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対話には、ダイアログとディスカ・・・

 「対話には、ダイアログとディスカッションという2つの基本タイプがある」 ( “There are two primary types of discourse, dialogue and discussion.” ) という一節を読んだときから、ダイアログという言葉の印象が変わり始めました。と云うよりも、それまではそれほど意識して使う言葉ではなかったような気がします。
 
 組織開発人材育成に携わる中でコミュニケーションの大切さを力説しながら、コミュニケーションのあり方をあまりにも無自覚に論じていたことを恥ずかしく感じたことを覚えています。

ダイアログって何?

 それは、働きながら大学院へ通い、ピーター・M・センゲ『学習する組織』(The Fifth Discipline: The Art & Practice of The Learning Organization)に示された5つの学習要素(five disciplines、以下、ディシプリン)を枠組みとして、GE(米国コングロマリット企業)の1980年代以降のおよそ30年間に亘るアニュアルレポートを分析し、同社の「学習する組織化」の形成過程を検証していた頃のことです。
 
 『学習する組織』は、今やもう古典でしょうか、組織開発人材育成に携わる方なら同書に一度くらいは目を通されたことがあるかと思います。
 
 GEは、ジャック・ウェルチの辣腕により、2000年頃には米国で最も価値のある企業と呼ばれていて、経営人材の育成や組織開発の点でも注目の的でした。わたしが同グループ企業で働いていたのはちょうどそんな頃のことで、研究に取り組んだのも実体験の秘密に迫ろうと考えたためです。
 
 学習する組織は、もとは経営学者で組織行動論が専門クリス・アージリスが提唱した概念で、氏はこれを「学習と成長意思をもった人間に、成長の機会を与えながら自らも学習し進化する組織」と定義しています。

学習する組織

 そうした学習する組織なるものをいかに作り上げるのかという観点からその方策を論じたのがセンゲでした。これにより、90年代の日本でもセンゲの名はビジネス界で広く知られるようになりました。
 
 ディシプリンとは、学習する組織であるために「勉強し、習得しなければならない理論と手法の体系」のことで、センゲによれば、その要素は5つあると云い、システム思考自己マスタリーメンタルモデル共有ビジョンチーム学習がそれです。
 
 それぞれについては、ネット上に解説が溢れていますので、詳しくはそちらを参照していただければいいのですが、話の展開上、わたしなりの解釈を簡単に綴っておきたいと思います。
 
 まずはシステム思考。このディシプリンは、人間の活動や様々な事象を相互に関連したシステムとして捉える思考のことを云います。
 
 当時は複雑系というワードが喧伝された時代。センゲによれば、複雑化する社会にあってはものごとの断片だけ見ていてはダメ、システムの全体を俯瞰して捉える必要がある。そのため、システム思考が、学習する組織の基盤となるディシプリンだと主張します。
 
 次いで自己マスタリーディシプリン組織に属する構成員の一人々々が、自己の現状を正しく把握し、将来ビジョンに向かって、そのギャップ(課題)を埋めるべく継続的に学習・実践することです。
 
 組織に属する個々人に関わるディシプリンです。そのため学習する組織にあっては、個人が学習意欲を保てるような環境づくりが肝要です。そもそも個々人にその意欲がなければ組織の学習もないということでしょう。
 
 メンタルモデルディシプリンとは、個人、組織の奥底にある固定化されたイメージやマインドに囚われることなく、これを認識し、必要に応じて変化させることです。
 
 個人であっても、組織であっても、成長を阻害するのは思い込み学習変容であるとするならば行動した後には立ち止まって自らをふりかえり(省察)、思い込みがあればこれを問い直し、固執せず捨て去る必要があります。いわばアンラーニングに通底するディシプリンと云っていいでしょう。
 
 共有ビジョンディシプリンとは、組織の構成員である個々人が、組織としての目的や将来展望(ビジョン)をみなで共有することです。
 
 センゲによれば、そもそも「人には結束して仕事に当たりたい」という欲求があって、結束のために不可欠なのが組織の構成員間に共有された将来への展望です。なお、そうした共有ビジョンは一人々々の持つビジョンと繋がっていることが大事です。

学習する組織に必要な要素は5つ

 最後に、チーム学習ディシプリン。ビジョンを共有した仲間が組織の成果を最大限発揮できるようチームで学び合うことおよびそのしくみです。
 
 ここでいうチームとは、組織に種々存在する「共通の目的を持ち行動するのに互いに必要とする人々の集団」のことで、たとえば、経営チームだったり、新製品の開発チームであったり、部門横断的なプロジェクトチームのことです。
 
 センゲは、学習する組織においてチーム学習をなくてはならない要素とし、その際に欠かせないのが、ダイアログディスカッションスキルだと云いました。
 
 わたしの中でダイアログという何気ない言葉がキーワードとして浮かび上がってきたのは、これを読んだときのことです。

ダイアログとは意見を見つめること

 センゲは、ダイアログについて、物理学者デヴィッド・ボームの主張を引いて解説しています。
 
 詳細は、いずれも翻訳が出版されているのでそちらを当たっていただくとして、誤解を恐れずに掻い摘んでいえば、ディスカッション結論(白黒つけること)を求めて議論を戦わせることであるのに対して、ダイアログとは考えの異なる相手を理解するために意見を述べ合うこととなりましょう。
 
 この論に従えば、ディスカッションでは、分析と云う行為が重視され、これを基に相手を打ち負かすことが目的となります。一方のダイアログでは、誰一人勝利を求めるものを想定せず、議論に勝つことでも意見を交換するのでもなく、もっぱら互いの意見に耳を傾け、どんな意味なのかをよく見る行為です。そこでは「共に戦っている」という意識が重要だと云う。かくかくしかじか、ボームは、ダイアログディカッションの違いを語源から解きほぐして説明してくれています。
 
 このことを学んで以来、わたしは、たとえば、プロジェクトのキックオフ・ミーティングをファシリテートする場合などには、冒頭で、これらの違いを簡単にでも参加者と共有するようにしています。そのことで、以前に比べてディスカッションの質が上がったような感じがしています。
 
 ちなみに、センゲは、兎角、建前や立場を重視しがちなディスカッションというものに対して、建設的なディスカッションのあり方を整理してこれをスキルフル・ディスカッションと称し、一方のダイアログと補完して活用することでこそ議論をより実り豊かなものにすると云っています。
 
 センゲが、チーム学習においてはダイアログから始まると主張するのはそのためでしょう。ダイアログから始めることでこそディスカッションの質も変わる(=スキルフル・ディスカッションとなること)ということなのかもしれません。
 
 ミーティングを有効な機会とするにはファシリテーター力量がとても大切です。そして、その力量は、ダイアログディカッションバランスをとる力にかかっています。ファシリテーションをする機会の多い方には、ぜひこの2つの対話の意味について今一度考えてみて欲しいものです。
 
《参考文献》
ピーター・M・センゲ『学習する組織』(英治出版)/ピーター・M・センゲ『フィールドブック学習する組織「5つの能力」: 企業変革をチームで進める最強ツール』/デヴィッド・ボーム『ダイアローグ 対立から共生へ、議論から対話へ』(英治出版)

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