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真面目な問題を「不謹慎」ギリギリで攻める人ー『笑える革命』を読んで

「注文をまちがえる料理店」はいまだに忘れられない。認知症患者の人にレストランのホールで働いてもらい、注文をまちがえてしまうことも含めてお客さんに楽しんでもらう。それによって、認知症の人の実態をより身近に感じてもらうというプロジェクトだ。

仕掛け人は当時NHKのディレクターであった小国士朗さん。現在は独立されてプロデューサーとして、数々のプロジェクトに携わる。その小国さんの新刊が『笑える革命』である。

「革命」とは物凄く強い言葉である。「無血革命」という言葉があるくらい、血が流されてしまうのが当たり前なのが革命。これほど強い言葉なのに、書名の文字が異常に小さい。本文の見出しくらいの大きさだ。これでは革命にならないのではと思える小ささだが、小国さんの立ち上げてきたプロジェクトは「革命」という言葉が大袈裟ではないと思う。それは「真面目な問題を面白くやる」という革命である。

それは「注文をまちがえる料理店」だけではない。本書では、癌を治せる病気にしようとする「delete C」、LGBTQを取り上げた「レインボー風呂プロジェクト」など数々のプロジェクトが紹介されている。それらの、小国さんの手掛けてプロジェクトはどれも社会的に大きな課題である。社会をより便利にするような課題ではなく、根本的に大きな真面目に考えなければならないテーマばかりだ。それらを、大真面目に提示するのではなく、とにかく「面白く」受け取ってもらえるように提示するのが小国さんのならではであり、「笑える革命」は言い得て妙である。

僕は数年前イベントでたまたまた小国さんと一緒になり、それ以来、友達というよりファンの一人となった。なんて素晴らしいアイデアなんだろうと、彼の仕事をずっと見てきたのだが、本書を読んで小国さんが単なる「発想豊かな人」でないことがよくわかった。

とかく社会的意義のあるプロジェクトをやると、「いいことしている」感に浮かれてしまうガチである。自分のやっていることが意義があると思えば思うほど、その正義を真正面から打ち出して理解してもらおうとしてしまう。ここには、やっている人の満足感や充実感はあるのだが、受け取ってもらうべき人にとっては、大切な多くのことの一つに過ぎない。このギャップにやっている人は、「理解されない」「受け入れてもらえない」壁に打ちのめされ、仲間内での慰め合いに展開してしまう。

小国さんの思考は、どこまでも受け手視点だ。認知症の問題が社会で大きな課題であったとしても、多くの人にとっては次の休日の過ごし方で頭がいっぱいである。そんな人にも受け取ってもらうにはどうするか?ここで、真面目なことを「笑える」仕組みに変える。その塩加減が絶妙なのである。小国さんは本書の中で「現実の中にある理想をつかむ」と表現される。現実とは多くの問題がある社会そのものであり、そこから目を逸らさない。それは決して美しいものではないかもしれないが、これが出発点だという。その上で、現実を具に見ると、その何処かに微笑ましいもの、手放したくない愛おしいものが見つかる。それこそ、現実の中にある理想のような美しい世界だ。その光景が全ての企画の原風景となるという。現実ばかりを突きつけられると、誰しも直視できなくなってしまう。かと言って理想を語るだけでも絵空ごとだ。その塩梅こそ、小国さんのなせる技なのだろう。

もちろん小国さんのプロジェクトに対して「不謹慎だ」という批判もあるという。そんな時、自分が信じられる原風景があることで、その批判に対しても丁寧にこちらの意図を伝えることができるという。ここに大胆な企画の裏にある、繊細な構想があるのだ。単なるアイデアでない。だから社会に受け入れられる。

僕もコンテンツをつくる仕事をしてきて、大事なことほど伝わりにくことを実感してきた。「平和が大事」という言葉は、誰もが賛同してくれるが、誰にとっても自分ごとになりにくい。「あの本はいい本だ」と言ってくれる人でも、笑えるコンテンツは好きだし、そういうものに人が集まる。人はそういうものであり、正しいと思うことを正しいとやると伝わらないことが往々にある。この大事なことと笑えることとして社会に打ち出す。この小国さんのやり方が社会に広がったら、どれほど楽しく真面目な問題を考えられるだろう。

小国さんは正義を決して振りかざさない。プロジェクトをやるのは使命でもなく、仕事とも言えないといい、「趣味」という言葉を使う。義務だからやるのではなく、楽しいからやる。自分が楽しいから人が集まるし、やり続けることができるという。そして、もちろん、この本は読んでいて楽しい。むしろ、おかしいことばかり書いてある。伝えるべきことはわかりやく真面目に、加えて、突っ込みどころ満載の書きっぷりは、本としてもエンタメとなっている。社会問題の解決をテーマに描いた笑える本、これ自体が「革命」なのだ。その小さな文字で書かれた「革命」が静かに進行する。そんな世界は笑いに溢れ、困っている人が少なくなる世界。ここに最も共感するのかもしれない。




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