22-1_牛

牛の削蹄師。爪を切るのは、牛を愛でる人たち――福島県新地町にて

気仙沼ニッティング「東北探検隊」24日目は福島県の新地町へ。
「牛の育成に爪の管理がとても大事なんです」。そんな興味深い話しを聞きました。牛は一か月に6ミリ、爪が伸びるそうです。伸びた爪では歩きにくくストレスの元となり、また怪我をしやすい。そこで、定期的に牧場では牛の爪を切るそうです。乳牛にせよ、肉牛にせよ、牛は快適でストレスのない環境で育つことこそ、いい牛乳、いい牛肉をつくりだす。そのために「爪切り」が大事になってきます。ただし、機械で爪切りをすると、素早くできるのですが、牛に相当のストレスがかかる。場合によっては、爪を切る際に脚の脱臼など怪我をして、大事な牛そのものを台無しにしてしまうそうです。
そこで、プロの手による牛の爪切り、削蹄(さくてい)という仕事があるそうです。

削蹄師として福島県を飛び回る、武藤靖雄さんにお会いすることができました。武藤さんは、以前はご自身で牧場を経営されていましが、削蹄師の仕事が忙しくなり、現在は数十件の農場に毎日のように出向き、牛の爪切りをされています。この日は、武藤さん、それに二人の息子さんの3人の削蹄師が浜通りの町、新地町の牧場で削蹄されるというので同行させてもらいました。

作業は、柵にロープをかけて牛を固定することから始めます。そして、牛の足を一本ずつ、爪の表と裏を丁寧に爪を切っていきます。切り終わった牛の頭に赤い印をつけロープをほどいて終了。そして次の牛へと向かいます。
実際の爪切り作業は実に繊細で、ミリ単位に鉈とトンカチ、あるいは鎌のような刃物で牛の伸びた爪を切りそろえていきます。「爪の形も牛それぞれによって違います。だから爪の生え際を見て、その牛にとって快適な形に爪を揃えるのです」と武藤さん。

この作業を見ていて意外だったのは、牛舎に入った削蹄師の方々が実にゆったりとした動きをされることです。歩き方ひとつとっても慌てないし、牛を力づくで固定したり、脚を持ちあげたりするのではなく、そっと近寄って牛をなでながら、牛の動きに合わせて固定したり、脚の位置をずらしたりする。まるで牛の動きや牛舎の空気に合わせるかのように、実に淡々と作業は流れていきます。作業が無駄なく淡々と進む様子は、お寿司屋さんのカウンター越しに見る、大将の手さばきのようでした。

当然、嫌がる牛もいますが、削蹄師は慌てることなく、想定内であるかのように、なだめたり、落ち着くのを待ったりする。大きな声を出すとか、強引に引っ張るなど一切しません。
武藤さんは、「力で勝負しようとしたって、牛に敵わないですよ。だから牛の性格や様子を見ながら、牛の気持ちに合わせるのが大事なんです」とお話しになります。牛の性格など簡単にわかるものでしょうか。
「近寄ったり触ったりしただけで分かりますよ。気が強くて突っ張ってるのもいれば、神経質なのもいる。オタクやヤンキーも、人間と一緒ですね」と。
僕もこの日、牛を観察してみましたが、大人しいか興奮しているかくらいしか分かりません。「こういうのは、なかなか言葉で教えにくいですけどね。ようは自分が人間だから賢いとか思わず、牛と一緒にバカになることなんです。でも牛になめられてもダメ」と。牛の気持ちを理解して、力ではなくよりそうように接すると言うのです。

休憩の際、つなぎを脱がれた削蹄師の方々の体格はアスリートのようでした。60歳を超える武藤さんしかり、Tシャツ姿になった20代の息子さんは、まるでアンダーアーマーを着せるマネキンのような上半身。「この仕事をしてから、体が一回り大きくなりました。子どもの頃は細かったんですけど」と。
力任せの仕事ではないと言え、やっぱり相当な筋力が必要であることを、彼らの肉体が語っています。実際に持たせてもらった鉈やトンカチは重く、牛の堅い爪を切り落とすのは相当の筋力を必要とするのは間違いありません。そして暴れる牛にも対応できるように、立った姿勢を保つために内転筋も鍛えられる。

武藤さんは子どもの頃から牛が好きだそうで、いまでも牛をかわいいと仰います。その理由を「牛は人間を裏切らないんです。手をかけた分だけ応えてくれる。乳牛は乳の出がよくなる。肉牛だったら肉質が変わる。だから、いまの仕事でも、自分の牛を扱う気持ちでやっています」と。牛を丁寧に優しく、愛でるように扱う武藤さんらを見ていると、こちらも、牛が愛おしい存在に見えて来ました。

上の息子さんは、子どもの頃は牛を見て何とも思わなかったそうですが、この仕事をはじめて、牛が好きになり削蹄の深さに嵌まっていったそうです。はじめた頃は「牛に追われる夢を見た」と言います。下の息子さんは、子どもの頃、家で飼っていた牛が大好きでした。ところが子牛の頃から可愛がっていた牛が大きくなり、連れて行かれることになりました。「もう泣いちゃいました。牛もなんとなくわかるんですね、寂しそうな顔をして」と。さらに、その牛が牛肉になって自宅の食卓に出てきたが、牛肉好きでも決して食べることができなかった。しかし父親の武藤さんは「食え!じゃないと浮かばれないんだ!」と怒られ、しぶしぶ食べたそうです。「でも美味しかったです」(笑)。
最後に「皆さんご自身、爪切りはよくされます?」とくだらないことを伺うと、武藤さんは、「少し伸びても気になっちゃうんだよね。だからしょっちゅう切る」(笑)と。皆さん頷いておられ、上の息子さんは言いました。「でも、自分の爪はきれいに切れないんです」(笑)。

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