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「大人」の教育を研究する学問・・・

 「大人」の教育を研究する学問領域に成人教育学(アンドラゴジー)というものがあります。

 わたしの手元にある『教育学用語辞典』(学文社)を繙けば、「成人の学習が可能となるように学習環境を整備することであり、学習テーマや計画を決める段階、実際の学習の段階、学習成果の評価と活用の段階までを含めた成人の学習全体を支援する活動の総称」と解説されています。

 子供の教育学(ペタゴジー)に対して成人のための教育理論として提唱された概念で、成人期の学習の特徴を踏まえたその支援のあり方が研究の対象です。こうした概念は、1950年代後半にヨーロッパで広がり、その後、米国のマルカム・ノールズ(Malcolm S. Knowles、1913/4/24-1997/11/27)によって体系化を試みられました。

 ノールズは、その主著「成人教育の現代的実践―ペタゴジーからアンドラゴジーへ」(The modern practice of adult education: From pedagogy to andragogy)で、成人教育の原理を提示しています。

 要旨を簡単に示せば、以下の通りです。

1. 人は成長・発達するにつれて、依存的状態から自己決定的なものになっていくということ。
2. 人は成長・発達するにつれて、経験の貯えを蓄積するようになり、この経験が学習資源となること。
3. 成人は、現実生活の問題によりうまく対処し得る学習の必要性を実感したときに学習しようとすること。
4. 成人は、教育に、即時性を求めるため課題達成中心的学習が好ましいこと。
5. 成人は、内発的動機付け(自尊心や自己実現など)が重要であること(=ノールズは明示的には指摘してはいないものの翻訳者の堀薫夫が同書に通底する原理として解説で指摘しているもの)

 「こんなの当たり前だよね」と云われればそれまでなのですが、人材育成の実践経験に当てはめて考えてみると核心を突いた指摘だと思います。1980年代に米国で広がったとされるコーチングの背景には、きっとノールズの原理があったのではないかとわたしは睨んでいます。

コーチング

 こうした原理からわたしたちが抽出した人材育成プログラムの開発に欠かせない概念が、「対話」と「議論」×「実行」と「ふりかえり」の構造化です。わたしたちは、これまで、農業法人、ホテル、スポーツ運営企業などで人材育成プログラムの開発に携わる機会に恵まれましたが、この概念は、その際の基本的な指針となりました。

 同書には、このほか、これら原理を踏まえて学習の際の雰囲気作りから学習ニーズの診断や目標設定など学習活動のデザインとその実践方法なども論じられています。今で云う「学習環境デザイン」のことで、物理的な学習環境(学習の場のありかた)のみならず、心理的な学習環境(学習者間の人間的関係性)につても紙幅が費やされていています。理論の体系化を試みた研究書ですので、多少、概念的な嫌いがあって、一読ではピンとこないところもあるかもしれませんが、人材育成を担当される方には、ぜひ一読いただければと思います。

 なお、成人であっても、新たな知識を学んだり、スキルを習得したりする場合には、ペタゴジーの概念に基づく学習支援も必要となることは論を待ちません。

トレーニング

 教育とは「学習の支援」です。

 学習者の置かれた状況や経験、感情までも把握しながら、個々人に適した支援のあり方が求められます。そのため人材育成に携わる者には、先に触れたコーチングのみならず、ティーチングトレーニングに関する知識やスキルも欠かせません。



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