Mr.Childrenとスピッツの新譜をむりやり対比して考える

 この2023年にスピッツとMr.Cilldrenがそれぞれ新しいアルバムを発表した。もちろん意図的ではないだろうが、90年代から今まで長い時代駆け抜け、日本の音楽シーンを盛り上げ続けた二バンドが同じ年に最新アルバムを出したというのは感慨深いものがある。

近年の二バンドの動向

 まずはスピッツから。2011年の東日本大震災に衝撃を覚えたスピッツの草野マサムネは、その影響を受けたアルバム『小さな生き物(2013)』を発表。これはMr.Childrenが『(an imitation) blood orange(2012)』というアルバムを発表したことと似ている。

消したいしるし 少しの工夫でも
輝く証に変えてく

未来コオロギ/スピッツ

僕はきっと旅に出る 今はまだ難しいけど

僕はきっと旅に出る/スピッツ

 特に『僕はきっと旅に出る』ではスピッツがめずらしく、分かりやすい「いい歌詞」(今風に言えば「エモい歌詞?」)を使っている。『スーベニア』以降、伝わりやすい歌詞を心掛けていたそうだが、『小さな生き物』ではそれが顕著になっている。
 その後スピッツは『醒めない(2016)』、『見っけ(2019)』において、ロック王道サウンドに回帰し、歌詞にも如実に表れている。

まだまだ醒めないアタマん中で ロック大陸の物語が
最初ガーンとなったあのメモリーに 今も温められている

醒めない/スピッツ

コピペで作られた流行りの愛の歌
お約束の上でだけ楽しめる遊戯

グリーン/スピッツ

この二アルバムでは、力強いロックなタイトルナンバーで始まり明るく希望的なパンクっぽいナンバーで終わるということが共通している。全ての曲がそうでないにせよ、あくまでも前向きなスタンスを崩さないスピッツに勇気づけられたリスナーも多いだろう。

また会えるとは思いもしなかった 元気かは分からんけど生きてたね

こんにちは/スピッツ

再開へ! 消えそうな道を辿りたい すぐに準備しよう

見っけ/スピッツ

 ロックという音楽や、リスナーとの関係性を歌ったような歌詞など、長年続けてきた彼らなりの音楽だと言える。
 それ以外にもsilentというドラマでスピッツの曲が登場したことで話題になったり、『美しい鰭』が名探偵コナンの映画で使われヒットするなど、幅広い層から支持を得ているのが現状のスピッツである。
 一方のMr.Childrenは、前述の『(an imitation) blood orange』を最後に長年ともに曲を作り続けてきたプロデューサー、小林武志が離脱。セルフプロデュース期に入る。そうして作られたアルバム『REFRECTION』は、曲数も23曲(通常盤は14曲)という大ボリューム。タイアップが付いた『Starting Over』・『足音~Be strong~』もヒットし、ファンの満足度も高かった。
 続く『重力と呼吸』でも若いバンドに負けまいとシンプルながらも図太いサウンドを慣らした。『himawari』『here comes my love』などタイアップが付いた壮大なロックバラードは、ミスチルらしい素晴らしい作品だと言える。
 ただ『SOUNDTRACKS』からは少し違う試みも見せる。海外へレコーディングしに行き、洗練されたサウンド。ほぼ全曲にタイアップが付くなど、まだまだ幅広い模索を続ける。このアルバムからは桜井の個人的な価値観・死生観のようなものも感じる。

四半世紀やってりゃ色々ある
あちらを立てればこちらは濡れずで破綻をきたしそうです

DANCING SHOES/Mr.Children

昨日は少し笑った そのあとで寂しくなった
君の笑顔にあといくつ会えんだろう そんなことふと思って

Documentary Firm/Mr.Children

 「四半世紀」とはバンド活動のことだろう。長年続けてきたなりの彼らが、老いや死について意識した歌詞を綴っているのは、スピッツとは対照的だと言える。もちろん『Your Song』のような曲もあるが。
 とはいえMr.childrenは30周年ツアーを初めとして多くのツアーでドーム・スタジアム公演を行い、日本トップクラスの集客をしていて、根強い人気があることを十分に示している。

コロナというファクター

 東日本大震災が両者に影響を与えたように、コロナ禍も影響を与えたと言っていいだろう。コロナ禍初期において、ミュージシャンが、特にライブが目の敵にされた。多くのミュージシャンがツアーを諦めざるを得なかった。それはスピッツもそうで、『見っけ』ツアーは途中で中止になった(NEW MIKKEツアーとして後に復活)。Mr.Childrenは『SOUNDTRACKS』のツアーを行えなかった。
 スピッツは初のメンバーがそれぞれ個別に収録してミックスした楽曲『猫ちぐら』を発表。その後落ち着き目の曲でセトリを組んだ、声出し禁止・配信ライブである『猫ちぐらの夕べ』を行う。多くのファンに時代に合わせた形で音楽を届けた。
 Mr.Childrenは違う形で驚きを届けた。B'zと対バンを行ったのである。日本の音楽シーンで活躍し続けたものの、交わることの少なかった二者が同じステージに立つというのは、ファンたちに喜ばしいショックを与えただろう。その後なぜか小林武志と再びタッグを組んだ『永遠』、映画キングダムの主題歌『生きろ』を発表。30周年記念のベストアルバムを発売・ツアーを行うなど勢力的な活動を続ける。

ひみつスタジオ

 さて、ではコロナ禍を経験したスピッツはどのような音楽を紡いだのか。
 まず述べねばならないのはシングル『紫の夜を越えて』。タイトルにもある通り、コロナ禍を何とか乗り越えようとする美しくもたくましい曲である。

少し動くのも恐れていた日々 突き破り
紫の夜を越えていこう

紫の夜を越えて/スピッツ

そして同時期に収録されたというアルバム曲『跳べ』。

ここは地獄ではないんだよ/吹雪もいつか終わるんだよ

跳べ/スピッツ

草野マサムネは「自分が言って欲しい」言葉を歌っていると言っていた。コロナ禍で少なからず不安を覚えただろう彼が、同じように不安を覚えた人に優しく語り掛ける。スピッツ的にはめずらしく、「跳べ」という命令形を使っているのも顕著である。
 そして現代のスピッツの新たな代表曲となった『美しい鰭』。不思議なリズムのAメロからの、ファルセットを存分に聴かせるサビへの移行が素晴らしい曲である。
 そしてそれらの曲を集めた『ひみつスタジオ』は、過去二アルバムの流れを引き継ぎつつも、優しさに溢れた素晴らしい名盤である。
 『オバケのロックバンド』ではメンバー四人全員がボーカルを取るという新たな試みをした。その他にも民謡を取り入れた『未来未来』、初恋の衝動を歌った『ときめきpart1』、過去二アルバムのように希望に満ちたエンディング曲『めぐりめぐって』など、珠玉のナンバーが揃っている。

miss you

 それではMr.Childrenの最新作、『miss you』。これはファンの間でも物議を醸し、ある意味で問題作だと言える。
 問題となったのは主にバンド感のなさと歌詞である。
 先行シングル『ケモノミチ』はアコギと弦楽器がメインで、桜井以外のメンバーの影は薄かった。続く『Fifty's map~大人の地図』はまだバンドサウンドが感じられたものの、収録曲にはほぼ弾き語りのものなどが多く、バンドらしいサウンドはあまりなかった。これはスピッツの最新作の収録曲13曲中10にギターソロがあることと比べれば顕著である。そもそもスピッツは今回むしろ非アコギ的で、アコギを使っている曲は(おそらく)一曲しかない。
 そして歌詞。前『SOUNDTRACKS』で見せた内省的な雰囲気を更に増し、自虐的・諦観的とまで言える。桜井が吐き出した言葉のように思える。

二十歳前想像してたより 20年も長生きしちまった
それは確かに感謝しなくちゃね
(中略)
何が悲しくて こんなん繰り返してる?
誰に聴いて欲しくて こんな歌歌ってる?
それが僕らしくて 殺したいほど嫌いです

I MISS YOU/Mr.Children

 「どうした…?」と聴きたいぐらいの歌詞である。これが『GIFT』とか『365日』を歌っていた人と同一人物だとは思えない。歌を歌うこと自体をテーマとした曲というのは数多くあるが、この「積み上げて何度も歌ってきた」ことに関して否定的に言えるのは、長年同じ曲を、似たテーマを歌い続けた彼らにしかできないもので、ある意味で、スピッツのように続けないという選択を突きつけたという結果となる。

願いや祈りだって 腐って床に飛び散った
誰かを傷つけたり その度怖くなった

LOST/Mr.children

やり直すには We have no time
守る気持ちも沸き起っちゃう
だけどスキルは尚も健在
まだまだ行けんじゃない? とか思っちゃう

We have no time/Mr.Children

 美しく明るいメロディに暗い歌詞を載せるとかいう恐ろしい曲『LOST』、特徴的な歌い方で強がるけど弱気さがぬぐえない『We have no time』。そして最も過激なのが『アート=神の見えざる手』。分かりやすく過激なワードを放り込んだ、語り口調のラップのような曲。

望まれたことに応えたいだけ 
刺激が足りないって みんな言うから 

アート=神の見えざる手/Mr.Children

この歌詞がメタ的にこの曲やMr.Childrenに対する私たちの姿勢を包括しているように思える、不思議な曲である。
 ただ、上記の内省的な暗い曲以外にも、桜井の私生活が窺えるような優しい曲も数曲あるのが、このアルバムが一筋縄でいかない所以である。

「遠慮は要らねぇぞ 思い切り掛かってこい」と息巻いて
子供の飛び蹴りが ミゾオチに決まって
体を屈める

雨の日のパレード/Mr.Children

駅前には自転車を置ける場所があまりないから
歩いて駅まで向かおう その方が長く話せる

おはよう/Mr.Children

 歌を歌うことの苦悩と、幸せな日常が対比になっているようだ。しかしどちらも嘘ではなく、桜井和寿という人間を構成する大きな要素なのだろう。この温度感の違う曲群が、どれも彼という存在を色濃く反映したものであることは間違いない。

「僕だってそうなんだ」

 どちらも13曲、50分程度のアルバムという点では似ているが、そのサウンド、歌詞は対照的と言えるほど異なっているように思える。
 しかし、根底にあるものは同じだと私は考える。
 どちらもコロナ禍に大きな影響を受け、それ以外にも長年続けている以上、少なからず悩みや苦しみを抱えているはずだ。そしてそれは我々リスナーにとってもそうだろう。それに対して、自分が掛けてほしい、優しいエールを送るのがスピッツ。その悩みや苦しみを正直に吐露したのがMr.Childrenだったと言えるのではないだろうか。
 どちらが音楽的に優れていると言えるものではなく、そのどちらも善くて、そのどちらかでしか救われない瞬間というものもあるだろう。力強く背中を押してくれるようなスピッツ、恐ろしいほどに自分をさらけ出して、同じような不安があるんだと思わせてくれるMr.Children。対照的であれど、根底にあるのは、「僕だってそうなんだ」という精神である。

知らぬ間に築いてた 自分らしさの檻の中でもがいてるなら
誰だってそう 僕だってそうなんだ

名もなき詩/Mr.Children

 Mr.Childrenの代表曲の一つでもある『名もなき詩』。この中の一節、「僕だってそうなんだ」は恐ろしく力と意味を持ったフレーズである。この精神は曲の世界観とリスナーを同じ世界に統合してしまう。スピッツとMr.Children、どちらも数々のヒット曲を生み出し、天の上の存在のように思えるが、同じように悩み苦しむ存在であるということを私たちは自覚するのである。そしてこれが両者の楽曲の普遍性に通ずる。

終わりに

『ひみつスタジオ』と『miss you』は温度感こそ違うものの、両者どちらも素晴らしい作品なので、片方しか聴いてない方はぜひ聴いてみてほしい。その温度差がサウナと水風呂のように(私はサウナも水風呂も苦手だが)心地よくなる日が来るだろう。
 それぞれの次回作がどのようになるのかは実に興味深い。スピッツが『miss you』のような作品を、Mr.Childrenが『ひみつスタジオ』のような作品を作ったら面白そうである。



 


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