見出し画像

エトとギター

「ギターを弾こう」と気が乗った時は、たいていまず爪を切るところから始める。
爪は少し長い方が、指が長く見える気がして好きなんだけど、短く切り揃えないとギターは弾けない。特に弦を押さえる左手を。

私がアコースティックギターを買ったのは、ちょうど30の時。
それまでは触ったこともなかった、と言おうとしたけど、小学生だか中学生の時に、音楽の授業で触ったことはあったと思い出した。
当時は指が痛くて痛くて、私にはとても無理だと思った記憶がある。

それがなぜ、30になってギターを買うに至ったかと言うと、久々にできた友達の影響だった。

私は精神科のデイケアに通っている。
そこには音楽室があって、ピアノにエレクトーン、ドラムにギターにベース、ウクレレにバイオリンまで揃っている。

梅雨時のある日、そこでギターを弾いている女性に出会った。
私は基本的にはすごく人見知りなのだけど、まれにぐっと距離を詰めるところがあって、
「何弾いてるの?よかったら聴かせて~」
と、隣に座った。

その女の子は
「緊張する・・・」
と言いながらも、ギターを弾きながら歌ってくれた。

あかねちゃん(仮名)と言って、同い年だった。

あかねちゃんとは趣味が似ていた。
流行りの曲にあまり興味がないところも、折り紙や手作りが好きなところも。

一緒に音楽のプログラムに参加した。
当時はバンド活動をしていて、二人ともボーカルで入った。

私はそれまでデイケアを、外出してスタッフさんと喋る機会として利用していて、あまりプログラムに参加せず、黙々と一人で過ごしていた。
でもあかねちゃんが現れてから、デイケアに行く楽しみができ、活気づいた。

音楽のプログラムのあと、あかねちゃんからギターを教わった。
あかねちゃんもギターを始めてからまだそれほど経っておらず、デイケアのスタッフさんに教わったそう。
手書きでコード譜を作ってきてくれて、丁寧に教えてくれた。
私はすっかりギターが楽しくなった。

あかねちゃんとは連絡先を交換して、病院の夏祭りに二人で浴衣を着たり、一度一緒に遊びに出かけた。

体調との兼ね合いで、私がデイケアに行けるのは週一回だった。
家でもギターを触りたくて、安めの初心者セットを買った。
YAMAHAのギターに、スタンドと調律器チューナーとピックが付いていた。

ギターを始めてから、コードのことをスマホで調べて学んだ。
コードはアルファベットと数字で和音を表している。
ピアノは習っていたからすぐに理解できた。
その曲のコードさえわかれば、音符の楽譜が無くても伴奏ができる。
ピアノを習っていてよかったと実感した。

ギターでFやBのコードを弾くのは難しい。
バレーコードと言って、まず左手の人差し指で全部の弦を押さえてから、残りの中指・薬指・小指でまたそれぞれの弦を押さえ、右手で鳴らす。
初心者に立ちはだかる壁で、やはり私もきれいな音が出せず、まずは簡易な押さえ方で弾いた。


出会って数カ月と経たないうちに、あかねちゃんはデイケアに来なくなった。

「元気になったら、また連絡するね。」
と言われてから、ずっと音沙汰がなくて、
「最近どうしてる?」
と連絡してみたら、
「元気だよ。」
と返信が来た。

あかねちゃんが何を思って離れていったのかはわからない。
私は私で、それからまた連絡できなかったし、せっかくできた友達だったけど、深入りも深追いもできなかった。


その後、またデイケアで友達ができた。
少し年下の、あいちゃんとかなちゃん(仮名)。

でも私はあまりデイケアに行かなくなった。
コロナのことや、他にも理由はあったのだけど。

友達付き合いができないのは私なんだ。
疲れてしまう。
楽しいけれど、一人で過ごす方が気が楽。

最近デイケアに行って、かなちゃんに会って、
「あいちゃんとは距離を置いてる。」
と聞いた時、ほっとしてしまった。
友達とうまく行かないのは私だけじゃないんだ、と思った。


部屋の片隅のギターは、時々思い出しては弾く程度。
梅雨の今時期に弾きたい曲があって、練習を始めたけど、この前できた指先のたこが、また無くなりつつある。
バレーコードは未だ、弾けないまま。



ここまで読んでくださってありがとうございます。スキ・コメント・サポートなどの反応をいただけると、とても嬉しくて励みになります♪