見出し画像

心まで躍らせて

あいいろのうさぎ

 誹謗中傷なんて、書いた側は投稿した瞬間に忘れているんだろう。でも、書かれた側は違う。胸の底にいつまでもいつまでも残っていて、それは傷跡として機能する。私の場合、それは焦燥感になった。

 毎日のレッスンに加えて自主練を二時間増やした。当然睡眠時間を削ることになる。いつもより練習をしてるというのに、最近は私が叱られてばかりだ。

「美羽、遅れてる!」

「足! 上がりきってない!」

「笑顔! 忘れない!」

 怒号が飛ぶ度に思う。まだ足りてない。周りの子はみんなできてるのに、私だけできてない。毎日必死で練習してるのに、追いつかない。

 みんなの足を、引っ張ってる。

 練習をすればするほど、むしろどんどん焦燥感は悪化して、逃げられない負の連鎖に放り込まれたようだった。

「何をそんなに焦ってるんだ」

 自主練を終えた後、先生に声をかけられた。途端に、夜闇のように心の中が染まっていった。

「……先生だって、わかってるでしょ」

 止められなかった。

「私がみんなの足を引っ張ってる。私だけができてない。お客さんだってみんな私のこと下手くそって思ってる。だから、やらなきゃ。せめてみんなに迷惑かけるのだけは、やめなきゃ……」

 そのうち涙がポロポロと出てきて最後には嗚咽交じりになった。

 そんな私の様子を見て、先生は溜息をついた。呆れさせてしまった。そう思ったのに、

「誰が足引っ張ってるって? 誰が下手くそって思ってるって?」

 先生は、考えもしなかった台詞を言った。

「根詰めすぎ。ちゃんと睡眠とってんのか? 前までの動画と今の動画見比べたか? 誰も責めてなんかないよ。責めてるのはお前だけだ。メンバーも私も、誰も美羽のこと下手だなんて思ってない。誰よりも頑張ってるところちゃんと見てたよ。そういう努力を蔑ろにするやつに耳を傾ける必要はない」

 先生は私の肩に手を置いた。

「自分の努力は誰よりも自分が知ってる。そうだろ?」

 そこまで言ってくれたのに、まだ言い訳をしようとする私に、先生は仕方ないな、と言って過去の映像と今の映像を見比べさせてくれた。

 過去の映像は、頑張ってるのは伝わってくるけど、上手いとは言ってあげられないレベルだった。でも、今の映像は違った。

 ちゃんと、みんなと一緒にできている。

「明日ちょっと遅れてもいいから今日はちゃんと寝ろよ」

 次の日久しぶりに、ダンスって楽しいと心の底から思えた。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 お題は「先走る気持ち」でした。実は一つ目の案をボツにしました。それはそれでどこかで書きたいな、と思っています。今作はタイトルをつけるのに難儀しました。『「先走る気持ち」そのままで良くない!?』などと思っていましたが、冷静になって、私。それはダメよ。というわけで「心まで踊らせて」お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?