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光きたりぬ

○山すその荒野
 
旅人、立ちつくしている。
 
旅人
なにを求め旅立ち、どこへたどりつきたいのかわからぬまま、ぼくは歩いている。
力もなく、負けてばかりで、泣きたいくらい弱いぼくが、こんなにけわしい道なき道を、なぜ歩かされなきゃならないんだ。
だれの役にも立てず、だれからもうとんじられる、いないほうがいいぼくなのに、いつ果てるともしれないいばらの道に、なぜ放りだされたんだ。
ぼくは、逃げて逃げて、ただ歩く。
これはもう、旅路じゃない。
逃げ道だ。
でも、なにから逃げてるというんだろう。
道からだ。
道から逃げたくて、ぼくは道をさまよい歩く。
あまりにひどい矛盾じゃないか。
なんの意味があるというんだ。
どこかに救いはないかしら。
苦しみも悲しみも、あらゆる闇が消えてなくなる、光の場所はないかしら。
空にあるなら、空はあまりに遠すぎる。
海にあるなら、海はあまりに深すぎる。
山は?
あの山へわけいったら、どうだろう。
さしかわす枝の通りゃんせをくぐったら、暗い山奥にぽっかりと、そんな明るい場所が待っているかもしれない。
 
○山奥・クヌギのそば
 
山守やまもり、クヌギのかたわらに立っている。
 
山守
またひとつ、音がしました。
いくたび聞いたともしれぬ、いとおしい音。
ため息のようなけはいがして、ぱらぱら、かちん――落ちてくるのは、どんぐりです。
はちきれそうな願いをこめた琥珀こはく色の小さないのち。
どんぐりの夢は、ふた葉を芽ぐみ、ブナとなり、ナラとなり、イチイとなって、この森をうみ、そだてました。
木という木は、鳥が翼をひろげるように、思うさま枝葉をひろげています。
葉むらの下陰から仰いでも、大空をゆくわた雲さえ、さだかに見きわめがたいほど。
それもそのはず、この山は、時のみかどの禁山とめやま詔勅みことのりくだされてよりこのかた、そまびとが踏みいって、おのをふるうこととて、一度もなかったまほろばなのです。
わたしがこうして山にとどまるのは、山守の役目を仰せつかったからにほかなりません。
しかしそれはかぎりなく孤独な、さみしい役目です。
長い長い歳月でした。
わたしはひとり、風と木を友として、ものさびた土じめりの匂いのなかで、役目のとかれる日を待ちこがれているのです。
わたしがこの山から帰れる日――それは、光のこぼれる日。こぼれてくる光をわたしが受けとめる日と定められています。
千年に一度だけ、神の宿るクヌギの古木ふるきから光かがやくどんぐりが、たったひとつ落ちるといいます。
その光をしかとこの手に受け、わがものとする時、わたしは自由になれるのです。
待つほどに千年の秋はめぐりました。
そしていま、あのクヌギの空をさすこずえから、こがね色のどんぐりが、まさに落ちようとしています。
 
○山奥・道なき道
 
旅人、足をとられながら歩いている。
 
旅人
ああっ!(よろめく)
また根っこにつまづいた。
道はどこ?
救いはおろか道すら絶えた。
見えるものといったら、視界のはてまで木に覆われた薄くらがり。
聞こえるものといったら、葉ずれの音と……これは? これはなに? ぱらぱら、かちん。しきりに聞こえる森のささやき……。
ほら、またあっちから。(音のほうへ、やぶをかきわけるようにして近づく)
 
旅人がやぶをぬけると、山守が背を向け、クヌギの枝を見あげ立っている
 
旅人
(ひとがいるので驚いて)あなたは?
 
山守
(ふりむいて旅人を見る。驚かない)
 
旅人
あなたはなぜ、こんな山のなかに? いったい、なにをしてるんです。
 
山守
わたしは光を待っています。わたしを闇から救いだす小さな光を待っています。まもなく降ってくるその光をわたしはこの手で受けとめます。これをのがせば、わたしはふたたび千年待たねばなりません。わたしにとって、かけがえのない光なのです。
 
旅人
ぼくもここへ、光を求めてきたんです。ぼくを闇から救ってくれる光はないかと、根につまづき、草に手を切られ、必死でのぼってきたんです。そんなありがたい光なら、ぼくもほしい!
 
山守
(深いやさしさと同情をこめ)あなたも光をお望みなのですね。
 
旅人
(山守のやさしさに気づかぬようすで)そうです。光はどこ?(上のほうを見まわし、いったりきたりしながら)どこから落ちてくるんです。
 
山守
このクヌギの高みから。
 
旅人
(クヌギにかけより、太い幹にからだを打ちつける)
 
山守
なにをなさいます。(旅人をとめようとする)
 
旅人
早く! 早く光を!(なおもからだを打ちつける)
 
山守
おやめなさい。(とめようとしつつ、上を見あげ)ああ! ついに光が(と、落ちてきた光のどんぐりを受けとめる)
 
旅人
(動きをやめ、山守の手のひらに乗った光のどんぐりを見て息をのむ)
 
山守
光がきました。ごらんなさい。このかがやきを。
 
旅人
なんという美しさだ。この世のものとも思われない――
 
山守
(恍惚となって)このきらめきがわたしを救う。かくも尊い宝はまたとない。
 
旅人
(すばやい動作で山守の手から光のどんぐりを奪う)
 
山守
(冷静に)なにをなさるおつもりです。
 
旅人
この宝ものさえあれば、これまでぼくをのけ者にしたやつらをふり向かせることができる。ぼくを弱虫とののしった連中を見返してやれる。(山守に)この光をぼくにください。ぼくは、どうしてもこの光がほしい!
 
山守
……そうおっしゃるなら、おゆずりしましょう。
 
旅人
(あっけなさに肩すかしを食って)でも、あなたにとって、この上もなく大切なものだと、ふたたび手に入れるには千年待たなきゃならないと、さっきあなたは、たしかに言った。
 
山守
あなたは救いの光を求め、這い根につまづきながら、いま、わたしの前にあらわれた。なればこそ、あなたにさしあげると申すのです。わたしはまた千年待ちましょう。さあ、おゆきなさい。光を胸にしまって、この山路をふもとへむかって。
 
○谷へつづく山道
 
旅人、歩いている。
 
旅人
ぼくは「ありがとう」のひとことも忘れ、飛び立つように山守のもとを去った。教えられた山道は影となり日なたとなり、ふもとへとくだってゆく。ぼくのあゆみは、足かせをはずされたように軽やかだった。遠く近く、どんぐりの落ちる音が耳をくすぐる。けれど、山じゅうにばらまかれるどんぐりが幾千万あろうとも、栄光の頂点に立つのは、このこがね色のどんぐりを持つ者をおいてほかにない。そう思うと、ぼくのなかで、世界を征服したかのような力強さがみなぎった。谷川の水音が聞こえてきたのはその時だった。
 
○谷川のほとり
 
橋守はしもり、立っている。
 
橋守
ふいてきたな。
草をなでながら、腹這うように流れてくる谷の風が。
風にもさまざま色はあれども、この風はすがすがしいまでに透明さ。なぜって、水からうまれた風だからな。
水は流れつづけて透きとおる。とまるとよどみ、にごっちまう。
ふしぎなものさ。谷川の水は千年の昔とかわらない。それでいて、一瞬たりともおなじじゃない。
いやしかし、これがあたりまえなんだ。
そのあたりまえを知りもせず、旅するやつの多いこと!
そういう旅人はみんな決まって、この谷へおりてくる。血相変えてむこうの岸へゆこうとする。でもそのためには、ぜひとも橋をわたらねばならん。
「(声色を変え)橋はどこ?」
旅人は橋をさがして、あっちでおろおろ、こっちでいらいら。
そいつをみちびくのがおいらの役目。
ほうら、おいでなすった。またひとり。橋をわたる旅人が。
 
旅人、やってくる。
 
旅人
まいったな。ここまできて深い谷が待ってるなんて。
 
橋守
おこまりのようだな。
 
旅人
そうなんです。急ぐ旅だというのに、川にゆくてをはばまれて。
 
橋守
君、せかせかと、なにをそんなに急ぐんだい。
 
旅人
一刻も早く、ぼくを踏みにじったやつらの目をまぶしい光でくらませてやりたいんです。高い場所から力をぶつけ、思い知らせてやるんです。
 
橋守
ご苦労なこった。水とはまったくあべこべだな。
 
旅人
水ですって?
 
橋守
水はちっともいばらないぞ。高きを求めず低きをめざし、ひたすらくだって、ふるさとの海とひとつになる。わけへだてなく、どんなものにもそっと沁みこみ、さからわない。
 
旅人
なにを言うかと思えば……水がどこへゆこうと沁みようとかまうもんか。それよりあなた、この谷川をわたる手だてを知りませんか。
 
橋守
もちろん知ってる。なにせおいらは橋守だからな。
 
旅人
橋守? だけど橋なんかどこにもない。
 
橋守
そうかな? 目をつむり、みっつ数えてあけてごらん。
 
旅人
でも……。
 
橋守
いいから。言うとおりに。
 
旅人
(いぶかしむが目をつむり)ひとつ……ふたあつ……みっつ。(目をあけ)あれ? 橋だ……橋がある! それも二本かかってる。
 
橋守
君には橋が二本見えるのかい。
 
旅人
だってそこに……。
 
橋守
よかろう。右に見える橋。それは未来の橋だ。左に見える橋。それは過去の橋だ。君はどちらを選ぶ?
 
旅人
(右へ行ったり左へ行ったりして迷ったあげく)未来の……橋。
 
橋守
わたりなさい。
 
旅人
(おそるおそる橋をわたりはじめる)
 
橋守
未来にはなにがある?
 
旅人
(一歩また一歩ゆっくり歩き、立ちどまりながら)あんなことできるわけないというあきらめ……どうせこうなるという絶望……疑い……不安……あらわれてくれない助けを待つ……あせってからまわりする自分……。
 
橋守
水になれ。未来を手ばなし水になれ。大いなる自然を信じ、そのなりゆきにすべてをゆだね、自分がいま、ここにあることに満足して、流れつづける水になれ。
 
旅人
未来を手ばなす?
 
橋守
足もとを見ろ!
 
旅人
(下を向き)ああっ! 橋がない! 落ちる!
 
橋守
もどっておいで。
 
旅人
(あたふたともどってくる)
 
橋守
未来はまだ存在しない。まぼろしさ。だから君は未来の橋をわたることはできない。
 
旅人
それなら過去は? 過去の橋ならわたれますね?
 
橋守
わたりなさい。
 
旅人
(やはりおそるおそる橋をわたりはじめる)
 
橋守
過去にはなにがある?
 
旅人
(一歩また一歩ゆっくり歩き、立ちどまりながら)あんなはずじゃなかったというみれん……こんなはずじゃなかったという歯がゆい気持……消してしまいたいほど、みじめで、かなしい記憶……いつまでもゆるせない人と……自分……。
 
橋守
水になれ。過去を手ばなし水になれ。どこにもしがみつかず、すべてをゆるし、いまの自分とひとつになって流れつづける水になれ。
 
旅人
過去を手ばなす?
 
橋守
そうだ! 足もとを見ろ!
 
旅人
(下を向き)橋がない!
 
橋守
もどっておいで。
 
旅人
(かけもどる)
 
橋守
過去はもう存在しない。まぼろしさ。だから君は過去の橋をわたることはできない。
 
旅人
どうしろというんです? 未来もない。過去もない。それじゃあぼくは、どうしたらいいの?
 
橋守
川をごらん。
 
旅人
(谷川を見おろす)
 
橋守
「いま」が流れてる。永遠の「いま」が流れてるんだ。
 
旅人
(ふと目をあげ)橋だ! 一本だけ橋がかかってる……いったいこの橋は?
 
橋守
「いま」の橋さ。過去でも未来でもない、君がわたることのできるただひとつの橋。
 
旅人
いまの橋……。
 
橋守
さあ、おゆき。この橋をわたって。
 
旅人
(前を見すえ、ゆっくりとわたる)
 
○山道(夜)
 
旅人、あちこちに目を向けつつ、おっかなびっくり歩いてくる。
 
旅人
道はどこまでつづくのだろう。
ひと足ごとに日は沈み、から闇がしのびよる。
森の上に落ちかぶさった、からすのような黒い夜。生きものの声はひっそり静まり、それにかわって目をさますのは、姿の見えぬ者たちの秘密の世界らしかった。
山の妖精が歌っているのか。
流れ星の最期のさけびか。
聞きなれない、かそけき物音が波を打ち、ぼくの心を恐怖でぬらした。
ときおり響くどんぐりの音だけが、昼間の世界とのつながりなのだ。
まっくらけの森のなかで、どこをどう歩いているのか、ぼくはもうわからない。
泣きそうになり、ころびそうになり、またひとつやぶをかきわけた。
森影に小さな光があらわれたのは、その時だ。
 
○ともしびの家(夜)
 
光守ひかりもり(もと花守はなもり)の老女、窓辺のいすにかけている。窓辺には、ろうそくの火がほのかにともっている
 
光守
花は、光に打たれて生まれます。
きっとそのためなのでしょう。日がな一日花とたわむれると、心がほんのり、光に染まっているようでした。
花守というのどかな役目を与えられたことに感謝しながら、わたしは花園の手入れにいそしみました。
あふれてくるのは、いつくしみ。
一羽の蝶もおびやかさぬよう、ひとつのつぼみも落とさぬよう、草をまびいてりんどうの花をのぞかせたり、からみあった朝顔のつるをそっとほどいたり、力はこめず愛をこめ、お世話する気で働きました。
けれども年を重ねるにつれ、歩くこともしゃがむことも、ままならなくなってゆきました。やがてついに、しぼんだ花をつむことさえ、あきらめねばならぬ日がきたのです。
 
こんなわたしは、どうすればお役に立てますか。
なにを与えることができますか。
 
わたしは祈りのうちに問いかけました。
 
旅人、ともしびの家に近づく。
 
旅人
一歩一歩と光はかがやきを増し、ぼくの恐れは薄らいだ。光は山小屋の窓からもれていた。
 
旅人
(戸をたたく)
 
光守
(おだやかに)おはいりなさい。
 
旅人
(なかへはいる)
 
光守
よくいらっしゃいました。
 
旅人
恐ろしい暗闇をさまよっていたら、(ろうそくの火を指さし)この光が見えたんです。
 
光守
もう恐れることはありません。
 
旅人
のあけるまで、光のもとにいさせてください。
 
光守
もちろんですとも。(いすをすすめ)どうぞそこへ。
 
旅人
(そばのいすに腰をおろし)あなたはここにひとりぽっちで?
 
光守
はい。たいそう昔から。
 
旅人
深い山奥にひとりきり、黙りこくった木にかこまれて、むなしくはなりませんか。
 
光守
いいえ。だいじな役目がありますから。
 
旅人
役目? こんなところでいったいどんな?
 
光守
夜になると、わたしは光をともします。それがわたしの役目です。
 
旅人
あなたは光とともに生きているのですか。
 
光守
かつてわたしは、花を守って生きました。
いまは光を守って生きています。
わたしの役目は光守です。
光――それは、なんの働きもかなわず、こうやってすわっているしかないわたしが守り、与えられる、ただひとつのものですから。
 
旅人
あなたには光がある。(急にしょんぼりと)でも、ぼくには与えられるものがひとつもない。
 
光守
どんなひとも、なにかしら与えられるものをもっています。それに気づくとき、ひとはだれかのため、ともしびになれるのです。
 
旅人
(納得して)あなたはぼくにとって、ともしびに違いない。この光は、なんというやさしさだろう。いつしかぼくの心にさしこんで、すみずみまでも照らしながら、冷たい気持をとかしています。
 
光守
わたしはあなたに光をめぐむ。いま、あなたがここにいるから。
 
旅人
(自分に言い聞かせるように)いま、ここにいる――
 
光守
もうさまようことはありません。自分がなにを求め旅立ち、どこへたどりつきたいのか、あなたにもわかりはじめてきたようですね。

旅人
(深くうなづく)

光守
ならば、おゆきなさい。胸にしまった光が道を照らし、あなたをみちびきます。
 
○山奥・クヌギのそば(朝)
 
旅人、光のどんぐりを手に持ち、歩いてくる。山守、旅人に背を向けクヌギを見あげ立っている。
 
旅人
ぼくは光守に別れを告げた。光のどんぐりは道を照らした。やぶの手前でふり向くと、ふしぎなことに、ともしびの家は影も形もなくなっていた。そこにあるのはただ、ほのかな月の光にぬれる色とりどりの花野だった。
ぼくはもときた道を引き返し、「いま」の橋をまよわずわたった。めざすは山守に出逢ったクヌギの木だ。
どんぐりのこぼれる音がする。
しらじらとはあけて、あわい朝日のしたたりのなか、山守はあの時のように、クヌギのそばにたたずんでいた。
 
旅人、立ちどまる。
 
山守
(落ちついてふり返り)もどってきたのですね。
 
旅人
あなたはクヌギを見あげて……本当にまた千年の時を待つ気でいるんですか?
 
山守
きのうまでの千年をわたしはすでに手ばなしました。今日という日、いまという時をひたむきに生きるうち、次なる千年も静謐せいひつと孤独のうちに過ぎましょう。
 
旅人
千年待たなくていいんです!
ぼく、(光のどんぐりを見せながら)これを返しにもどったんです。
 
山守
しかしそれは、すでにあなたのもの。あなたを救う尊いかがやきではありませんか。
 
旅人
このどんぐりがどれほど値うちのある宝ものであろうと、ぼくはあなたにお返しします。でもお願いです。ひきかえにほしいものがあるんです。
 
山守
なんなりとさしあげます。あなたはなにをお望みなのです?
 
旅人
このどんぐりより、もっともっとたいせつな、もっともっとまばゆい光――
 
山守
さようにたいせつな、まばゆい光がいづこにございましょう。
 
旅人
光はあなたのうちに、あなたの心にともっています。この上ないたいせつな宝ものを惜しげもなく見返りも求めず、ぼくにくれることをゆるした、あなたの心のともしびをぼくにわけてください。
 
山守
もはやその必要はありません。
 
旅人
なぜ?
 
山守
わたしは光に照らされています。あなたはわたしを見捨てなかった。いま、ここにいるわたしに光をめぐんでくれた。あなたはわたしのともしびです。千年に一度あらわれ、わたしを救ってくれる光です。
 
旅人
(感動して)ありがとう。
いま、はっきりわかる。ぼくにもささげられるものがある。ささげられるひとがいる。だからこそぼくは旅立ったんだと。
どうかこの光を。(と、光のどんぐりを山守の手のひらに乗せる)
 
山守
光は照らしあう。
 
どんぐりの光がいっそう明るくかがやき、あたりを照らす。
 
○山道
 
旅人、ゆっくり歩いている。
 
旅人
草をふみしだいてゆくと、そこかしこに、これまで気づかなかった小さな花が道しるべのように咲いていた。
山の空気がそっと手のひらにぼくをのせ、明るい場所へ運んでくれるみたいで、ぼくはその力を信じきって、せせらぎが流れるように歩きつづけた。
恐れも疑いも勝ち負けも、そこにはなかった。
心にともった光の照らす、新しくてなつかしい世界がそこにあった。
 
(終)




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