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嘘が上手な女の子

沙希は咄嗟に嘘をつくのが上手い。

たとえば、「沙希ちゃんって彼氏いるの?」と誰かに尋ねられた時、「いる」と「いない」以外の答えを何通りも、沙希は持っている。二択の答えしか持たず、それも真実しか言えない馬鹿正直な僕とは正反対だ。そう僕が言えば「嘘をつけないのが紘のいいところだよ」と沙希は笑った。けれど今にして思えば、それも彼女の得意な咄嗟の嘘だったのかもしれない。


沙希は僕の世界から、たびたびいなくなる。


SNSでいつでも繋がることのできる現代に出会った僕達は、それ以外に繋がる術を持たない。だからどちらかが反応しなくなった時、僕らは互いの世界から姿を消す。今回もそれは起こっていて、もうすぐ一年になろうというところだった。

気づけば街を歩く人はみなコートを羽織っていて、東京にも冬が来ていた。近づいてくる新年と、まとめやら抱負やらの並ぶSNSは、まだ何もなし得ていない僕を容赦なく責め立てる。今年中に何をやり遂げ、新年に何を持っていくのか。季節の区切りを重んじる国に生きる僕たちは、どうやらそれを12月のうちに整理しなければいけないらしかった。

そうしてふと、沙希のことを思い出した。

別に彼女との関係は維持する必要のあるものではない。そもそも「友人」という大きなカテゴリの中で、僕はおそらく「親友」から最も遠く、「他人」に殆ど近いところに位置しているはずだ。それ以上の関係を望んでいるわけでもなかった。

ただ、彼女がこの先ずっと僕の世界からいないままなのか。それを確かめたくなって、連絡をとってみた。もしこれで返信がなければ、僕らの世界は一生交わらないものと思おう、そう心に決めて。

沙希からの返信はすぐに来た。

いつものように、僕の世界にいなかった間の彼女のことは聞かない。ただとりとめのないことを二、三話し、僕らは年末に会うことになった。

「久しぶり」


手頃なカフェでオムライスをつつきながら、互いの近況を話す。沙希はきっと、身の回りの出来事の中から僕に話せる部分を、僕に見せたい角度で切り取って話している。多少の嘘を交えて。上手に嘘をつける沙希の「楽しい」も「悲しい」も「好き」も、何ひとつ信じられる要素なんてなかった。


「楽しかった。あっという間だったね」


だけどそんなの、どうだってよかった。本当か嘘かわからないことの多い世の中で、馬鹿正直でしかいられないのなら、僕は愚かしく彼女を信じ続けようと思った。

信じることは愚かで、弱くて、強い。ただ沙希のことばにひとかけらでも真実が混じっているのなら、僕はそれを疑ってしまうことの方がよほど怖いと思った。たとえ、僕の信じるその他すべてが嘘だったとしても。

だから笑う。何も知らない、何も気づかない顔をして。


「うん。また会おう、沙希」


こうして僕らの世界は、2021年も交わり続けることになった。新しい年には僕のこの愚かな覚悟を連れて行く。なあ12月、これで満足だろ?


#年末 #年末年始 #エッセイ

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