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「ITガラパゴス:もう一つの要因」

現場業務転写型でシステム化している日本では今もシステムエンジニアは現場業務部門の言いなりで、抵抗手段は「お金がかかります」「納期に間に合いません」「レスポンスが保証できません」など、非機能要件と言われることのみで、機能要件は「ユーザーさん決めてください」と職人に徹するような働き方をしている人が多いと思います。
受託事業をしているエンジニアならそれが仕事として割り切ることもできるでしょう。割り切ってもその先はないわけですが、社内エンジニアならどうでしょう?
20代や30代前半くらいならまだしも、本音では心地いいことはないと思います。
何でこんなことを何十年も続けているのかは、「ITガラパゴスの日本」で述べた通り、時差を克服する必要のあった米国と、その必要がなかった日本との違いがいまだに変わっていないということだと思います。
ここでもう一つ、日本のITがガラパゴスとして、見えない遺構のようになってしまった要因に言及してみようと思います。

太平洋戦争(大東亜戦争)の影響

それは、昭和20年(1945年)8月に終戦を迎えた戦争です。様々な都市が空襲を受けました。とりわけ東京の空襲は激しく、仕事のあるお父さんを残して幼い子供とお母さんは親類を頼って疎開したと聞きました。私が会社に入った時の情報システム部門の先輩方にもそんな人たちが沢山いました。
主に昭和17年から20年生まれの人たちです。戦争が終わって東京に戻ってきたら、焼けて何もなく、人によってはお父さんが亡くなってしまった人もいたようです。

そんな彼らは大学に行くなんて考えられなかったと言います。商業高校や工業高校に行って、昭和35年(1960年)あたりから会社に就職し始めます。私が就職した会社はそこそこ有名な優良企業だったのですが、その当時もかなり有名だったようで、その方々は、その高校でもトップクラスの成績だったでしょう。

一方、一般企業でのコンピュータの活用は昭和35年前後から始まったと聞きますので、賢い若者には丁度いい題材です。本社、支店、工場の経理部門、本社、支店の販売管理部門、研究所の解析部門などで、黎明期のコンピュータを使って、その高卒の賢い若者が新しい仕事に取り組むことになりました。周囲のほとんどの人が海のものとも山のものとも知れない機械のことなど、本音では何の関心も持っていなかったでしょう。そうやって昭和55年(1980年)くらいになるとコンピュータの活用効果が大きく認められるようになり、分散していた組織が集約され、情報システム部門ができ、黎明期を支えた高卒の人たちも集まってきました。しかし、そうやって人が集まってくるとその上に乗っかる人が管理職として配置されますが、当然、情報システムのことなど何も知るはずもないど素人な人たちです。

つまり、戦争によって、情報システム部門においても、わかっている現場の人たちと配属されたばかりの若手大卒の下っ端と、わかっていない管理の人たちによる話の通じない分断された組織組成から始まってしまっていたのです。研究所には大学でコンピュータを学んだ人が配属され、それなりの成果をあげていたようですが、事務部門に大卒でコンピュータを学んだ人が配属されるのは、情報システム部門ができた昭和55年あたりからです。

わからない人によるわかったようなマネジメント

日本のITは、戦争の影響によって、わからない人によるわかったようなマネジメントに差配されてきたということです。そして、それは今も変わりません。
もっと不幸だったのは、得体の知れないコストとしか見ることのできなかった当時の経営者によるIT部門の分離独立による子会社化です。どんどん裾野が広がる情報化案件を捌くため、本体に残った人は管理と調整ばかりで、結局、わからない人によるわかったようなマネジメントを継承してしまい、子会社のエンジニアは、言いなりのままのその日暮らしです。しまいには、案件を担当しきれないので、工事能力のあるベンダーに丸投げです。技術やノウハウは空洞化するばかりで、結局、子会社のエンジニアも、わからない人によるわかったようなマネジメントを継承してしまう有様で、それも、しっかり継承されたわけでないので、見よう見まねの劣化コピーでしかなく、始末に負えません。

ひとことで言えば、論理空間認識・設計能力の習得や真っ当なソフトウェアエンジニアリングを理解できず、本来のコンピュータとネットワークを活用した真っ当な企業発展をリードできるわけもなく、今も変わらず現場業務転写型のシステム化を継続し、技術やコンピュータ能力は進化しても、ソフトウェアが生み出す価値が上がっていない。むしろ下がっていると言えると思います。

論理空間を担う情報システム部門に

昨今、リスキルが叫ばれていますが、今こそエンジニアたけでなく、わかったようなマネジメントの真似事をしている管理者も全員でリスキルを図り、論理空間認識・設計能力を身につけた人のみを、子会社を解散してでも内部に吸収してもいいのではないかと思うくらいです。
今のままでは、DXの足枷にしかなりません。

#DX
#デジタルトランスフォーメーション
#論理空間
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