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運動会にカメラを。

 息子の運動会でした。

 長男は今年が保育園最後の運動会。感慨深いものが…あまりありませんでした。おうおう、ようやったようやった、と、どちらかと言えばホッとした気分でした。何せ人前が苦手な子なので、そう言う意味では、人前でもしっかりやり切った一昨年の運動会は男親ながらに涙ものでした。
 とはいえ、息子の成長を見られて、そして親子競技なんかもあって、なんともいい運動会でした。息子からバトンをもらえる日が来るなんて。
 そしてそれから、ここまでご指導下すった先生方に感謝です。当日、翌日からの天気が思わしくなく、中学校の体育祭が急遽、順延ではなく前倒しになるということで、中学生のお子さんをお持ちの先生方は必然的に自分のお子さんの活躍する姿を見られなかったそうで。もちろん、そんなこと、先生方はおくびにも出さないので、園に子どもを預けている、中学生の子もいる保護者から耳にしたわけですが、後の行事にも大きく響くことになるからとは言え、さすがに僕らはのほほんと子供の成長を見ることができて、それに携わる先生方は見られないというのはなんとかならんかったものか、とちょっと申し訳ない気持ちになってしまいました。いや、中学校の言い分もすごく分かるだけに、お天気、それが全て悪い!としか言いようがないのですが…。

 さて、そんなわけで運動会です。そしてここはカメラのお話を中心にするところですので、運動会でのカメラのお話を。
 初めて0歳の長男と参加したとき、カメラを持っているところは皆無だった気がします。一人いたかな、と言うくらいで、0歳の子に一眼レフ二台と望遠レンズで挑む自分がかなり異質ではないかと思ってしまうくらいでした。

 2年目もそんな感じでしたが、そんなことものともせず、僕は保育園の狭い運動会会場(うちは園に隣接するだだっ広い広場でやります)でも70-200f2.8ではちょっと足りないし、小学校に上がったら厳しいぞ、と、シグマの100-400を手に入れます。本当は150-600の方を考えていたのですが、重いし、カバンに収まりづらいこともあって、普段使いに厳しいと判断してやめました。野鳥を撮るわけでなし、まあ、流石にこれで撮れないなら諦めようくらいの気持ちでした。
 ただ、それでも70-200と同じ大きさのレンズですから、やはり目立ってしまいます。気にしてませんし、誰も気にしてないでしょうけど。
 さて一昨年、昨年くらいからでしょうか、ぽつぽつとカメラを持つ人が増えて来たように思います。といっても、ほとんどがエントリー機にキットズームで、やはりでかい大砲みたいなものを持っているのは僕くらいなものです。

 これ、小学校ではどうなのかわかりませんが、僕のイメージは、お父さんお母さんがカメラを構えて場所争いをする、というのがあったので、こんなもんか、と毎回思います。少なくともうちの保育園では、カメラ趣味の方はいないようです。
 ただ、動画を撮るカメラを持っている方はちらほらいますし、やはり圧倒的にスマホで撮られる方が多いです。それから、コロナ禍前には来賓の方がx100で撮影されていました。その方とは今は互いに知る顔ですが、あ、カメラ好きなんだな、という方はその方くらいなものです。

 今年はCanonはもうないし、x-t5に高倍率ズームのタムロン18-300をつけて撮影しました。
 めちゃくちゃ違うと言うわけではありませんが、 6Dとシグマの100-400とか、70-200f2.8L ISを付けていたときよりピントが追従してくれます。この辺りはやはり新型のカメラとレンズですね。
 そして何よりフルサイズ換算450mmと50mm分望遠側が伸びたことと、x-t5のデジタルテレコンで最大換算900mmまで伸ばせるのがかなり便利でした。要はクロップなわけですが、その場で900mm視点で撮ることは、後でトリミングするのとはまた違ってくるものですね。
 それに、小型カメラの部類に入るし、レンズも大きくないので、以前より場に馴染んでいたのではないかと思います。

 ただ、妻がiPhoneで撮っていた動画。
 いいですね。動画。子どものこう言うときの記録に動画はやはりいいものです。望遠が足りないとかそんなことより、運動会の雰囲気丸ごと捉えていて、子どものかわいさを残すとしたら、やはり動画にはかないません。僕の方は逆に望遠過ぎて、場の雰囲気をスポイルしてしまっているのではないかとも思いました。
 やっぱり動画かー。
(前振りではございませんよ)

 でも、動画はどうしても、後々見るという行為に多少のハードルをもたらすからな…。
 写真はプリントすれば、なんの機材も挟まずに見られる点にこそ価値があるわけで。

 まるごと、たとえばじじばばが来ることができなかったときに、それをまるごと報告できるのは動画なのかもしれません。
 けれども一部から、想像をしたり、経験したことを思い出すための豊かな装置は、やはり写真だと信じたいものです。

 さて、くだんの18-300ですが、今は僕の兄のところに出張中です。こちらもまた息子くんたちの(甥っ子ですね)運動会で活躍するとのこと。長男くんは初めての小学校での運動会。これ一本で済ませられる便利さは、以前では分からないところでしたが、今でこそよく分かります。
 実はzfが発表になって、こりゃ乗り換えてみるかな、と下取りの計算をしてみたりして、こりゃ追い金なしで、ライカと一緒にフルサイズで遊べるやん?とかムフフしていましたが、フルサイズの高倍率ってなかなかないんですよね。換算450なんて、ここまでのものは出ていない。高倍率レンズはAPSの強みだな、と感じるわけです。せめて300というのなら望遠ズームでできなくもないし、zfがクロップモードを備えていればいいわけですが、望遠レンズだけだと標準域が撮りづらい。

 いずれにしても発売される前ですでに人気のようですから、そちらには目を向けないように、色々難癖つけようと、いや、こりゃ、zfは dfとあまり大きさ変わらないしな、とか、シリーズものだから、Nikonが全体的にレトロ調ではないゆえに、また後継機を出してくれるか分からないしな、とか、普段マニュアルレンズで遊ぶにしても、純正かオートフォーカスきくレンズ欲しくなったらどうするよ、とか考えてナシだな、と言い聞かせていたりします。

 鳥や飛行機を撮らないので、普段は望遠はあまり必要としないし、Mレンズを使いまわせるボディがあればそれでいいのですが、子どもがいる限りはちゃんと子どもの行事が撮れる体制は必要なんですよね。

 そう言う点でも、フジのカメラは子ども撮りにもちょうどいいな、と思うのですがどうでしょう。

 話が逸れました。
 何にしても、カメラをわざわざ引っ張り出す人ってあまり多くはない、ということは分かりました。それでいて、スマホがあるのだから、それなりに写真も、動画も撮れるから、この流れは変わることはないと思います。
 と、ふと思い出すのは、自分が子供のころのことです。
 そういえばあのころだって、カメラを持っている人ってそんなに多くはなかったな、と。望遠のついた一眼レフを持っているお父さん、お母さんって少なかった。1990年代のころのことです。僕はこんな行事ごとはきちんと記録しておかねば、と思ってしまうので、おそらくカメラが趣味でなくとも、それなりのカメラを、それこそネオ一眼的なものの一つでも持っていたかもしれませんが、そういうことをしない家庭だって多くあるのです。
 実は記録って、そんなに重要なことではないのかもしれません。記憶に残っていればそれでいい、というか。
 そうでなくとも、保育園からはときどき写真がもらえるし、小学校でも折に触れて、写真に収まる瞬間はあるでしょう。
 と、なれば、僕のこの撮影行為は、やっぱりどこまでも自分の自己満足なのかな、と考えてしまいます。
 願わくば、その自己満足が、将来子どもたちに喜んでもらえることがあればいいかな、そうであれば重畳、そうあってほしいものです。記憶に残っていれば、写真はいらないんじゃないか、とは言っても、写真はその記憶の呼び水として機能するものだと思うから。

我らが保育園は、行事のたびに、職員の方々が寸劇やらコントやら、こんなことをしてくださる。この日はこの後恐竜たちが子どもたちに突撃。阿鼻叫喚の地獄絵図?が繰り広げられることとなった。

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