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美しい紙面と裏腹に、ゲリラ的に刺さる言葉に出会う本――『人類を前に進めたい』

ビジネス誌の編集者をしていた頃、インタビューをして話が面白かった一人がチームラボの猪子寿之さんだった。3回か4回させてもらったと思う。

猪子さんは、こちらの質問から答えるまでに時間がかかることがある。その間が面白く「猪子さん、難しい質問でしたか?」と聞くと、「普通に〇〇と答えてもつまんないでしょ?」などと返す。このあたりは茶目っ気だとしても、何度かそんなやりとりをしていて「普段、言葉で考えてないんだ」と言われ、頭の中どうなってんだろうとますます興味が湧いた。

実はこのあたりが猪子さんへのインタビューの面白さでもある。間を置いたのちに出てくる言葉に、力がある。想定の範囲を超えて発想ばかりだし、普段使わないような言葉の使い方をする。しかもそれが初めて世の中に出たかのように、考えながら絞り出される言葉を聞くのが楽しみだった。

本書、『人類を前に進めたい』は、そんな猪子さんと評論家の宇野常寛さんとの対談本である。チームラボのここ4年間の作品を題材に、猪子さんが制作の意図や背景を語り、宇野さんは作品の感想と時代を通した意義を語る。

宇野さんは近年「遅いインターネット」という言葉を使い、骨髄反射的なインタラクションによるインターネットの弊害を批判し、つながることの本当の素晴らしさを見出そう提唱する。数々の事象を独自の視点で言葉に変える力が凄い。誰も可視化したことのない価値を提示できる人である。

そんな宇野さん相手だから、対話の面白さに溢れている。宇野さんは、チームラボのすべての作品について無条件に賞賛する訳ではない。時には企画倒れだったのではとも言う。そのピュアな感想が猪子さんの思考を刺激するのか、言語化されなかったと思われる言葉が随所に見られる。チームラボの作品がなければこの文脈で語られなかったであろう宇野さんの言葉も生まれる。

全部で14の対談は、それぞれの作品を題材としているのだが、話の広がりが楽しい。例えばChapter3では、2016年にチームラボがシリコンバレーで開催した展示会をもとに話は始まるが、それが所有欲の話になり、日本の伝統的な空間認識の話、自我の境界線、アートマーケットの歴史、西海岸のカルチャー、アンディ・ウォーホルが生み出した美の基準、そして情報社会ならではの自由、と話が進んでいく。解釈が自由なアート作品を題材としているからなのか、二人が自由に発想を広げ多くの問いを投げかけてくる。

ちなみに、このChaper3は、猪子さんのアートに関する考え方が最も記されているように感じる。以下の文などだ。

アンディ・ウォーホルが新聞記事のマリリン・モンローの写真を並べたり、スーパーに売っているスープ缶を並べてみたりするアートをつくっていた1960年代って、ちょうど大量消費時代へと向かっていく頃なんだよね。ウォーホルのアートはそういう社会を--結果的かもしれないけど--美意識のレベルで肯定するものだったと思うんだよ。(中略)でもウォーホルがマリリン・モンローとスープ缶を同じ文脈で並べた時に、ある種の価値転換が起こった。つまり、彼はそこに「みんなが知っているからカッコいい」という新しい美の基準が生み出した。(pp.58-61)

この後に「美の基準が変われば人類の行動は変わる」と言う言葉が続くが、本書のタイトル「人類を前に進めたい」が最も直截的に表現された章だと思う。

読んでいると、思わぬところからドキっとさせられる一言に出会う。Chaper9では、2017年に開催されたロンドンでの展示会について語りあう。当然ながら二人の話はイギリスのEU離脱問題から「境界のない世界」と言う本書の核心部分へと進む。ここでの宇野さんの次の言葉にはハッとさせられた。それはトランプ政権が誕生した時について話すくだりだ。

あの日、Facebookを見ていたらIT系の仕事をしている人たちが一斉に「この世の終わりだ」みたいなことを書き連ねているわけ。そしてそのうちの何割かは「アメリカがトランプに支配されたら日本に来れば良いんだ。世界に境界はない。ラブ・アンド・ピース」みたいなことを言っているわけ(笑)。申し訳ないけど、「ああ、この意識がトランプの支持を生んでいるんだな」と思った。(中略)
どれだけ『境界のない世界』の良さを合理的に説明しても、力の強い者だけがそのメリットを享受できると言う世界的な格差は、絶対に越えられない。(pp.142-143)

僕自身「境界のない世界」信奉者だと思っていながら、この一言で、時に力の強い側の論理を振りかざしていたことに気づかされた。

このように読んでいて、突然、自分の問題意識を抉るゲリラのような本である。一方で、数々の言葉が浮遊している感覚を味わえるが、それは本書のレイアウトの効果が大きい。文章の合間というより、文章に肉薄するかのように美しい写真が散りばめられている。チームラボの作品はもとより、対談した街の風景なども一緒に目に飛び込んで来る。これがすごく快感で、一つひとつのChapterが美術館の作品のように時間をかけたくなる。1つのChapterを読むと、次に進む前に余韻が欲しい。

そう、この本は、Chapter毎にゆったりと読む「遅い読書」が似合いそうだ。


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