だしともいたものが食卓しょくたくならんでいた。
石の港デルタべた魚料理さかなりょうり交易団こうえきだんひと協力きょうりょくしてもらえれば なんとかちかいものがつくれるとおもうけど、この技術ぎじゅつもどうにかしてかえれないだろうか。

「いや、此奴こいつうまいのう」
アルファが上機嫌じょうきげん次々つぎつぎ串焼くしやきにかぶりき、そのいきおいのまま麦酒ばくしゅをあおる。

ぼくにはまだおさけはやいらしいのだけれど、アルファのみっぷりをていると本当ほんとうにおいしそうだ。
イザベラがいうには、とってもにがものらしい。
ぼくはにがいものよりあまいもののほうきなので、ぼくのくちにはわないのかもしれない。

それでもやっぱりにはなるので、いつか、もうすこおおきくなったらんでみたいな。

串焼くしやきのおかわりをたのんでしばらくしたころ一緒いっしょ注文ちゅうもんした甘味かんみさらとどいた。
この食堂しょくどうにもケーキがあるというので、たのんでみた。
なんでもチーズという、家畜かちくちち加工かこうしたものを使用しようしているそうだ。
べてみると花と水の都グレイスのケーキとはまたちがった風味ふうみやわらかさで、すこし酸味さんみのある生地きじはしっとりとしたおもみのあるしたざわりだ。
しかも、このケーキはけられていない、おおきなまるかたちだ。たくさんべられるうれしさと、濃厚のうこう甘酸あまずっぱさに上機嫌じょうきげんべすすめていると、ふと、べたがわとは反対側はんたいがわ生地きじっていることにづいた。

のぞむと、のひらくらいのおおきさの、かみふたつにいあげたおんなが、おいしそうにむしゃむしゃとケーキをっている。

「うわぁ!」
「んぬ、どうしたリィレ」
「ケーキに、ちっちゃいおんなが!」

おどろいたぼくにあいづちをったアルファが、ぼくの視線しせんさきう。
「ほぉ」とすこ見開みひらくと、
「レプテスではないか。れはまためずらしい」
くちもとへをやった。

「……あたち、りりぱでぃあ!」
ふたつの視線しせんづいたおんなは、もぐんぐと数回すうかいくちうごかしたあと、ごくりとのどをならして元気げんきよく名乗なのりはじめた。

「えぇ…?えっと、ぼくはリィレ。あの、きみはどうして、こんなところに」
「あ!こらリリィ!アンタまたきゃくさらしたね!?」
状況じょうきょうがよくめないまま質問しつもんをしようとした ぼくのこえをさえぎって、あきれたような声色こわいろおんなひとがやってくる。

今度こんどという今度こんどはおやつきだよ!!」
「やーーーっ」
「やーーーっじゃない!」
リリィとんだ少女しょうじょをつまみげながら、まるでいつものことだというように、なれた様子ようすしかる。

「なんじゃ、保護者ほごしゃるではないか」
「ああ、おどろかせてすまないね」
アルファのかろやかなつぶやきに返事へんじをすると、おんなひといているほうむねあたりにそえた。

「アタシはテレジオン。この宿やど工房こうぼう土産物みやげもの金細工きんざいくつくってるもんさ」
「リリィが世話せわをかけたねぇ。このときたら筋金すじがねりのヤンチャでさ、甘味かんみつけるとところかまわずびついちまうんだ」

第三節

「こらリリィ!仕事しごと道具どうぐにいたずらするんじゃあないよっ」
「はぁ〜いっ」

テレジオンさんの工房こうぼうには、いろんな工具こうぐいてあった。
リリィがべてしまったぶんのケーキのおびといって、テレジオンさんが端材はざいでお土産みやげ細工さいくつくってくれることになった。金細工師きんざいくし本職ほんしょくだという彼女かのじょだったが、きんではない素材そざいにも造詣ぞうけいがふかいらしく、たななかにはさまざまな鉱物こうぶつ分類ぶんるいされてめられている。

テレジオンさんが準備じゅんびをしているあいだに鉱石こうせき次々つぎつぎながめていると、ひとつのいしがぼくのまった。
うみそこのようにふか青色あおいろなかに、ぽつんとひとしずくひかりかぶような、ふしぎないしだった。

「そいつは竜石りゅうせきだね」
そのままじっとながめていると、うしろからこえがした。
竜石りゅうせき?」
いにしえ伝承でんしょうつたわる種族しゅぞく、ドラコニュートの心臓しんぞうからまれたとかなんとかって、イカした言伝いいつたえがあるいしさ。ま、採掘量さいくつりょうてきには価値かちはそんなにたかくないね。かったらそれも細工さいく組込くみこんであげるよ」

そういってたなから竜石りゅうせきし、テレジオンさんは作業台さぎょうだいった。
さきほどまでのしたしみやすさとってわって、すような真剣しんけん眼差まなざしだ。こえをかけるのもけるような空気くうきをまとって、道具どうぐ金属きんぞくねっし、げ、ときにはけずみ。

しばらくていると、テレジオンさんは ふぅ と一息ひといき空気くうきき、つぎにはうたうたいはじめた。
おなひびきのみじかいフレーズを、時計とけいはりおとのようにりかえす。

「なんだか いさましいうたですね」
奮唄ジェリナってんだ。なんかアタシのひぃひぃひぃ……とりあえずかなりまえのご先祖せんぞさま神様かみさまからたまわったとかなんとか」あまりしんじていないといったふうに、おちゃらけた様子ようすくちうごかす。
うごきはそれとはんして繊細せんさいさをたもっていて、おおきくげてっかにした金属板きんぞくばんこまかい装飾そうしょくれていく。

「そんなだいそれたモンだとはおもえないけどねぇ。ま、なんとなく景気けいきかんじの旋律せんりつだから、こうやって作業中さぎょうちゅうなんとなく口寂くちざみしいときうたってんのさ」
そういうとすこ目線めせんうえにして、「そうだ、アンタもよかったら一緒いっしょうたうかい?」とぼくのほうへ ちらと笑顔えがおをふってきた。

「ふふ、じゃあご教示きょうじよろしくおねがいします」
まかせな!まずはだしの発音はつおんだけどな…」

***

「お?おおお?」

ぼくがうたおしえてもらい一緒いっしょうたはじめると、テオジオンさんが不思議ふしぎそうにうなりはじめた。
「ど、どうしたんですか?」
「なんか、かたわったな……アンタがうたしてから やけに細部さいぶがよくえる」
「あ、もしかして、このうた蔦の島ハーヴェロイ癒唄イオナおなじようなものなのかも……」
蔦の島ハーヴェロイ癒唄イオナ?」
かえすテレジオンさんに、たまたまはなしいていたというふうのアルファが、とおりがけにちどまりこたえる。
わぁ一族いちぞくつたわっていたうただのう。我等わぁらうたっても風邪かぜなおりがはやまる程度ていどじゃが、此奴こやつ魔素フォルマめてうたうとふちものたちま回復かいふくするほどちからめておった」
「へえ、そいつはすげーや」口笛くちぶえきながら、テレジオンさんはおどろいたというふうにひらく。
「あながち奮唄ジェリナ神様かみさまからのたまわりモノってのもうそじゃあないのかもな。リィレのおかげではくがついたね」

一緒いっしょうたいはじめて数刻すうこく。「よし、できたよ」と満足まんぞくげにテレジオンさんはひたいをぬぐった。
わたされたのは、黄土色おうどいろにぶひかる、繊細せんさい彫刻ちょうこくがされた腕輪うでわだ。
中央ちゅうおうにある、のようにえる模様もようなかに、ととのえられた大粒おおつぶ竜石りゅうせきひかり反射はんしゃする。両隣りょうどなりにえられた水晶石すいしょうせきわせると、まるで本当ほんとうりゅうのようだ。

「ありがとうございます!」
いってことさ。リリィが世話せわをかけたびなんだ、遠慮えんりょなくっていきな」

もらった腕輪うでわをはめながら、いつのにかたのしげだった少女しょうじょこええていたことにづく。

「そういえば、リリィはどこにったんでしょう?」

第四節

「やーーーっ」
此度こたびという此度こたび看過かんかできませんぞ!くにへおもどりください、陛下へいか!」

宿屋やどや廊下ろうかに、リリィと年配ねんぱいのおじさんのこえひびく。
何事なにごとかとみんなでこえのする方向ほうこういそいでくと、それなりになりがさそうなドワーフが、いやがるリリィのうでつかんでれてこうとしていた。

「なんだい、アンタたちは!」
テレジオンさんはそうさけぶとあわててリリィからおじさんをきはがし、彼女かのじょむねかかえこんだ。

我々われわれはレパディア王国おうこくものでございます。女王じょおう陛下へいかもどしにやってまいりました」

女王じょおうもどしに?じゃあなんだってあばれるリリィをとっつかまえているんだい。その関係かんけいないじゃないか」
「いいえ、関係かんけいはあるのです」

「リリパディアさま由緒ゆいしょただしき、レプテスの女王じょおうなのでございます」

おどろいてテレジオンさんをると、テレジオンさんはおおきくくびよこった。
「まさか!リリィがあらわれるようになって三ヶ月みつきつが、そんなはなしはじめてさ!」

大臣だいじんだと名乗なのるそのおじさんとしばらくはなしをしたら、どうやらリリィは脱走だっそう常習犯じょうしゅうはんらしい。自分じぶん身分みぶんをかえりみないで気軽きがるしろしてしまうので、臣下しんかものたちはみなとてもこまっているとのことだった。
いつもはなくなるのは一日いちにちうち数時間すうじかんだが、今回こんかい一日いちにちわりにももどってこなかったのであわてて各地かくちさがまわっていたらしい。

「……はぁ、しょうがないねぇ」
テレジオンさんがこまったやつだといったふうにためいきをつく。

大臣だいじんさん、どうかたまにリリィを地上ちじょうれてきちゃくれないかい。三ヶ月みつき寝食しんしょくともにすりゃあアタシにもかるが、ありゃもう性分しょうぶんだよ。ただもどしたところで どうせまた脱走だっそうするのはえてるし、見聞けんぶんひろめるのも女王じょおうとしてのいに役立やくだつだろう?地上ちじょうでの滞在たいざい拠点きょてんには、アタシの工房こうぼうすからさ」

「ふむ……、そう易々やすやすあまやかすのは……といたいところではありますが、たしかに陛下へいか度重たびかさなる脱走だっそうはもはや性質せいしつだととらえるほうが、幾許いくばくかは健全けんぜんかもしれませんな」

「ありがとう、流石さすが大臣だいじんだ。リリィにもこれくらいはなしつうじるとらくなんだけどねぇ」
「いやはや、まったくおっしゃるとおりですな」

いまだふくれっつらのリリィをのぞむと、テレジオンさんはやさしくこえをかけた。

「またあそびにな、リリィ。ただし今度こんどはちゃんと御付おつきをけてるんだよ」
「テレおねえちゃま……わかったの、『オンナどうしの やくそく』よ!」
「ああ、約束やくそく、な」
ニカッとわらい、おたがいの小指こゆびさきをちょんとれあわせる二人ふたりは、まるで本当ほんとう姉妹しまいのようで。
おさな日々ひびのおぼろげな、あにとの日常にちじょうおもして すこしむねのあたりがうずいた。

***

キッキュウ!キッキュウ!キュワッキュワッ

どこかでいたおぼえのあるようなとりごえこえる。
ほんのりそらだいだいまるころ、ぼくらはリリパディア女王じょおう陛下へいか出立しゅったつおくるためにそとていた。

「テレジオンさま、リリパディア殿下でんかながらくお世話せわになりました」
「いいよいいよ、アタシもたのしかったしさ」
深々ふかぶかあたまげる大臣だいじんに、かるはらいながらわらうテレジオンさん。あのさくさが、もしかしたらリリィを三ヶ月みつききつけていたのかもしれない。

「じゃあな、リリ――」テレジオンさんがリリィにわかれをげようとした そのとき

ガァンッ 、となにかがはじけるおとがした。

おとほうくと、ぼくの背後はいごでアルファが とおくの人影ひとかげかまえながら片膝かたひざをついていた。
どうやらうで負傷ふしょうしたらしく、「ぐ…ううむ、」とうめくアルファの足元あしもと数滴すうてきしたたっている。

「アルファ!!」
「しくじったのう…ハーヴェロイの籠手こてねつよわい」

わずかにのこげたにおしに、うつむいていた襲撃者しゅうげきしゃ蒼髪そうはつがゆらりとれる。

つばさを よこせ」
「…シャルヴィスさん!?」

そこには石の港デルタで ぼくとハーニャをたすしてくれた恩人おんじん姿すがたがあった。

つばさを よこせ」

シャルヴィスさんはふたたびそうはなつと、今度こんどいきおいよくはしんできた。

すぐにアルファが応戦おうせんする。

ぼくもいそいで奮唄ジェリナうたおうとするけれど、うたちからあらわれるまでにはすこ時間じかんがかかる。詠唱えいしょうあいだにも次々つぎつぎされる弾丸だんがんはらうアルファのひたいにはあぶらあせかんでいった。

はらかえした一発いっぱつたま追撃ついげき二発にはつまれ、三発さんぱつ弾丸だんがんがアルファをおそう。
うた加護かごってそれをはじききったけれど、アルファのうごきが一瞬いっしゅんまる。
シャルヴィスさんは それをのがさなかった。
加護かごけて肉体にくたい強化きょうかされたはずのアルファが、数撃すうげきりをけたのち かいのかべまでぶ。

銃口じゅうこうがこちらにけられる。みなと出会であったときとはまるで別人べつじんのように ぎらつくまなざしに、とっさにちぢこまってをつぶる。

しかしいたみがやってくることはなく、こえてきたのは発砲音はっぽうおん同時どうじひびく、甲高かんだか金属音きんぞくおんだった。

おそるおそるけると、まえには辻風の神都クインティア紋章もんしょうにかかげる よろい騎士きし

「――じいや!!」
「どうやら間一髪かんいっぱつったようですな。加勢かせいいたしますぞ、っちゃま!」

煤埃すすぼこりが  緊迫きんぱくした面持おももちであたりをはしっていく。
シャルヴィスさんをかこんだ兵士へいしたちのよろい鈍色にびいろにひかり、まとわりつく煤埃すすぼこりたちをりちぎるように、かまえたつるぎ固唾かたずむ。

シャルヴィスさんはあたりを一瞥いちべつしたあと、
多勢たぜい無勢ぶぜいか、むをない」
ぼそりと そうつぶやいて たかくがり兵士へいしたちから距離きょりをおくと、あっというもんそとへとはしりさってしまった。

第五節

アルファのきず手当てあてをし、リリィたちあらためておわかれをしたあと、ぼくらはようやく再会さいかいよろこびをかちった。

「ご無事ぶじなによりです、っちゃま」
「じいやこそ!」

よろこびでかけったのもつかの、ぼくはじいやのうしろに人物じんぶつまるくした。
でっぷりふとった隻眼せきがん鳥人グリテスが"どうだ"とわんばかりにふんぞりがえっている。

「な、なんでバーディンが一緒いっしょにいるの!?」
おもわずさけぶぼくに、じいやはすこしだけ眉根まゆねせて口元くちもとをやった。

きともうしましょうか……事情じじょうがあり、同行どうこうゆるしています。」
「キュワッ同行どうこうゆるすだと!?冗談じょうだんじゃねえぜ!オレサマだってなぁ、このジジイにつかまりさえしなけりゃあ……」
「ほう、つかまりさえしなければ?」
「い、いや、なんでもねぇぜ……」
プッとつばをきながら なにか悪態あくたいをつこうとしたバーディンを じいやが一瞥いちべつする。
そのまなざしにふるがりながら語尾ごびよわめるバーディンを確認かくにんすると、じいやは ぼくになおって深々ふかぶかあたまをさげた。

っちゃま、ひとつおたのもうしたいことがございます」
たのみたいこと?」
成敗せいばいしたぞくとはいえ、この者達ものたち協力きょうりょくなくしてっちゃまとのクーベラでの早期そうき合流ごうりゅう およ御身おんみ守護しゅごかないませんでした。われらのふねおそったことたいする贖罪しょくざいとしてしまえばいかともおもわれますが、はなしくと どうやらあの襲撃しゅうげきにもむを事情じじょうがあった模様もよう。つきましては一度いちど聖地せいちへの往路おうろはず夕霧の海域トラットスへの遠征えんせいをおゆるしいただければと」

「ジ、ジジイ~~~ッおまえ、もしかしてイイヤツなのか!?」
つぶらなひとみをこれでもかというほど うるうるとさせながらバーディンがさけぶ。

イザベラは「季節的きせつてきにガイドの確保かくほはやほうい」とすこしだけ反対はんたいをしたけれど、じいやは以前いぜんあにれて聖地せいちおもむいたことがあるのでガイドをっててくれ、ハーニャも導唄テルナうらないをしてくれた。
「…夕霧ゆうぎりの…みちびきに……まことを…たり」
まりじゃの」アルファがうで包帯ほうたいやさしくさすりながらうなずいた。

おもいがけずはやく このあいだ約束やくそくたせそうね」
「あの歌姫うたひめ健在けんざいかのう」
グレイスとアルファが口々くちぐち期待感きたいかんくちにする。

それをいていたバーディンが、まるで苦虫にがむしつぶすように羽毛うもうふるわせた。

「……ああ、きては いるぜ」
「あいつはいまじゃもう、"うたえぬ歌姫うたひめ"なんだがな」

だいよんしょうてつまち」 かん

余禄

一般公開イラスト

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