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ファッションが世相を反映しているということは

ファッションの流行り廃りは世相を反映していると言われます。確かにそんな気はします。その目線で世の中のファッションのトレンドを見ると面白そうです。今日はそんなことに思いをはせてみました。(もともと別に江草はファッションに詳しくも何ともない人間でもあり当然女性ファッションのことは余計に分からないので、男性ファッションについての話と言うことでご了承ください)

たとえば、一昔前には(服装に多少なりとも気を使えるほどには裕福な)男性の服装と言えば、上下そろいのスーツや、少なくともテーラードジャケットを着てるのが一般的だったように思います。20世紀初頭〜半ばの欧米の歴史映像なんかを見ても街中の男性陣はけっこうそんな格好をしていますよね。なんなら、みんな帽子をかぶってるのも印象的です。よくは見えませんが、おそらく足下も革靴なのでしょう。いわゆる紳士(ジェントルメン)というようないでたちです。

かつての日本においては和装も多かったとは思いますが、それでもある程度は「きれいめ」と言えるカッチリしたスタイルを指向しようとしている印象があります。

多分ですが、当時そういった「きれいめ」なスタイルが指向されたというのは、裏を返すと「俺は労働者階級じゃないぞ」という自負の表れなのだろうと思うのです。作業着を着て泥水や汗にまみれるような肉体労働的なことをする階級ではなく、ぱりっとしたシャツにスーツで仕事をしているホワイトカラーなんだということに誇りと憧れがあった。ファッションから世相を読み解くと、そんな人々の心理があったのではないかと推測されます。

で、戦後の高度成長期の日本に目を向けると、いわゆるサラリーマンが大増殖して、だれもかれもがスーツ姿で満員電車に詰め込まれるのが日常となりました。それまでは憧れの象徴であったスーツ姿の人気が反転するのはこの頃だったのかなと思います。ファッションの常として、誰も彼もが同じスタイルだと単純に飽きられるものというのもあるでしょうけれど、「♪毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ」という歌が流行ったことが象徴しているように、キツい言葉で言えば「社畜」とも呼べるサラリーマンたちのそのスーツ姿に幻滅し、憧れが蔑みに転換してしまったのではないでしょうか。

そうしたスーツ姿的なホワイトカラーサラリーマンに反抗したのが、ヒッピーのような反権威主義的な若者たちで、彼らがジーンズのような元来「作業着」に由来するファッションを好んでいたことは、まさしくスーツを着て会社に奉仕するようなホワイトカラー人生への反発であったんじゃないかなと。

さて、そんなこんなで現代の様子を見てみると、これまた興味深いファッショントレンドになってると思うんですよね。

まず、いわゆるサラリーマンでさえ、スーツ離れが進んでいます。クールビズみたいな機能面での理由づけもありましたが、それだけでは説明がつかないぐらいに、上下そろいのスーツでネクタイを締めてというガチガチのきれいめスタイルはどんどん不人気となっています。せいぜいがジャケパンスタイルで、なんならトップスもニットになってノーネクタイかつ足下もスニーカーみたいな仕事着のカジュアル化が進んでいます。もちろん職場や業界によって違うと思いますが、スーツ業界の売り上げも減少の一途と聞きますし、社会全体としてのカジュアル化のトレンドは確かだと思われます。

でも、それでいて、作業着に回帰しているわけでもないんですよね。少し前まではカジュアルファッションと言えば、みんなジーンズをはいていたような気がしますが、今ではむしろ少数派の勢いです。スーツに用いられるようなカッチリパンツではないものの、作業着にも到底使えないような薄手のカジュアルパンツが主流のように思われます。ここに世相を読み取るならば、ホワイトカラーサラリーマン人生への反発としてブルーカラーを見直そうなんて単純なことにはなってないと言えます。

ではこうした、スーツを着たサラリーマン的でもない、作業着を着た肉体労働者的でもない、シルエットもゆるめで随分とカジュアル化したスタイルがいったい何に憧れているファッションなのかを考えると、おそらくそれはクリエイティブクラスなのだろうと推測します。

たとえば、スティーブジョブズやイーロンマスクなど、Tシャツばかりを好んで着ているようなIT系の巨人たちが皆の注目の的であることが象徴的です。つまり、会社に言われるがまま尽くすわけでもなく、汗水垂らしてキツイ労働をするわけでもなく、自分の心地よさを追求したゆったりしたスタイルで涼しい顔をして新たな価値を生み出し続けるようなクリエイティブクラスの人生が新たな道として人々の憧れのものとなったのではないでしょうか。

ファッションというのは、ただ服を着ているという以上に、その人が、何に対して憧れているか、何をかっこいいと思っているかを表すものだと思います。そして、それは裏を返すと、恐ろしいことに、何が嫌で何をダサいと思っているかについても、いやおうなしに出てしまうと言えます。それも、本人が意識的であるかどうかに関わらず。

ですから、昨今のファッショントレンドにおいて、人々から事実上のNOを突きつけられてると言えるのがサラリーマン生活と肉体労働者生活で、この見立ては「好きなことを仕事にしよう」「やりたいことをやろう」という言説が飛び交う昨今の世相にかなり矛盾なく合致しているように思います。


以上はまあ、すべて、ファッションに詳しいわけでもない人間の勝手な憶測なのですが、こういう視点で見てみると、通りゆく人々の服装を眺めるのも楽しくなるのでオススメです。

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