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永久に知ることのできない味噌ラーメンの味

今から33年ほど前のことじゃった。

私のふるさと福岡県は、今でこそさまざまなラーメン屋が軒を連ねているが、当時はラーメンといえばとんこつをおいて他になかった。

私が生まれ育った田舎町も例外ではなく、実家の近所の香龍園、塾の帰りの天龍軒、バス停の前の長浜ラーメン、高校の近くの薩摩ラーメン、すべからくとんこつラーメンであった。

そんな中、異彩を放つラーメン屋が1店舗だけあった。

実家から車で10分のところに、「味噌ラーメン屋」が存在したのだ。

※土地勘のある方向けに言うと、旧3号線をJR東郷駅から博多方面に走り、東福間駅に着く少し前、バイパスの入口である村山田の交差点周りにある、飲食店がいくつか並んでいるエリア(イタリア料理のポルケッタなどがある辺り)です。

筆か何かで手書きした、下手くそで大きな「みそラーメン」の字が玄関の窓に貼られたその店の佇まいは、お世辞にも綺麗とは言いがたく、小ぢんまりとした一階建てで、外壁の木材が激しく傷んで黒ずんだ様相は店というよりも「物置小屋」のほうがしっくりくる。窓が油か埃かで激しく曇っているために灯りが確認できず、営業しているかどうかを外から判断するのは、少なくとも当時4歳の私には不可能だった。


ある夜、幼い私は夢を見た。夢中でラーメンを食べていた。

薄暗くて汚い店内。それはあの味噌ラーメン屋の内観を私が夢想したものだった。

すなわち私が食べているラーメンもとんこつではなく、味噌。とろっとしたクリーミーな味噌ではなく、辛みと切れ味のある燃えるような深紅の味噌スープに、玉子麺を彷彿とさせる縮れた細麺だった。

冒頭に述べたとおり、当時の福岡ではとんこつラーメン以外を食するのは至難の業であった。当然、私もとんこつ以外のラーメンを知らず、実家に備えられたインスタントラーメンも「うまかっちゃん」一択である。

しかし4歳の私は味噌ラーメンの味をどういうわけか夢に描き、起きたあともその味を克明に記憶していた。それは大変に、美味しかったのである。

「いつか、あの味噌ラーメン屋に行って味を確かめたい」

そう思いながらも営業しているかどうかすら謎で、親はそんなラーメン屋に車をわざわざ停めたがらない。そもそも味噌など邪道である。そんなこんなで尋ねる機会に恵まれないまま、ある日その店は取り壊され、ほどなくしてポプラになった。

聞けば宝くじで1000万円当てて店を畳むことにしたのだとか。後釜のポプラが同じオーナーなのかどうかは知らない。

夢の答え合わせができる日は、ついぞ来なかった。


それから14年の歳月が流れた。

地元を離れ関東に出た私は、うまかっちゃんが手に入らないことに大変な苛立ちを感じつつも、徐々にとんこつ愛好の呪縛から解き放たれ、さまざまなラーメン屋に足を運ぶようになっていた。

ある日、CMで何度も観ていながら未だに食べたことのなかった「サッポロ一番みそラーメン」をなんとなく買い物かごに放り込んだ。覚えていないけど、多分安かったのだろう。

帰宅して調理。一口を食して驚いた。夢で堪能したあの味と同じだったのだ。

不思議な話もあったものである。「幼い時分、サッポロ一番を食べさせられた記憶を無くしているだけだろう」と言われる向きもあるかもしれないが、当時の福岡がどれだけとんこつに対して保守的であったかは私以上の世代の方であればようく分かるはずだ。味噌ラーメンを食す機会など、まずありえなかったと断言できる。

そうした夢と現の縁もあり、以降、サッポロ一番がうまかっちゃんに並ぶ私のインスタント食のスタンダードとなったのは言うまでもない。


さて、インスタントでこれほど美味ということは、お店で同じ系統の味噌ラーメンを食べれば美味しさのあまり卒倒するのではないかと期待して都内でいくつか味噌ラーメン屋さんを回ってみた。しかしまろやかな味噌が多くて、理想の味にはなかなかたどり着けなかった。

それほど数多くを回ったわけではないが、食べた中では高田馬場の「さっぽろ羅偉伝(らいでん)」が近かった。こちらは札幌発祥の有名店「純連」系ということだった。

なるほど札幌ラーメンというのが重要らしい。あるとき札幌に行く用事があったので、ちょっと調べて行ってみたのが「麺屋 彩未 (さいみ)」だった。

かなり長時間並んだが、これが現時点で最も理想に近いというか、理想超えの味噌ラーメンだった。めっちゃ美味かった。

失礼な言い方になるが、あのボロ小屋で提供していた味噌ラーメンが(夢の中であったとしても)こちらの味噌ラーメンに匹敵するとは到底思えない。しかしながら、こうして私は永久に知ることのできないラーメンの味を夢と現実で代替し、ゴールのないはずの探求にひとつのピリオドを打った。

今はインスタント物を食べる機会も少なくはなったが、最近発売されたらしい「サッポロ一番みそラーメン 七味スパイス7倍付き」をコンビニでたまたま見かけて、手にとってみた。探求を終えた私にはちょうどよい余興である。

帰宅して調理。一口を食せば、やはり克明に記憶しているあの夢の味が蘇ってくるのであった。


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