自分の背中を押して走れ

過去の自分へ、あほのように簡単な話


かっこいいもの、すてきなもの、まぶしいもの
出会ったとしてもそれを感知できるものがなければ
ただただもったいないだけなので、
どうしようどうしようと踏ん切りつかずに
おろおろしているくらいなら
とりあえずその道を突っ走ってろと言って差し上げたい
迷っていてもいいので、投げ出さないこと
辞めたくない理由と辞められない理由とで
動けなくなるくらい見栄っぱりでよかった!
持久走では一番に足を止めてた人間が
根性ついたかしら?と錯覚するくらい呆然とするあたりで
やめなくてよかった理由みたいなものに会えたりします
それは、義務感で向き合ってきたものと
しっかり目を合わせられた瞬間だったりもします

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どうしてこんなに簡単に通じる話が
ほんとうにしなければいけない人たちに
通じやしないのだろうと
泣いても焦っても伝わらないことがくやしくて
予想できたことが現実になって
困るのは自分たちではないから危機感は広がらず
歯がゆくて悔しくてしかたないことが続いています

どうしてって言われたって
話したじゃないか、伝えたじゃないかって
何回やりとりしたって変わらない

会議とは、ミーティングとは
打ち合わせとはなんだったんだろう
フォローしているつもりが
空回りして、同じような疲労感で一日おわります

それが通常として走り回ってきたので
アイコンタクトを取りながら、とか
2・3の会話で伝わる流れ、とか
察しがいいでは言い表せない安心感は
いったいなんなのだろうとふしぎでしかたありません

簡単に通じるように思えた会話が
ふつうのことのように伝わるとは
受け止めてくれるひとがいるからはじめて可能であり
そんな人が近くにいたことが
ほんとうはすごいことなのかもしれません

話せる人がひとりいるだけで
こんなに違うのか、と噛み締めています
こういう人から盗めるだけ盗んで
自分も勉強したいなと思うばかりです

(´・ω・`)
こういうことを過去の自分に伝えてやりたいと思いましたがタイムマシンがあったらあったで証拠見せろとへそ曲がりなこと考えていそうです 退職届の書き方をググってないで、明日も仕事行こうな

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