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『白い巨塔が真っ黒だった件』読んだよ

大塚篤司『白い巨塔が真っ黒だった件』読みました。

「SNS医療のカタチ」というSNSでの医療情報発信活動にも精力的に参画していることで知られる皮膚科医の大塚篤司先生によるフィクション作品です(他の方と違ってどうしても医師の方の名前には「先生」と付けてしまいたくなるのは職業病なのでお許しを)。

大塚先生はつい最近の2021年に近畿大学医学部皮膚科学教室の主任教授に就任されたのですが、実際に教授になるまでの教授選の苦闘の裏側を綴ったのが本作ということになります。

もっとも、一応もう一度強調しておきますと、あくまで本書は「フィクション」作品ということになっています。ただ、主人公の名前がそのまんま「大塚」であったりと、大塚先生自身もほとんどノンフィクションであることを隠しておらず、事実上、最新の医学部教授選事情に迫るドキュメンタリーあるいはルポ的なジャンルといえます。

タイトルにも用いられている不朽の名作『白い巨塔』の初出から半世紀以上経った今。『白い巨塔』でも主題として取り上げられた仁義なき医学部教授選の様相はいったいどうなっているのか。医師はもちろん、医師以外の方々にとっても大変興味深い内容ではないでしょうか。

実際、この江草もあまりに面白すぎて読む手が止まりませんでした。

で、読み終えた感想は、
やー、ほんとおっそろしい」
の一言です。

大変悲しいことに、この令和の時代になっても依然として権謀術数にまみれている「白い巨塔」の姿がつぶさに描かれています。


書籍内でも指摘されていますが、医学部教授選の実態というのは一般医師も正直言ってあまりよく知らないのですよね。「医師ならみんな知ってるようなこと」かというと全然そんなことはないのです(いろんな噂は時々耳にはしますが)。

それぐらい医学部内でも秘密裏に進行するプロジェクトなので、閉鎖的な業界の中の秘密プロジェクトというめちゃくちゃレアなイベントの実態がこうして垣間見れるのは非常に貴重な機会と言えます。

だから、医療界以外の方が本書を読んだら「お前らいったい何と戦ってるんだよ、ちゃんと病気と戦ってくれよ」と驚き嘆くと思いますが、(良識ある)医師の面々が読んでも全く同様に驚き嘆くこと必至です。

本作ではそんな教授選を巡る派閥争いや駆け引きが描かれてるだけでなく、パワハラやセクハラ体質、独特の封建的、師弟関係的な文化など、医学部の世界観を短いページ数の中で濃厚に体験できるようになっていて、なかなかに稀有な一冊に仕上がってると思います。


このような色んなところから大変怒られそうな「暴露本」的な書籍を世に出されたことからは、大塚先生の強い義憤が見て取れます。とくに作中で描かれていた教授選での大人気ない執拗な嫌がらせに対しては「マジ許せない」という本気の気持ちが感じられます。

実際に教授選を経て要職についた者だからこそ問うことができ、そしてだからこそ重い、「医学部は本当にこんなことでいいのか」という問い。

医学部内外にかかわらず、広く受け止められて欲しいメッセージです。


もちろん、本作は一貫して主人公の一人称視点で描かれてることもあり、必然、大塚先生の主観的な経験や感想の範疇を出るものではないと言えます。たとえば、対立陣営が実際にはどう考えていてどう動いていたのかというのは結局不明なままです。

ですから、言ってしまえば本作に対しては「大塚先生の一方的で勝手な思い込みだ」とか「教授選で破れたことの腹いせに逆恨みで書いてるだけだ」「証拠もなく事実無根だ」「自分の都合の悪いことは描いていない」などと、その「客観性の無さ」を突いて批判しようとすればできてしまうでしょう。

実際、一時期話題をさらったWEB漫画『脳外科医 竹田くん』(あくまでフィクション作品)でも、サイコパス的に傍若無人な振る舞いを見せる竹田くん(加害者)が、あることないことを周りに言いふらした結果、むしろ「可哀想なパワハラの被害者」として弁護士から同情的に見られる展開がありました。
そのように一方の言い分だけ聞いていては、非常に危険な解釈に陥ってしまうリスクはあります。

なので、本作についても、あくまで大塚先生個人の主観的な経験や感想であるということから、本書の内容を完全に信じ込んでしまうことは危険ではないかというのは当然あるべき疑問です。

ただ、このことは大塚先生自身も分かってらっしゃってると思うんですよね。

たとえば、推測ですが、だからこそ本作は「フィクション」として書かれたのではないでしょうか。「フィクションだ」としておくことで、完全に内容を信じ込んでしまう読者が出ることに一定の歯止めをかけることを狙ったのではないかと。自分の言葉を信じすぎて暴走する者が出ないように(下手したら嫌がらせしたと思われる某大学医学部に突撃する者も出るかもしれないですし)、「いやこれフィクションだからね」と著者自身でサイドブレーキをかけておいてあるわけです。

医療情報発信をされてるだけあって、なかなかうまいバランス感覚だなあと感じました。


あと、これは江草個人の意見ですが、本作のテーマである医学部教授選のような閉鎖社会の極秘儀式の記述に対して「客観性を求める」というのもそもそも無理な話ではないかと思うんですよね。

部外者をシャットアウトし外部に情報が全く出てこない不透明な閉鎖社会文化に関して「客観的な証拠を出せ」と言うのは「ブラックホールから光を持ち出せ」と言うぐらい意味のない批判であろうと思います。それができたらそもそもブラックホールじゃないわけですからほぼ語義矛盾的です。

なので、シュワルツシルト半径(ブラックホール)の中に入った者がことごとく帰ってこないのは仕方ないとして、ブラックホール内部を直接観察するのは諦めて重力波のような間接的な現象を観察するしかありません。

つまり、確かに実際に内部を正確に客観的に記述したものではなく偏りもあるかもしれないけれど、あまりに情報が少ない対象(教授選)に関しては、本作のような主観的な経験録も十分に貴重な情報源として扱われるべきだろうと思うのです。ただ「主観的だから」として一蹴されるべきではありません。

あまりに情報が少ない歴史上の事件などでは、誰かが残した手紙やメモの端書きでさえ歴史学的には貴重な史料となるわけですから、さほど変な話ではないでしょう。


もし、それでもなお「客観的な証拠がないと駄目だ」と批判するならば、そのエネルギーは大塚先生に対してではなく、医学部という閉鎖社会が透明性や開放性を高めることを求める方向に向けられるべきでしょう。

医学部が人材も情報もお金も一方的に吸収してしまうブラックホールのような閉鎖社会から、真に外部からも輝いて見える太陽のような存在になるためには「真っ黒」であってはならないはずです。

こうした医学部白い巨塔の脱ブラックホール真っ黒化こそが、まさに本書『白い巨塔が真っ黒だった件』のタイトルに込められた想いではないかとも思います。


というわけで、本作『白い巨塔が真っ黒だった件』。
小説仕立てで読みやすくボリュームもそんなに長くないですし、それでいて実に社会的意義もあるという、ほんとオススメの一冊です。各種『白い巨塔』作品が好きな人も楽しめるかと思います。

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